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「まず大前提として……アイツは人を殺せるような男じゃない」
殺された上田優からイジメられていた春野和樹。くだらない理由から、彼を殺した犯人を捜すことになった俺は、春野和樹のことを、一番に怪しいと思った。
イジメられていたならば、怨恨の有無など考える必要もないくらいに明白だ。復讐を果たしたというのに、これから、長い、不自由な生活を強いられるというのは可哀想だが、本当に人を殺していたとしたら同情ばかりをするわけにもいかない。
どうやら高井浜高校ではイジメがあったようだ。それがどの程度のイジメだったのかは知らないが、これだけのことになっているのだから、悲惨だったのだろう。返事のない幽霊に聞いても、意味はない。生きている人間に聞く必要がある。
母校である、田舎の、一つしかない高校でそんなことがあったなんて、信じられない、わけでもない。が、どこか、目の前の出来事に対して現実感を抱けていない自分がいるのは事実だ。どこか、心臓が現実を拒絶している感じがあった。
ネズミ色のダウンジャケットに、色あせた藍色のジーンズを履いた、身長が低い男の名前は奥平米。くだらない理由から、殺人事件の犯人を探すことになっている。
その瞳の下には数日間寝ずに過ごしているのかと思わせるほどのクマがある。体質的にそうなので、過去も未来も当然今もそういう顔で生きていることになる。
近くの、小さな工場で働いている彼は、二十七年前にこの町に生まれた。それからずっとここから離れることもなく、地元で生きている。出るつもりもなかった。
午後になっても寝癖が直っていないような、清潔感など全くないような、全体的に小汚ない印象がある男だった。実年齢よりも老けてみられることが当たり前になっていた。が、この近くに住む人は彼のことを昔から知っているので、不潔であることで何か問題が発生するわけでもなかった。ただ、もしも独身であることを問題だとするのならば、問題が発生していないわけでもない。結婚願望はない。
一月の二十日。それが、上田優の命日である。それから十日ほど経った、一月三十日に、学校近くの公園で、故人のクラスメイト二名から話を聞いていた奥平。
名前も聞いたことないような、ローカルなスーパーたった一つが、この町の住民にとってかけがえのない生命線になっていると言えば、この場所の田舎具合もなんとなく察してもらえることだろう。車と、近所付き合いと、無気力が必須の町だ。
そんな場所では殺人事件など起きるはずもなかった。が、起きてしまった。そして、起きてしまった以上は、話題はそれだけで埋まってしまう。それ以外には何も話すことなどない。あらゆる人の口から殺人事件の話題が語られていた。
あらゆる事のきっかけとなった事件の第一発見者となってしまった、奥平良。その名前からも推測できる通り、彼は、米の家族だった。具体的に言えば兄だった。
公園のベンチに座っている高校生二人の名前は、秋葉光と、久保春。平均的な高校生男子に比べると高身長で、長めの髪の毛がサラッとしていて、体型がスラッとしている、ニキビ面の人物が秋葉光で、高校生女子の平均的な身長をした、三つ編みの、赤いほっぺをした人物が久保春。二人ともどこにでもいる普通の人間だ。
そんな普通の人間と、奥平米が話している理由。それはやはり、事件の犯人を突き止めるためだった。クラスメイトから事情、または、意見を聞く必要があった。
話を聞いている中で、『大前提』が語られた。つまりは、『春野和樹は上田優を殺していない』という大前提だ。光の話しぶりからしても、それは間違いないようだ。
そうなると俺は、困ってしまう。犯人は春野和樹だと思っていたので、それを崩すような前提を言われてしまい、困惑している。が、他にも犯人の候補はいる。
放課後の公園では西日が差している。沈みそうな太陽光が、町中を、ちょっとした絵画のように照らす。その何様式なのかも定かではない、絵画的な夕景が死体がいた町に訪れる。どんなことがあっても、緑しかない田舎の景色は常に綺麗だ。
そもそも俺が、こんな放課後の高校生を捕まえて、仕事を休んで西日の中で犯人を捜している理由。それは、事件に巻き込まれただけの、兄である良に問題が生じたからだ。ちなみに、犯人を見つけることが問題解決に繋がるわけではない。
遺体の第一発見者として警察から事情聴取を受けた良は、事件のことを語らないように警察官から口止めをされているそうだ。犯人が証拠隠滅をしないように、捜査に不都合が出ないように沈黙を求められている。そして、素直にそうしていた。
それでも周囲の人間はそのことについて知りたがる。田舎の、ノンデリな住人から、連日連夜質問責めを喰らっていた彼は、ついに精神的に参ってしまい、一時的に部屋に引きこもることになってしまった。これが一時的に収まらず、長期的に引きこもることがないことを、弟である俺は願うばかりだ。願うことしかできない。
