第九十七回 見舞い(1)
病院の一室、そのベッドの上で意識を取り戻した僕は、母親からここに至るまでの流れを聞いた。
あの時僕たちに迫ったトラックの運転手は、信号を見ていなかったらしい。それであんな風に突っ込んできたということだとか。
しかし、直前で人が渡っていることに気がつきブレーキをかけたので、僕も由紀も轢かれずに済んだようである。
それはつまり、もしかしたらあのまま轢かれていたかもしれないということで。
そう考えると恐ろしい。
だが、救急車を呼んでくれたのはそのトラックの運転手だと言うから、運転手も悪人というわけではなかったのだろう。少しぼんやりしてしまっていた、という表現が相応しいものと思われる。
意識を失っていた僕は由紀と共に救急車で病院に運ばれ、その後、母親に連絡が行ったとのこと。
そんな話を聞き、僕は、「せっかくのクリスマスがこんな風に終わってしまうなんて」と、少し残念に思った。が、こんなところであっさりと命を落とすよりかは良かった、とは思う。
その日の昼頃、病室に由紀がやって来た。
「失礼します」
彼女にしては大人しい雰囲気の声でそう言って、彼女は病室に入ってくる。
「あ、由紀さん! こんにちは」
由紀はベッドに向かって歩いてくる。その途中、病室内にいた僕の母親に気づき、頭を下げて「この度はご迷惑お掛けしました」と謝った。それに対し僕の母親は、笑顔で「いえいえ。気にしないで下さい」と返している。
「大丈夫だった? 岩山手くん」
「はい。大丈夫です」
「少し怪我があるって聞いたけど……大丈夫?」
「はい。軽い打撲らしいです」
体を動かす時、たまに鈍い痛みに襲われることがある。
実害はその程度しかないが。
「ごめんね……」
「いえ! 気にしないで下さい!」
罪のない由紀に謝られるのは嫌なので、いつもより明るく振る舞うよう心がけた。そうすれば彼女の罪悪感も軽くなるだろうと、そう信じて。
「由紀さんは悪くないですから!」
僕ははっきりと告げる。
すると、由紀は目を細めて微笑む。
「……ありがとう、岩山手くん」
由紀は微笑んだ!
岩山手に八万ダメージ!
——そんな風なことになりかけた。
いや、この例えはあまり良くないかもしれない。が、とにかく、彼女の柔らかな微笑みに悩殺されかけたということである。もっとも、彼女にはそんな気は欠片もないのだろうが。
「ところで、由紀さんは大丈夫だったのですか?」
そう問うと、彼女は一瞬きょとんとした。
「え? あたし?」
「はい。お怪我とかなかったのかな、と、思いまして」
すると由紀は、胸の前で両の手のひらを合わせる。
「うん! 大丈夫!」
酷い怪我がないということは既に母親から聞いていた。が、本当のところは分からなかったため、本人にも聞いてみたかったのだ。
「岩山手くんのおかげだよ。ありがとね」
「あ、いえ……あの時は、いきなり突き飛ばしたりして、すみませんでした」
「ううん。おかげでたいした怪我もなく済んだんだよ。無事だったのは、岩山手くんのおかげだね」
由紀と言葉を交わしている最中、僕はさりげなく、ベッドから少し離れたところにある冷蔵庫の中身を見ていた母親を一瞥する。母親は僕の視線に気づくと、ニヤリと笑う。
何なんだ、その笑みは!
そう言いたかったが、言える状況ではなかった。




