ヰ22 激戦
新宿南口、もう一つの鈍器法廷ビルの向かいにある小さなゲームセンターで、
豊子キッズのネルネとジャガーは、UFOキャッチャーに興じていた。
今狙っているのは波浪☆う寒ちゃんの、寝そべったヌイグルミ。
ネルネは、白いロリータ服のスカートをパニエで大きく膨らませ、迷惑を省みることなく狭い通路を塞ぎながら、ガラスの向こうの景品の配置を睨んでいた。
「500円以内に取るわ……。それ以上は1円足りとも使わない。」そう言うとネルネは貝殻の形をしたガマ口から旧500円硬貨を取り出し、投入口に差し込んだ。
「あ、あそこにいるの、ねりけしちゃんじゃない?」
待ち合わせ場所に指定されたゲーセンに入ってきた赤穂時雨が、美少年、向井蓮の前に立って台の方を指差す。
「あ」
と金髪に革ジャン姿のニキビ少年、ジャガーが逆に時雨を見つけ、黒いキャリーバッグを引き摺りながらこちらに近寄ってきた。
「やあやあ、アコウシグレちゃん。」と言ってジャガーが笑顔を見せる。先ほどは気付かなかったが、この少年が唇にピアスを開けているのを見て、時雨は怯えたように蓮の後ろに下がった。
蓮が、クラスメイト兼姪っ子(?)少女、赤穂時雨を庇いながら「……君、豊子キッズなの?」と静かに口を開く。
「そうだよ。で、あっちでクレーン操作をしてるのが、ネ……え~っと、ネリゴムちゃん?だっけ?」とジャガーが言う。
「ねりけしちゃんじゃなかったっけ?」と蓮が言う。
「あ、そうだった。やっべ……怒られる……」
そんな会話が続いているなか、時雨が2人の男子を通り越して、UFOキャッチャーに集中している白ロリータ少女の背中に立った。
……なんと言うか…飛び出した黒い翼と、大袈裟なスカートがすごく邪魔………。まあ、かわいいけど……。
最初、時雨は声をかけず、ねりけしちゃん(仮)が3回目のチャレンジをしている姿を後ろから観戦していた。
丁度、アームが波浪☆う寒ちゃんの、高波のように突き出した水色の前髪を掴み、出口へ引っ張っていくところが見える。
ポトン……
「あ~~惜し~」と時雨が声を出す。
黒髪をふわふわのボブカットをした小柄なロリータ少女が振り返った。
……少女は首から骨折した人がする三角巾を提げていて、右足にはギブスを巻き、白い蛇のオモチャが巻き付いた松葉杖を筐体に立て掛けている。
「あ、来たのね。赤穂さん。」と少女が言う。
すぐに時雨の後ろから、向井蓮とジャガーが合流してきて、「なあ、ネリケシチャン、あと何回残ってる?」とジャガーがつっかえながら言った。
「あと3回よ。これ、どうやら500円入れると6回遊べるらしいの。ねえ、おジャガ?貴方1回やってもいいわよ。もし取れなかったら、あと2回はそこのお二人さんに進呈するわ。」
「だからおジャガって呼ぶなよ、ネルネ?ジャガーって言ってくれよ…」
「……おバカ……。もうネルネでいいわ。」
100円毎の遊べる時間に制限がある為に、挨拶よりも先に、かわりばんこでチャレンジすることにした3人だったが、……結局誰も取れず、
ネルネが「……フッ…この機械、人をバカにして。全く…こんな役立たずのフニャ○ンに、もう用はないわ。」と言った。
「まあまあ」と蓮が時雨の前に入り、「小学生もいますし、あまり過激な表現は……」と言い、「初めまして。僕の名前は向井蓮といいます。」と頭をペコリと下げた。
「初めまして。私はネルネ、この人はおジャガ。俗に言う豊子キッズのメンバーよ。…ところで、……そこのお二人さんは付き合ってるの?」と白ロリータ少女が言った。
「な??!」と時雨がベレー帽の上から湯気を吹き上げる。
「いえいえ、付き合ってはいません、僕達は。」と蓮が慎重に敬語を使いながら答える。
「ふうん?そうなの?まあ、それはいいとして、私、貴方に聞きたいことがあるの。」
「え?僕に?」と蓮が言う。
まだ、ボーッと突っ立ったままの時雨を見ながら、ジャガーが「ふ~ん、付き合ってないんだ……それなら俺…」と嬉しそうに呟く。
「ちょっと待て、お前、中学生くらいだろ?」と蓮がジャガーのことを睨む。「おい、この子は小学生だぞ?……つまり、手を出すな、お前は!!」と敬語を捨てた蓮がビシリと指を突き付ける。
「つまに、手を出すな……、ですって………?!」
時雨のベレー帽が火を吹く。