兄が引きこもると、今度は、必然的に、俺に注目が集まる。兄がされてきた質問責めが、今度は、俺にされるようになる。それこそ、引きこもってしまいたくなるほどの勢いでそれをされる。ここの住人たちは、ノンデリにもほどがある。困る。
俺に何が分かるというのだ。と、言いたくもなるが、俺にも何も分からない、という状況は、誰でもなく、俺自身の好奇心を掻き立てる。さらには、周りもそれを肯定する。俺に犯人捜しをさせようと囃し立てる。くだらない住人と、くだらない町だ。当然のように、そこにはくだらない俺も含まれている。全部がくだらない。
ならば、と、この世界でも最もくだらない理由から、犯人を捜すことにした俺。奥平良が遺体の第一発見者ということは、すでにこの町中に広まっていた。だから、俺は顔を見せるだけで詳しい事情を話してもらえるのだ。みんな顔見知りなので、俺の顔を見ればみんな俺が奥平米だと分かる。名刺も、説明も、何も要らない。
もうすでに、イジメの件、上田優の居たクラス、疑わしいと噂されている三人の高校生の情報を持っている。三人の高校生の名前は、横井音、松田治、堀野琴音。
素人なりに、学校関係者や、学生などに事情聴取をした結果、この三人が犯人である可能性が非常に高いと分かった。事情聴取と言っても、実際は単なる噂でしかないが、単なる噂と片付けては、犯人は見つからない。見つける意味はない。
横井音。春野和樹の幼馴染みの女性であり、上田優たちのイジメを何度か教師に報告したことがある人物。音からの報告があっても、それでも教師はなんにも動かなかった。閉鎖的な空間である学校では、しばしばそういうことが起こってしまう。
彼女がイジメを報告したということは、上田優たちにも伝わっていた。誰がそれを伝えたのかは知らないが、田舎とは、常に、どこからか情報が漏れるものだ。
皮肉なことに、教師がイジメを解決するために動かなかったことで、彼女自身に直接、害が加わったりはなかったそうだが、それでも無視をされたり、妙な噂を流されたりなどはあった。真実はまだ分からない。が、もしも、彼女が犯人だとしたら、それはあまりにも虚しい。事実が虚しくても、現実からは目を背けられない。
彼女が流された噂の中には、春野和樹が横井音をストーキングして、何か善くない写真を撮影したことで、無理矢理イジメを教師に報告させられたのではないか? というものもあった。どこからそのような噂が出てきたのか、俺は不思議だった。
その他にもくだらない噂がたくさんあったが、間違いなくどれもデタラメだろう。彼女の話をしていた人々の話しぶりからしても、彼女が、上田優のことを恨んでいたのは、確かだそうだ。横井音という人間が、行動していないことを祈る。
松田治。二人や、この地域の人たちに話を聞く中で、この松田治という男が上田優と親しい関係にあったことを知った。それと同時に、春野和樹をイジメていた人物の一人であることも知った。四、五人のグループでイジメをしていたようだ。
それならば、加害的な彼が犯人である可能性が最も高そうではある。とはいえ、仲間である上田優のことを殺さなければならない理由など、彼にはないはずだ。
あるとしたならば、事故だろうか。仲間内でふざけあっていた時に度が過ぎたことをして、結果的に殺してしまった。度胸比べで、死に近づくようなことをした。
自身が疑われていることによる周囲からの視線、そして、春野和樹から復讐をされるのではないか? という疑心暗鬼から、彼は今、家に引きこもっているそうだ。哀れな存在になっているみたいだが、それだけで償えるような罪でもない。
当然ではあるが、もうすでに、イジメをしていた数名の人間は、取り返しが付かないほどに社会的な地位を落としている。良くない話だが、今度は彼らがイジメの標的になるのかもしれない。因果応報というやつだろうか。それもくだらない。
しかしながら、運動系の部活動に入っている彼らは体格が良いらしい。それがある限りは、イジメは起こらない。殺された上田優だけは帰宅部だったが、筋トレが趣味だったらしく、筋肉痛による痛みの影響で、いつも体を労っていたそうだ。
上田優を殺さなければならない理由は語られていないようだったが、それでも、犯人の可能性がある人物として語られている男。加害性だけを見れば、有力候補だ。
堀野琴音。元々、上田優と付き合っていたという女子高生。彼らがイジメをしていることを知りながら付き合っていたとしたら、彼女の人格も相当疑わしいものだ。
彼女は、家族ぐるみで上田優と付き合っていたらしく、彼の父親である、上田令と、母親である、上田日和と、彼との四人で近くのテーマパークに遊びに行ったこともあるらしい。知らない人がいないくらいには、有名なカップルだったそうだ。
