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 堀野琴音。恐らく、彼女も犯人ではない。そう思う理由はどこまでもシンプルな、俺の主観だ。『堀野琴音は上田優を未だに愛している。』、と、俺は思うから。

俺が彼の話を切り出すと、彼女は堰を切ったように、涙を流し始めた。彼女の家の前で立ち話をしていただけの俺は、その反応に対して困ることしかできなかった。

愛している人間を殺すなんて異常者がすることだ。俺には、目の前で泣いているその女性が、異常者には見えなかった。普通すぎるほどに普通の人間だと思えた。

泣いている相手を前に、視線のやり場に困った俺は、どうしようもなくなって、彼女の家の外観をひたすらに眺めていた。観察することで気を紛らわしていた。

その家は、彼女の見た目に反して和風な、この町に、もっと言えば田舎に良くある、昔ながらの家だった。きっと、数十年前からこの場所に建っている建物だ。

ちょっとした塀はあるが、基本的には簡単に家の中に入れる、その様子を覗ける造りになっており、ここからでも縁側や、飼っている犬と、彼が自由に走り回れるだけの広さをした、何もない庭が見えた。他人のことを信用している造りの家だ。

対して、堀野琴音は、何か、ウェーブを巻いたような髪の毛だった。しかも、栗色と言えばいいのかも、茶色と言えばいいのかも分からないような、微妙な、もっと言えば絶妙な髪色をしていた。沈みかけた西日が当たってその色は判然としない。

きっと、横文字の何かしらなのだろう。この近くには美容室もないわけだから、自分らで髪を染め上げているのだろうけれども、それにしてはあまりにも上手なので、家族に協力してもらっていそうだ。親からも可愛がられているのだろう。

当然のように、その髪の毛はツヤツヤとしていた。こんな場所でそんなにお洒落になってどうするのだろうか。そして、そんなお洒落な人間がイジメっ子と付き合ってどうするというのだ。俺は、目の前にいる、綺麗になろうとしている女子が、汚いものに近付いていたことが、不思議だった。人間とはそういうものなのか?

彼女からも話は訊き終えた。その結果、『上田令、上田日和のどちらかが犯人である』、と、思った。その理由は、やはり、上田優は虐待を受けていたようだからだ。

彼女曰く、彼の体には虐待を思わせるような、殴られた跡のような痣があったようだ。しかも、それも、やはり高校へ入学してからできた、不自然な痣だった。

恋人であるがゆえに、そのような秘密を知ることができた。彼女しか知り得ない、この町ですら広まり得なかった痣。もちろん俺にこの噂を広めるつもりなどない。

痣が増えていく過程を見ていた彼女は、中学の二年生から、上田優と付き合っていた。付き合っている最中、彼女は何度もそれについて上田優に質問したが、何も答えは返ってこなかった。むしろ、それについて彼女が質問をすると、今度は彼が暴力的になってしまい、殴られてしまい、体に痣ができることもあったそうだ。

それを聞いて俺は、二人が別れた理由はそれだと思わった。彼に振るわれた暴力が理由で、堀野琴音は上田優に別れを告げたのだと、俺は思った。が、そうではなくて、もっと現実的な、田舎特有の問題のせいで、別れることになったらしい。

それは、やはりと言えばやはりではあるが、上田優の両親に対する不信感だ。結婚を前提として上田優と付き合っていた堀野琴音は、彼の両親が不気味に思えてしまい、どうしても親族になることができなかった。深い付き合いを望めなかった。

彼女も虐待を疑っていた。そして、彼女の場合は明確に、上田優は両親から虐待を受けている、と、疑っていた。だから、そんな人間と一緒に生活をすることが、どうしても想像できなかったのだ。ここで生きるということは、何もない田舎で結婚するということは、家族みんなで暮らす、片方の家に入るということになるのだ。

その時、この場所において、家に入るのは、当然のように、女性である堀野琴音の方だ。堀野琴音が、今、俺たちが話している家から離れ、虐待をしているかもしれない人間がいる、上田優のいる、上田家へと入る。それが、非、現実的に思えた。

そんな、やりきれないような理由で別れることになった二人。そこには確かに愛が残されていたようで、堀野琴音は未だに彼の存在を引きずっているように思える。

高校生同士の恋愛で、結婚を前提に付き合うというのもどこか奇妙に思えるが、この場所においてそれは仕方がない。この町では、成人したらもう結婚適齢期だ。

こんな狭いコミュニティで付き合うということが、どういう意味を持つのか、を十分に理解できるほどの賢さは、普通の人間であれば持っているに決まっている。

純粋に綺麗に、純粋に可愛くなろうとしている堀野琴音は、どこからどう見ても普通の人間だった。中枢性結合的には、それが正しいことになっている世の中だ。

他にも、涙を流し続けていた堀野琴音からは様々具体的な話が聞けた。そして、それらはこの事件の犯人が上田優の両親であることを指し示しているようだった。

上田優は、筋トレをしていなかった。彼は常に筋肉痛を労っていたという話もあったが、実際はそうではなくて、虐待を受けていたことによる身体的な痛みを、筋肉痛だと偽っていただけだった。そんなことを公にするような気持ちはなかった。

