第七十四回 リッタータン(1)
「こんにちは!」
八月も後半に入りかけていたある日、僕が事務所へ入ると、由紀が怪人と話していた。
痩せた人間のような体型で、背はやや高め。背中には銀色の棘がたくさん生えており、ぶつかると痛そう。また、頭部は西洋の甲冑の頭部みたい。
そんな、何とも言えないビジュアルの怪人である。
銀色に輝くボディは、見方によっては「かっこいい」と思えないこともないが、僕からしてみれば「かっこいい」というよりかは「不思議」だった。
「あ、こんにちは! 岩山手くん!」
僕が入ってきたことにすぐ気がついた由紀は、片手を大きく挙げて挨拶を返してくる。
「えと……お話を邪魔してしまって、すみませんっ」
もしかして、最悪のタイミングで事務所へ来てしまったのではないだろうか。
そう思うと申し訳なくて。
だから僕は、すぐに謝り、出ていこうとした——のだが。
「待って! 岩山手くん!」
由紀がそう叫んだ。
驚き、僕は振り返る。
「ちょうどいいところに来てくれたんだよ!」
「……え?」
想定外の言葉をかけられ、戸惑いを隠せない。
「この方ね、ボクラワルイーゼから派遣されて、今度ヒーローショーに出てくれる怪人さんなの!」
ボクラワルイーゼ……記憶は曖昧だが、確か、ガンセッキが所属している組織の名称だったか。
「……あ。そうでしたか」
「そうなの! ほら、岩山手くん、こっちに来て!」
「は、はい」
僕は進行方向を変え、再び、由紀と銀色の怪人がいる方へ歩いていく。
そうして僕が二人にだいぶ近づいた時、銀色の怪人は突然、礼儀正しく頭を下げた。
「リッタータンと申します。岩山手さんのことは、ガンセッキより伺っております。以後、宜しくお願い致します」
銀色の怪人——リッタータンは、落ち着きのある渋くてかっこいい声をしていた。顔面を見るまでもなく、かっこいいと分かる声。僕もこんな声だったらな、と羨ましく思ってしまうくらい、魅力的な声だ。
「あ、はい……岩山手です」
「はい。ですから、既に存じ上げております」
「あっ! 余計なことを言ってしまってすみません!」
「いえ。お気になさらず」
リッタータンは丁寧だ。
だが、丁寧に接してくれる相手だからこそ、接し方が難しい。
妙に力が入ってしまって。緊張して。なかなか上手く接することができない。丁寧な対応をせねば、と思えば思うほど、奇妙な感じになっていってしまう。
……無論、僕が器用な人間であったなら、もっと自然に関われたのだろうが。
「岩山手さんにお会いできるとは思っていなかったので嬉しいです。もし宜しければ、少し、お話でもしませんか?」
リッタータンは妙に積極的な怪人だった。そうは見えない容姿なのだが、案外気さくである。
「そうですね……」
そんな言葉で間を繋ぎつつ、由紀を一瞥する。彼女は僕の視線にすぐに気づいてくれ、そっと首を縦に振ってくれた。いいよ、ということなのだろう。
「ではぜひ!」
由紀の反応を得て数秒が経過してから、僕はリッタータンに向かってそう発した。
「どこでお話しましょうか?」
「岩山手さんが慣れていらっしゃるところで構いません」
「なら、あちらの個室はどうでしょう」
慣れているところと言ったら、やはり、いつも悩み相談に乗っている部屋だろう——そう考え、僕は提案した。
それに対しリッタータンは、一度頭を軽く下げる。
「承知致しました。では、そちらに失礼致します」