第八十四回 ヒーローショー(3)
見事なヒーローショーだった。
すべてが完璧。
観客の子どもたちは大いに喜んでいた。
初回でこのクオリティとは、なかなか恐ろしいものである。
しかも、日頃から役者をしているわけではない怪人たちが非常に上手い演技をしているところが、凄かった。それはもう、言葉にならないくらいの感動を生み出していた。
これならきっと、興業は成功するだろう。
年齢的には大人で、ヒーローショーにさほど関心がない僕でも、感動することができたのだから。
帰り道。
並んで歩いている由紀に話しかける。
「いやー、凄かったですね」
僕らと同じように駅に向かって歩いているのは、大概子ども連れ。カップルや夫婦二人だけで歩いている人は、ほぼいない。少なくとも、今の僕の視界には、一組もいなかった。
「うん! いいショーだった!」
由紀も満足しているようだ。
「僕、想像以上に感動しました」
「だよね! あたしもだよ」
「由紀さんもですか?」
「うん! それに、リッタータンさんの台詞がちゃんと短くなってたのも、良かったかなー」
由紀の言葉を聞き、ヒーローショーの出来に感動しているだけだった自分が恥ずかしくなってしまった。
彼女はきちんとリッタータンのことを考えていたのだ、と、気づいたからである。
やはり僕は駄目な男だ。
自分のことしか考えていない。
「それにしても、由紀さんが元の台詞を暗記なさっていたことには驚きました」
「ん? びっくりするようなことじゃないよー?」
「いえ。だって、まさか、あんな長文を……」
すると由紀は笑う。
「書き換えてもらうにあたって困らないよう、一応リッタータンさんの台本に目を通しておいた。それだけだよっ」
それだけ? 正気か?
ただ目を通したくらいであんなに見事に丸暗記できるなど、あり得ない。超能力でも持っていない限り、そんなことは不可能だ。
実際、あの長い台詞を暗記できないから、リッタータンは困っていたのではないか。
「一応って……どのくらい目を通されたのですか?」
尋ねる必要もないかもしれないが、気になるので尋ねてみた。すると由紀は「うーん」と言いつつ少し首を捻る。
「どのくらいー……えっと、多分、五十回くらいかな!」
「五十回ッ!?」
思わず叫んでしまった。
予想外の回数だったから。
「あ。でも、多分だから。厳密には五十回じゃないかも」
「す、凄いですね……」
こんな時に限って、ありふれた言葉しか出てこない。
「そんなことないよ」
「いやいや、五十回とか凄いですって」
「ちょっとだけだよ?」
「えぇ……」
由紀の言う「ちょっとだけ」は、僕にはよく分からなかった。
「五十回くらいが『ちょっとだけ』なんですか……」
「え。違う?」
「い、いえ……」
今、僕の心は、戸惑いに満ちている。言葉にならないような複雑な思いが、胸を埋め尽くしていて。
それでも、真夏の空は澄んでいた。
僕はそれからも、由紀と二人横に並んで、どうでもいいことを話しながら、最寄りの駅までゆっくりと歩いた。