なんとなくそのこと、筋肉痛のことが気になっていた俺は、彼の筋肉について彼女に話を聞いてみたのだった。当然、彼女であればそれを知っていると思ったので聞いてみると、「体は鍛えていなかった」、と、返ってきたので、そうなのだろう。

さらにもう一つ、両親が殺害をしたと思われる、決定的とも言える情報を手に入れることができた。それは、上田優は別の高校に入学しようとしていたという情報。

彼は、都会の私立高校の受験に落ちたらしい。それによって、仕方がなく、高井浜高校へ通うことになったそうだ。高校受験に落ちるというのは、性格が歪むだけの出来事になるのかもしれない。挑戦することで、致命的なまでに失敗するのだ。

ここにおいて歪んだのは、両親の性格なのか、それとも、上田優の性格なのか。それとも、どちらの性格も歪んでしまって、あらゆることが狂ってしまったのか。

辿り着いた、狂った結末を前にして、彼の両親はどのようなことを思う? 虐待をしていたとはいえ、自らの子供を殺した犯人は、どんなことを思うのだろうか。

本当に両親が上田優殺害の犯人かどうかは定かではないのに、そんなことを思ってしまう。が、きっと、ここまで来たら、犯人がどちらかなのは決まりだろう。

高校入学をきっかけに虐待が始まったのかもしれない、という仮説とも合致する。私立の高校へ入学してほしかった両親は、期待に応えることができなかった上田優を責めるようになった。その結果、溜まった鬱憤を晴らすように、今度は上田優が春野和樹をイジメるようになった。高井浜高校で、イジメが始まってしまった。

地獄のような流れだと思う。殺人へ至る経緯が祝福されているわけもないが、それでも、どこかに希望の光がないのか、と探してしまうほどには、汚い世界だった。

奥平米はいつもと同じ格好をしている。なので、今日も同じ格好をしていた。そんな彼は徐々に、徐々に真相へと近付いていく。その足取りは確実で、順調だった。

その中で、好奇心を元にした行動の理由は、弱くなっていく。知りたいという単純な気持ちから始めた、それが一番大きな理由だったはずの探偵ごっこは、いつの間にか、ごっこ遊びでは済まなくなって、やらなければならないことになっていた。

そもそも、一番最初は高井浜高校にてイジメが行われていたことすら知らなかったのだ。どこかで軽く話したことがある程度の家族、その子供が殺されただけの事件だと彼は思っていた。その重たさは、何も知らないという好奇心が覆い隠した。

十分に重たい話ではあったが、調べていく中で、重みは増していく。増されていく重みは、次第に、彼の生活も、気持ちも、何もかもも狂わせ、おかしくしていく。

事件が解決するまでは、日常へ戻ることは不可能だった。なので、どうにかして犯人を見つけ出さなければならない。奥平にとっては、それだけの簡単な話である。

堀野琴音も、狂わされた日常が、完全とは言わなくても、形式的にだけでも戻ってくるためには、真実を知る必要があった。彼が殺された理由を知る必要があった。

なので、彼女は本来は話したいと思わないことすら、奥平米に話してしまうのだ。彼が遺体の第一発見者の弟であることを知りながら、そして、真実を追い求めているだけの部外者であるということも知りながら、自ら、上田優について語る。

本来であれば、居心地の良さしかないような、実家というモチーフに相応しいような彼女の家も、この町全体に不穏が空気が漂っている中においては不穏に見える。

そういう現象が、この町のあちこちで起こっていた。あらゆる場所に、殺人事件の影が入り込み、そこはかとなく、不気味な空気を醸し出し、空気に重みを出す。

それによって住人たちもやられてしまっていた。どこか、他人事ではなくて、自分事のように、思い込んでいた。関係ないはずなのに、関係があると思い込む。

普段から見ているニュースに、自分たちの近所が映し出されると、それが現実の出来事だったのか、それとも、フィクションの出来事だったのか、が分からなくなる。彼らは分からなくなってしまい、何か行動をしたくなるのだ。どうしても、誰かに自分の知っていることを話したかった。犯人なんて誰でもいいから、誰かに犯人を捕まえてほしかった。真実を知りたいだけでも、話がしたいだけでもあった。

