01.秘密の逢瀬
「会いたかったわ」
後宮に入れば、すべての人は皇帝の所有物になる。
しかし、彼女は違った。
皇帝に手を出され、子を産みながらも心だけは皇帝のものにならなかった。
「仔空」
愛おしい宦官、仔空を呼ぶ。
人目を避けるように現れた仔空は彼女に抱きしめられた。それに応えるように腕を回し、抱きしめる。
二人の逢瀬が始まったのは最近ではない。
彼女が後宮入りをすることが決まった日よりも前だ。二人は幼馴染だった。後宮入りをすることが決まり引き裂かれた恋人は、妃賓と宦官という形を変えて、再び出会ってしまった。
禁断の愛は燃え盛る。
「婉容妃」
仔空は応えるように彼女、婉容妃、黄 妃紗麻を抱きしめる。
そして、その頬に口付けを落とした。
二人は愛し合っていた。その愛が罪だと知りながらも忘れることなどできず、互いを求めるように口付けを交わす。
「名を呼んで。仔空」
「できません」
「どうして。私は妃賓ではなく、ただの女になりたいのに」
妃紗麻は懇願する。
愛おしい人の前では皇帝の妃賓でいたくはなかった。
ただ恋をする女でいたかった。
「許されないのです」
仔空はそっと腕を離した。
逢瀬は長くは続かない。疑われないようにしなければ、宦官である仔空の命が危ないということは妃紗麻も知っていた。
「私のことはお忘れください。婉容妃」
「できないわ」
「しなくてはならないのです。陛下に疑われておりますゆえに」
仔空は悲しそうに告げた。逢瀬をしていることに皇帝が勘付き始めていた。
そのことに気づいた仔空は別れを告げに来たのだ。
すべては妃紗麻を守るためだった。
「……母上?」
外から声がした。
その声に妃紗麻は飛び跳ねる。
そして、慌てて仔空を背中に隠そうとする。背の高い仔空は隠れることができず、その姿を目撃されてしまう。
「その人は誰ですか? なぜ、母上と一緒にいるのですか?」
部屋に入ってきたのは五歳の子ども、李 雲嵐だった。
五歳にしては落ち着いている子どもであり、聡明な子だった。だからこそ、父親である皇帝以外と会ってはいけないということを知っていた。
責めるような口調で問いかける子どもに対し、妃紗麻は反射的に腕を伸ばした。
「母上?」
雲嵐は疑わなかった。
妃紗麻の手は雲嵐の首を絞める。苦しそうな声をあげる雲嵐に気づいていないかのように全力で首を絞めた。五分ほど締めていたところで妃紗麻は我に返り、慌てて手を離した。
雲嵐の体は力が抜けたように床に落ちた。
「雲嵐」
妃紗麻は雲嵐を呼ぶものの、返事はない。
既に息はしていなかった。
殺してしまった。愛する息子を手にかけてしまった。
そのことに気づいた妃紗麻は涙を流す。皇帝の子を殺したとばれてしまえば、妃紗麻は死罪になるだろう。それも恐ろしかったが、その場に居合わせただけの愛する宦官を巻き込みたくはなかった。
「首を吊ったことにしましょう」
仔空は妃紗麻の肩に触れた。
そして、背後から抱きしめる。
「私も共犯者になります。婉容妃。あなただけに罪を背負わせたりはしません」
「仔空……」
「紐を持っております。これを第四公子の首にかけ、吊るしましょう」
仔空は持っていた鞄の中から長い紐を取り出す。
五歳の子どもの体ならば切れることなく支えることができる程度の太さの紐だった。それは宦官が常に持ち歩いているわけではない。
雲嵐の首に紐をかける。そして、それを天井にくくりつける。
「この部屋には誰も来ていません」
仔空は妃紗麻に言い聞かせる。
天井から体を吊るされた雲嵐は生きていない。母親の手によって殺されたのだ。それを知るのは二人だけだ。
「第四公子は自らの意思で死を選んだのです。いいですね」
「……そんな嘘が通るかしら」
「通さなければいけません」
仔空は真面目な顔をして言った。
嘘を通さなければいけない。ばれてしまえば、待っているのは死だけだ。
「婉容妃」
仔空は妃紗麻の名を呼ばない。
後宮では誰も妃賓を名で呼ぶ者はいない。気まぐれに皇帝が口にするだけの名だった。名を忘れそうになるほどに呼ばれていなかった。
皇帝の寵愛を受けたのは五年以上も前だ。
第四公子が生まれる頃には寵愛は他の妃賓の元に移っていた。
それ以降、誰も妃紗麻を名で呼ばない。
「あなたを死なせたくはないのです」
仔空は妃紗麻の幼馴染で恋人だ。
その関係性は死んでも隠し通さなければいけない。皇帝に逢瀬を疑われている今となっては、その関係も終わらせなければいけない。
その時が来たのだ。
「私は関わりを断ちます。あなたもそうするのです」
「嫌よ。それだけはできないわ」
「そうしなければいけません。あなたは、皇帝の妃賓なのですから」
仔空の言葉を聞き、妃紗麻は涙を流した。
息子の死よりも恋人との別れの方が辛い。恋人の口から聞かされる現実が重い。
「さようなら。妃紗麻」
仔空は最後の最後で名を呼んだ。
それが妃紗麻の恋を忘れさせないものにするなどと考えてもいないのだろう。自己満足だ。皇帝に真相を突き詰められる前に別れたかっただけだ。
仔空の本音を知らない妃紗麻は涙を拭った。
「……さようなら」
妃紗麻は別れの言葉を口にした。
その言葉を聞くと仔空は安心したように部屋から出ていった。続いて、妃紗麻も部屋から出ていく。部屋には雲嵐の体が天井から吊るされて揺れていた。それを気にとめる者は誰もいなかった。




