第四十回 オーグイヤー(2)
室内の空気が曇る。
オーグイヤーを包む空気が薄暗いものになってきたからかもしれない。
「そうですよね。言いにくいですよね。その気持ちは分かります」
「ホンマに?」
「はい。僕も……楽に何でも言える質ではないので」
何か言おうとしても、つい色々考えてしまって、すぐに口から出すことができない。内容が大事なことなら、特に。
だから、オーグイヤーが「言いづらい」と言うのも、理解できないことはない。
「でも、言わなくてはならないことというのはあるものです」
僕が言えたことではないが。
「……せやな」
「オーグイヤーさん、勇気を出して言ってみてはどうですか」
どうにか、彼の背を押してあげることはできないだろうか。
「頭では分かってるんや。でも、ワシは根性ないから、はっきり公言する勇気がない……」
「なぜ言いたくないのですか?」
「嫌われたら嫌やもん……」
オーグイヤーは怪人。怪人は嫌われて普通の仕事だろう。それなのに彼は「嫌われたくない」というようなことを言う。
実に奇妙である。
だが、怪人も人間もメンタルは同じと考えれば、彼が「嫌われたくない」と言うのもおかしくはないのかもしれない。
「大食いやから好きやったのに! ……って言われそうで、怖いんや」
「少食だと駄目なんですか?」
「いや、べつに、普通はええ。けど、ワシはオーグイヤーや。名前がオーグイヤーやのに、少食やったら、変やんか」
プリンの断面を二つ並べたようなサングラス——目の部分に、悲しげな色が滲む。まるで、びっしょり濡れた紙に絵の具を少し付けたかのように。
「そんなことないですよ!」
「え……」
微妙に重苦しいこの空気を、何とかしたいところだ。
「名前が大食い風だからといって、大食いでなくてはならないなんてことは、絶対ないと思います!」
僕ははっきりと述べた。
「むしろ、ギャップがあって魅力が高まるくらいかと!」
——それを最後に、沈黙。
狭い部屋に、夜の湖畔のような、静寂が訪れた。
オーグイヤーは何も発さない。僕は彼の様子を窺いつつ、彼が何か言うのを待っておくことにした。
沈黙は長引く。
胸が痛むほど、終わりが来ない。
「オーグイヤーさん?」
長い沈黙に耐え切れなくなった僕は、口を開いてしまった。
すると、彼は返してくる。
「……そうやな」
凄く小さな声だった。
「ホンマのこと言っても、きっと、大丈夫やんな。嫌ったりせえへんやんな」
「そうですよ!」
「……ホンマやろか」
どうやら、オーグイヤーはまだ、僕の発言を信じきってはいないようだ。だがそれも無理はないのかもしれない。初対面の相手が言うことだ、そんな容易く信じられるはずはない。
それでも、僕は。
「本当です。絶対とは言えません……が、少なくとも、僕は心からそう思っています」
僕はそう言った。
けれど、オーグイヤーはまだ俯いたままだ。
「オーグイヤーさんは、ファンの方々のことを信じていないのですか?」
「……何やて」
「ちょっとのことで嫌うようなファンではないと、そう信じてはいないのですか?」
ベタにヒーローではなく、怪人を慕うような人たちだ。そんな彼らが、ちょっとやそっとのことで幻滅するとは、僕には思えないのだが。




