第四十一回 オーグイヤー(3)
僕は目の前のオーグイヤーをじっと見つめる。
「オーグイヤーさんのファンの方々は、その程度のことで貴方を嫌いになったりはしないと思います。そのくらいで嫌いになるような方なら、そもそもファンにはなっていなかっただろうと思いますし」
はっきり言いすぎるのも問題かもしれない。が、ここははっきり言わなくてはならないところだと思うから、僕は躊躇することなく心を述べた。
しかし、オーグイヤーはまだ俯いている。ただ黙って俯いたままで、何も発することをしない。
逆に弱らせてしまっただろうか?
だとしたら、申し訳ない。
けれど、言わなくてはならないことだったから、仕方ない。
「……信じてへん、わけやない」
僕が言葉を発し終えてから数分が経過した頃、オーグイヤーはようやく口を開いた。
「ワシも、ファンのこと、信じてへんわけやないんや。やけど……ちょっと嫌な思い出があって、そのせいで勇気が、出ぇへん」
オーグイヤーは、ぽつりぽつりと、少しずつ言葉を紡ぐ。
「嫌な思い出? もしかして、過去に何かあったのですか?」
「……たいしたことやないんやけど」
どうやら、何かあるみたいだ。
「もし良ければ、話してみてはくれませんか?」
断られること前提に尋ねてみた。
すると、オーグイヤーはゆっくりと顔を持ち上げる。
「ワシ、付き合ってた人がおってん。同じ職場の女性怪人やったんやけど……」
「はい」
意外にも、オーグイヤーは話し始めてくれた。
断られるだろうと考えていただけに、こんなにすんなりと話してもらえるなんて、と驚いている。
ただ、こちらとしても好都合。
事情が分かっている方が、それに配慮しつつ話せる。
「初めて夕食デートをした時にな、『もっと大食いだと思ってた。正直意外。イメージと違いすぎてショック』て言われてしもてん」
……なかなかばっさりいく女性怪人だ。
「結構言いますね」
「せやねん。でもまぁ、遠慮ない物言いは知ってたから、そこはえぇねんけどな」
いいのか、そこは。
「その後、凄い気まずくなってもうて……現地解散にしたんや。いつもやったら、彼女の住んでる宿舎まで……送ってたんやけど」
プリンに似たサングラスの、下側の隙間から、一筋の涙が流れ落ちていく。
「そんで、彼女は死んだ」
「え!?」
まさかの急展開に、僕は大きな声を発してしまった。
「帰り道にヒーローに遭遇したらしくてな……やられたんや」
「……怖いですね」
「彼女はワシが少食やったせいで死んでん……」
悲しいのか悲しくないのか、いまいちよく分からない話だ。
だが、オーグイヤーにとっては辛い思い出であることは、確かだろう。愛する者を失ってしまったのだから。
僕は女性と付き合ったことがないから、実際の例に当てはめて考えることはできないけれど。でも、それでも、愛する人を失う痛みというのは想像できる。
「それは辛い思い出ですね」
「……他人事みたいに言うんやな」
「はい。僕は、オーグイヤーの痛みを、簡単に『理解した』というようなことを言いたくはないので」
僕は彼ではない。
それゆえ、彼の痛みを完全に理解することはできない。
「……ある意味、誠実やな」
「冷たい人ですみません」
「いや、適当に理解したようなこと言われるよりかは……ましやわ」