こんな田舎のカップルということもあり、ほとんど結婚を前提としているような関係だったらしいが、訳があって別れたそうだ。その訳は誰も知らないらしい。
ちなみに、上田令はこの地域の人間には珍しく、少し離れた都会で働いているそうだ。わざわざ車を一時間半ほど運転して、都会の会社に通勤しているらしい。
交際していた時のトラブルが関係して、彼女が上田優を殺したと噂されているようだった。それだけでは疑うにも疑い切れないが、情報としてはそれだけで十分だ。
「なんとなくの事情は分かった。ありがとう」
「お役に立てたなら嬉しいです。あの、犯人を見つけてくれますか?」
「どうかな。そもそも、それをするのは警察の仕事だから」
「ではどうして犯人捜しを?」
「俺には俺の都合があるから」
「そうですか。でも、とにかく、和樹は人を殺せるような人間じゃない」
「では、どんな人間?」
「とにかく優しくて、でも、それのせいでイジメられることになって。虫も殺せないような男なんです」
「光君と彼との関係は?」
「昔からの友だちです。というか、元々俺たちはみんな友だちだったはずなんです」
「こんな場所だからね」
「いつからか、上田がおかしくなっちゃって。俺たちにもそのきっかけは分からなかったんですけど、いつからか、和樹のことをイジメるようになって」
「いつ頃から?」
「高校に入ってからですかね。上田も元々はあんな奴じゃなかったのに」
「そう。どんな奴だった?」
「ワンパクで、賑やかな奴でした。クラスの中心人物という感じの」
「それがいつの間にかイジメっ子か」
「いつの間にか、です」
田舎の子供たちは、小さい頃からみんな一緒に暮らしているものだ。だから、彼らも元々は単なる友だちでしかなかった。それが、いつの間にか、こんなことになった。イジメ、そして、殺人事件にまで発展するような関係性になってしまった。
きっかけは、きっかけすらも分からない上田優の変化だそうだ。彼にも、何か特別な事情があったのかもしれないが、それで許されるほど、現実は甘くなかった。
『春野和樹は虫も殺せないような人間であった』というのが、『春野和樹は上田優を殺していない』という大前提の根拠だとしたら、信用するべきではないはずだ。
が、それでも俺は、目の前の二人のその表情を信用することにした。それだけは間違いないと確信することができた。その声には、その瞳には信念があったからだ。
夕日が沈んでいく中で、俺たちは解散することにした。今日は有益な情報を手に入れることができた。今度また、何か情報が集まったら二人と話すことにしよう。
他の人たちと比べて、あの二人はこの事件を解決したい想いが強い。どこか客観的な住人と比べると、秋葉光と、久保春の二人からは、主観的な印象を俺は感じた。
彼らには、この世界を主観的に生きているような印象があった。そんな人間の瞳であれば信用することができるはずだ。俺は、そうすることに、信じることにした。
一人、小さな公園に取り残された俺は、今回のことを調べる意味を自分に問う、も、そこには答えなどなく、単なる自己満足でしかないような気がした。
それでも、二人は真実を知りたがっている。警察からの発表、ニュースがある前に、いち早く、春野和樹の無罪を証明したいと、彼を自由にしたいと思っている。
春野和樹という人間から話を聞くことができれば一番良いのだろうが、彼も部屋に引きこもってしまっているということで、彼から話を聞くこともできない。この事件は、人一人の命を奪っただけでなく、あらゆる人の生活を狂わせている。
殺人事件が起こったことで、みんなが内向的になっているようだ。俺は、そんな中でも、犯人が誰なのかを捜す。そこに信念のようなものはなく、単なる好奇心でしかない。とも、限らないが、とにかく、俺が行動している理由のほとんど全ては下卑た好奇心だ。残りの何かしらは、単に、この町をおかしくした人間の顔を見てみたいからだ。それを見て、自分がどんな感情になるのかを確かめる。それだけだ。
奥平米は、犯人を捜す。その中で、実は、もうすでに、それなりに、核心部分に迫っていた。もちろん、まだ情報は足りないが、それでも、この調子でいけば犯人を特定することができそうなのだった。今は見えない、この殺人事件の犯人。そして、『犯人はこの中にいる。』間違いなく、上田優を殺した犯人はこの中にいた。
警察の捜査が終わり、裁判の段階にまで至れば、全ては明らかになるだろう。しかし、それでは、みんなにとってあまりにも遅すぎるので、少しでもそれを早めるために、奥平米は動く。彼にはそんなつもりなんてなかったが、それでもそうなる。
小汚ない、なんでもない、地元から離れられないだけの男は、普通の人よりも、多少は頭が良かった。それを使って、どうにかこの事件の犯人を捜そうと努力するのだった。結局は、自分と、兄のためにそれをしようとしているのだった。