人間は動くことで不安が解消される。奇妙な殺人事件が起こったことによって発生した不安は、自分の意見を誰かに話すことによってしか、解消できなかった。

「ごめんなさい。取り乱してしまって」

「お気になさらず」

「犯人を見つけてくれるんですよね?」

「それは俺の仕事じゃない」

「じゃあ、どうして犯人捜しを?」

「俺には俺の都合がある」

「お兄さんのことが心配なんですよね?」

「それはそうだ。でも、それだけでやってるわけじゃない」

「どんな理由であっても、私は、優のことを殺した犯人を見つけ出してほしいです。絶対に許せない」

「そうですか」

俺は、一つ疑問に思った。その疑問はシンプルかつ残酷な疑問で、『もしも犯人が上田優の両親であった場合、堀野琴音はどんなことを思うのか?』という疑問だ。

「もしも、犯人が上田優さんの両親であった場合、どう思う?」

「え? そうなんですか?」

「いや、まだ決まってない」

「もしも、もしもそうだとしたら、絶対に許せないです」

「違和感はない? 二人であれば犯人の可能性はある?」

「あると思います。だって、虐待をしていたんですからね」

「それはそうだ」

上田令と上田日和。どちらの方が、より、犯人らしい生き方をしていたのかも聞こうかと思った。が、それは話をする上で邪魔な先入観になるので止めておいた。

ここまできたら、後は証拠を積み重ねるだけでいい。本人の前でそれを突き付けるのかどうかもまだ決まっていないが、とにかく、もっと客観的な証拠が必要だと思った。自分だけは、「これは間違いない」と言えるくらいの証拠が必要だった。

虐待をしていたからといって、殺害をした証拠があるわけではない。きっと、犯人は、二人のどちらかではあるが、証拠もないのに、犯人だと言いふらすのは善くないだろう。もしそれが冤罪だとしたら、今度は俺がイジメをしたことになる。

疑っていることさえ、秘密にしておくべきだった。が、どうしてか、涙目で俺のことを見つめてくる彼女を前にして、俺は、それを示唆するようなことを言った。

堀野琴音だって、ある意味では加害者だ。春野和樹がされているイジメを知りながら、上田優と交際していたということからしても、加害的な部分はあるはずだ。

それでも、最愛の人を亡くした彼女は哀れだった。未だに、イジメをするようになっても、死体になっても、未だに、彼のことを愛している彼女は惨めでもあった。

そんなことを思っていても仕方がない。なので、俺はこの場所から去ることにした。軽く挨拶をして、彼女の元から離れると、別れる直前に声をかけられた。

「犯人を見つけてください」

「わかった」と、柄にもなく、言い切った奥平米。沈んだ西日によって、黒に変わった髪の毛をなんとなく見ていた彼は、深々と下げられた頭に向かってそんなことを言い切ってしまった。本当に、そんなことができるのかも曖昧なのに、言った。

田舎のこの町は、太陽が沈むとすぐに真っ暗になってしまう。だから、下げられた頭が上がるとすぐに、帰路へ着いた。彼には、寄り道するつもりなどなかった。

彼の中にはモヤモヤとした気持ちがあった。殺人事件によって、多くの人が変わってしまうことを余儀なくされていることに対する、モヤモヤが胸の中にあった。

そして、それは、事件を解決することでは解消されないこともわかってきていた。もう起こってしまったことは、取り返しがつかないことであって、どうすることもできないことはわかった。さらに、元の世界へ戻ってはいけないことも彼はわかった。元に戻っても、そこにあるのは、全員が不幸になってしまうだけの世界だ。イジメをしている者さえもイジメられているような、そんな、くだらない世界。

そんな、くだらないだけの世界で、くだらない理由から犯人を捜していた彼は、何かの使命感のようなものを勝手に背負うようになる。誰に言われたわけでもない。

ずっと前から微かに胸の内にあったそれは、事件の真相を探る中で、多くの人たちと話す中で明確な存在へと変わっていく。存在している気配だけがあるものから、確かに存在しているものへ変化し、今では行動原理の一部になってしまっている。

時間が経つよりも先に暗くなっていっている。そんな勘違いをしてしまうほどに暗くなっていく夕暮れの道を歩いている男は、殺人事件のことばかりを考えていた。

どうやれば真相に辿り着けるのか、そして、真相に辿り着いた後、何をするべきなのかを考えていた。その答えはどちらもまだ出ないが、いずれは出そうだった。

奥平米は、犯人と向き合う覚悟をしている最中だ。単に、この町に噂を流すだけではなくて、人を殺した人間と対峙して、目の前で、その人間の非を責める覚悟をしている最中であった。そこまでのことをするメリットは、彼には全くなかった。

それでも、それをしなければいけない予感がしていた。それをすることでしか救われない人がいるのだと、先へ進めない人がいるのだと、なんとなく、わかった。

帰り道は重苦しいことを考えていた。が、それでも、それをする理由は、楽になるためだ。彼は、楽になるために、一度、重たくならなければならないのだった。

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