30.夢物語は、私がつくっていく
ユドリムとともに王都に戻ると、私はすぐに殿下に手紙を出した。
殿下からの返信は驚くほどに早くて、ユドリムをその日のうちに王城に呼び出した。私も同席しようと思ったら、それは殿下にもユドリムにも断られてしまった。男同士の話だから、という理由で。
そして、王城からシュトラール家に戻ったユドリムは見慣れた騎士服を纏っていた。その姿に、私は胸がじんわりと熱くなった。
「やっぱり、ユドリムはその格好が似合うわね」
「かっこいいだろ?」
「とってもね」
殿下とユドリムの間で、どんなやりとりがあったのかはわからない。けれどきっと、それは二人にとって円満なものだったに違いない。ユドリムの表情が、そういっている気がした。
「なに? かっこよすぎて見惚れてる?」
「あなた、すっかり調子が戻ったわね」
呆れて笑う私の髪をすくって、ユドリムが口付けを落とす。
「見惚れとけよ。貴族は顔のいいやつが多いから、俺の心配を察しろ」
「私、いくつもの縁談を断ってきたのよ。顔がいいくらいじゃ揺るがないわ」
「……俺は中身はよくないけど」
「あら、ちゃんと自覚してたのね」
ムッと目を細めたユドリムに、頬を挟まれた。
「俺に惚れるようだから、まぁ、お嬢様も中身は難ありか」
「失礼ね。でも、うちの家族が難ありしかいないのは認めるわ」
たとえば、部屋の扉の外で聞き耳を立てている母とか兄とか。父には「結婚相手が決まった」と報告したら、早々に『婿入り』についての調べものを始めたし。今頃きっと、婚姻の書類作りでもしているのではないだろうか。
「……キスしたいけど、兄様が飛び込んできそうだなぁ」
そんなことを言いながら、ユドリムは私の腰に手を回して引き寄せた。
気持ちを打ち明けてからのユドリムは、口の悪さこそ以前と変わりないけれど、私に対しての甘さが滲み出ている。これまでのユドリムを思い返して、こんなふうに愛されるなんて想像もしていなかった。ふとした時に向けてくれている優しい眼差しに、私への好きがどれほど込められているのか、この人は自覚しているんだろうか。
ユドリムのそんな変化が、私はたまらなく愛しかった。
「試してみる?」
私もユドリムの頬に触れて、顔を寄せる。
すると——。
「私はまだ、お前の兄様ではない!!」
やっぱり兄が、必死の形相で飛び込んでくるのだった。
*
婚姻式の当日は、澄んだ晴れ空が広がった。
金糸の刺繍が入った白のドレスに、髪飾りもアクセサリーもすべて金色。はちみつ色の髪はそんなドレス姿によく馴染み、鏡に映る私はまるでお姫様のようだった。
「綺麗だな。似合ってるよ」
そう褒めてくれるユドリムも、同じく金糸で刺繍を入れた白のタキシード姿だ。
「騎士服が黒だから見慣れないけれど、ユドリムも白が似合うわね」
「俺はなんでも似合うからな」
本当はユドリムの『黒』を取り入れたかったけれど、婚姻式に黒はと家族に難色を示され、ユドリムにも「ない」とばっさり切り捨てられてしまった。愛する人の色を取り入れたかっただけの私は落ち込み、妥協案でユドリムのリングピアスから色をもらった。それが、今なら大正解だったと心から思える。
サイドの髪をかき上げたユドリムはいつもと違う雰囲気で、自惚れたことを口にはしているけれど、本当に見惚れてしまうほどにかっこいい。
「王子様みたい」
「お前の王子になれて光栄だよ、お姫様」
ユドリムはご満悦に微笑むと、私の手の甲に恭しく口付けた。
「いつもそんなだったらいいのに」
「俺がいつもこんなだったら殿下が目立たなくなるだろ」
「それは自惚れすぎだわ」
そこは、正真正銘の王子には敵わない。オーラもそうだし、何より性格の良さが殿下は見た目にもにじみ出ているから。「おい、失礼なこと考えてんだろ」と睨みつけてくるユドリムを、やっぱり王子様とは程遠いわと私はあしらう。
すると、二人きりの控え室にノックが響いた。
「やぁ、ブランカ。久しぶりだね」
「アルヴィン殿下」
式が始まってしまえば慌ただしくなるだろうと、殿下が私たちに会いにきてくれた。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きをありがとう」
手紙のやり取りはあったけれど、私が殿下と会うのはあのダンスパーティー以来だ。殿下に対して気まずさを感じながらも、変わらぬ太陽のような柔らかな笑みに私はほっとする。
「僕はずっと、君に直接お礼を言いたかったんだ」
