第四十三回 休息(1)
オーグイヤーの対応を終え、個室から出る。
由紀はいつもと変わらず、自分用の机のところで、何やら用事をしていた。
「あの……由紀さん」
僕はさりげなく話しかける。
彼女と過ごすことにも徐々に慣れてきたからか、話しかけるくらいなら苦労なくできるようになってきた。
無論、返事を聞くまでは緊張するわけだが。
「岩山手くん? どうしたの?」
「オーグイヤーさんって、大切な人を失ってしまったことを悔やんでいらしたのですね」
整った顔に戸惑いの色を浮かべる由紀。
「そうなの?」
動かしていたボールペンを机に置き、彼女はこちらへと視線を向けた。
仕事の邪魔をしてしまったら、と不安もあった。だが、彼女は僕が振った話題に興味を持ってくれているようなので、少し安心した。
「気まずくなって別れた帰りに恋人さんが亡くなったとかで、気まずくなった原因である『自分が少食であること』を明かせなくなったみたいで」
オーグイヤーの事情なんて、由紀には関係のないことだ。だから、本当は、彼女の話すようなことではないのかもしれない。それでも、誰かと共有したかった。というのも、一人で考えていると切なくなってきてしまうのである。
「ま……そういうことは多いよねー」
「そうなんですか?」
「あたしも、そういった類の相談はよく受けたよ」
そう言って、由紀は笑う。
「悪の組織の怪人って、結構ハードな職種でしょ? 殉職することも結構あるからさ。だから、残された方が心に傷を負うってことも、わりとあるよね」
由紀の言葉を聞き、僕は妙に納得した。
けれど……怪人とはなんて悲しい存在なのだろう。
そんな風に思いもする。
ここへ来る前は、怪人なら誰もが野心家で悪い思考の持ち主なのだと、漠然と考えていた。心なく世を破壊し、人を傷つける。そういう存在なのだと思っていて、だから、ヒーローに倒されるという最期も当然のものなのだと考えていて。
「……難しいですね」
けれど違った。そんな単純なことではなかった。
彼らだって、人と同じように悩みながら生きている。もちろんすべての怪人がそうというわけではないのだろうが、根っからの悪という感じではない怪人もたくさんいて。
それでも、迎える最期は同じなのか。
そう考えたら、何だか妙に胸の奥が痛んで。
「どうしたの、岩山手くん。そんな暗い顔をして」
「あ……いえ」
「しっかりしてよー?」
由紀は椅子から立ち上がると、声をかけてくる。
「あ。飲み物淹れようか?」
「そんな、結構ですよ。お気遣いなんて」
僕は首を左右に振るが、由紀は聞かない。
どうやら、ノーと答えることのできない問いだったようだ。
「いいからいいから。そこの椅子にでも座っていて?」
「は、はい」
由紀の指示に従い、僕は、事務所内に置かれている椅子に腰を掛けた。本来は申し込みなどにやって来たお客さんが座る席なのだが、今日は誰もいないため、僕が座っても大丈夫なのである。
待つことしばらく、事務所の奥にあるコンロの方から、由紀が歩いてきた。
彼女は小さなポットとティーカップを乗せたお盆を持っているが、特に重そうにすることもなく、慣れた様子で歩いている。
「はい、お待たせー」
「ありがとうございます」
「定番のハーブティーにしたよ!」