「お礼?」
「ユドリムを連れ戻してくれて、ありがとう」
まっすぐに見つめられて、殿下の中にぎこちなさを感じる。その言葉が、殿下にとってどれほど勇気のいることか。殿下もまた、私に対して気まずさを感じているのだ。
それでも私に向き合ってくれる誠実さに、私も、心からの気持ちを口にした。
「私こそ、殿下に背中を押していただきました。本当に、本当にありがとうございました」
私たちの間には、確かに気まずさがある。それがなくなるには、まだまだ時間が足りないのだ。けれど、ちゃんと答えを出して向き合った私たちは、新しい友人としての関係を築いていけるだろう。
いつの間にか殿下の騎士としての位置に控えた、一番気まずそうに顔を顰めているユドリムが、誰よりも大変そうだけれど。
「……僕が落ち込んでいないと言えば、嘘になる。だけど、君が選んだ道を、僕は友人として心から祝うよ」
「殿下……」
嘘偽りのない眼差しに、私の胸が痛む。そして殿下は、ユドリムを振り返った。
「ユドリム。彼女を幸せにしないと、次は首を飛ばすからな」
「げっ」
「それと、今日の主役は君たちだ。僕の後ろに控えず、僕の前に立て」
殿下はユドリムの腕を引き、私の手と引き合わせた。
「おめでとう、ブランカ。ユドリム」
心からという、殿下の言葉どおり。
私たちを祝って幸せそうに目を細めた殿下は、私たちを繋いで自らは手を離した。
「では、また式で」
颯爽と背を向けた殿下は、とても凛としていた。これ以上、私に気を遣わせないように。本当に、どこまでも素敵な方だ。
クビ宣言をされたユドリムの横で鼻をすすると、ものすごく解せないという表情でユドリムは私の涙を拭った。
「なんで泣くの」
「あんなに素敵な方を傷つけてしまったことに、胸が苦しくて」
「はぁ?」
ユドリムが眉をひそめたところで、式の準備が整ったと呼び出しがかかる。まだ閉ざされている式場の扉の前に移動した私たちは、寄り添って並んだ。
ユドリムは扉を見据えたまま、どこか不貞腐れ気味に私に声をかける。
「俺は、怒ってるからな」
「えっ?」
驚いて見上げた私に、ユドリムはぶっきらぼうに続ける。
「お前が泣くのは、俺のためだけでいいんだよ」
「うん……?」
「他のやつのために、もう二度と泣くな」
どうやらユドリムの怒りは、殿下に嫉妬してのことらしい。あのユドリムがやきもちを焼くなんて。私は驚きを隠せずに、固まった。
「後悔すんなよ。嫉妬深い、俺を選んだこと」
言葉とは裏腹に、私の頬をなでるユドリムの指先は優しい。どれほど私を大切に想ってくれているか、その優しさから伝わってくる。
あまりに嬉しくて、幸せがあふれて、私は笑ってしまった。
「絶対に後悔なんてしないわ。こんなに、あなたに愛されているんだもの」
私の答えに、機嫌が戻ったらしいユドリムの腕に寄り添う。
「ユドリムはもっと自信を待っていいのよ。私が選んだ人なんだから」
「俺はそこまで豪胆じゃねぇよ」
「ふふ。豪胆なのは、父譲りなの」
「俺に対しての口の減らなさも父親譲りかよ」
「ううん。これはね、母譲り」
ユドリムの軽口が戻って、寄り添っていられることが心地よくて。腰を抱き寄せられると、もっとユドリムの体温を感じる。香水のかおりに、胸が高鳴る。ユドリムを見上げると、ふわりと笑顔を向けられた。
「可愛いな、お前は」
唐突に言われて、笑顔の破壊力も相まり、私は途端に恥ずかしくなった。額に口付けを落とされて、見つめられる。その顔が本当にかっこよくて、私の頬にこれでもかというほどに熱が集まる。
「キ、キスは今じゃないわよ……っ」
「お前が可愛くて、我慢できそうにない」
もう一度言われ、くらっと倒れてしまいそうになった。ユドリムに支えられて、なんとか持ち直す。
「愛してるよ、ブランカ」
「誓いもまだ早いのよ……!」
「神前での誓いなんてただの形式だろ。これは、俺の愛の告白」
ユドリムが醸し出す甘い雰囲気に、私の声が緊張で上擦った。
「私も、ユドリムを愛してるわ……!」
神前での誓いの前に、私たちは口づけを交わした。ゆっくり離れると、こつんと額がくっつけられる。間近で見るユドリムの瞳が、幸せそうに細められた。
神前へと続く扉が開く。
青い花びらが風に舞う中を、たくさんの祝福を贈られながら私たちは寄り添って歩く。
夢物語は、誰かに与えられるものじゃない。愛する人と歩いていく、この先の毎日こそが。
——私がつくっていく、世界で一番幸せな夢物語。