「貴方さ、」とネルネが話し始める。「さっき会った時に…『睦美ちゃんのお兄さんがお前らの仲間になる未来はまだ回避し切れていないようだな。何故だろう…呆痴彼女はアンインストールしてもらったはずなのに……。1周目の時は、こっちに関わることはなかったが……念のため一度見に来ておいてよかった。』とか、そんなようなこと言ってなかった?」
「……めっちゃ一言一句!!お前、記憶力凄いな!」と蓮が思わず叫ぶ。
「ウフフ。私の海馬はチート級の能力を持っているのよ。(…ずっと私のターンよ!!海馬だけに!)まあ、難点は海馬は一時記憶には適しているのだけど、私ったら長期保存用の大脳皮質がね……相当忘れっぽいってところが玉に瑕なのよ……。玉はないけど……。私の側頭葉には、いらん魔法の知識がまだまだイッパイ残っているせいでね…。そこに上書き保存し直すのって、結構大変なのよ…貴方にはこの苦労は分からないでしょうね!」とネルネは言いながら、白い松葉杖を脇に通した。
「て、言うわけで、貴方、転生タイムトラベラーでしょ?私に対してはそういうの、隠しても無駄だからね?」
向井蓮はそこまで黙って聞いていたが、「いや、別に隠してないし。クラスのみんなは知ってるし……」と言って、この白リ少女のことを睨んだ。
「そういうお前は何者なんだ?」と続けて蓮が言う。
「私?私はね…しがない教育弱者の、か弱い少女よ。そんなわけでね、…よりよい大学に入って、よりよい仕事に就く為に……私達はね、とーーっても頭のいい家庭教師が欲しいの!ねえ、貴方心当たりない?」と言ってネルネは悪戯っぽく笑った。
「ない……。」と蓮が返す。
「おい、ネルネ?なんかアコウシグレちゃんがお前のこと、すんごく睨んでるぞ?」とジャガーが困ったような顔をして言う。
「は?」と言ってネルネが振り返ると
時雨が「………ねりけしちゃん?……私の夫に色目を使わないでくれる?」と、ゴゴゴゴゴゴ……と瞳からも炎を燃え上がらせているのが見えた。
「ねりけしちゃん??言っておくけどね、向井くんはあなたの家庭教師にはならないわよ??」
「ちょ、何か誤解していらっしゃいませんか……?」と言ってネルネが後退りをする。
それを見て、ジャガーが「アハハハハ」とバカ笑いした。
「あ、赤穂さん……?」と蓮もビックリして時雨のことを見つめる。
「家庭教師と個人授業……な、なんて、い、い、いやらしい!」と時雨が叫ぶと、
蓮が「ねえ、赤穂さん??声が大きいよ?!」と慌てて2人の少女の間に入った。
幸い周りにいるのは外国人観光客だけで、会話の内容は理解していないようだったが、ただ物珍しそうに、ロリータ服のネルネを見て、何かを話していた。
「変な想像しないでくれる?!」とネルネが片足で立ちながら、松葉杖の先端を時雨に向けて言うと、時雨が「へ、HENTAI!!」と叫んだ。
外国人のギャラリー達から「Oh………」とどよめきが上がる。
と、そのタイミングで一人の白人男性がスマホを構え、カメラのレンズを向けた。
「おおっと?!」とジャガーが近くにあった、プライズ持ち帰り用のビニール袋を引っ掴んで、外国人に向けて投網のように投げつけた。「No photos allowed,GAIJIN-SAN!!」
ジャガーは素早く小柄なネルネを小脇に抱えると、「またね!」と時雨にウィンクして、キャリーバッグを引き摺りながらガラガラガラガラ………と店外へ走り去っていった。
「な、なんだったんだ……」
と、蓮が呟き、落ち着いたところで、改めてクラスメイトの赤穂時雨のことを見た。
時雨は韓国風の白のハイネックのセーターとブルーグレーのチュールスカートを着て、緑のベレー帽から明るい色のカーリーヘアを覗かせている。気の強そうな吊り目とツンデレ気味な鼻。あどけない唇。
……ふむ。時雨ちゃんか……。2周目に突如現れた危険分子……。この子は……そうだな、『可愛い系モブ子ちゃん』に分類されるのかな……覚えておこう。今世の僕が睦美ちゃんに出会うまで、まだ、一つあの大きな障壁が待っているんだし、こんなところで躓いているわけにはいかないんだが……、油断は禁物。
今度こそ……、僕は睦美ちゃんと結ばれるんだから……。行動には充分気を付けていかないと……。
「帰ろっか……」と蓮は言い、「ん」と頬を赤くした時雨と連れ立って、2人は新宿南口の改札を目指して歩き出していた。
**************
「おジャガ?そろそろ、もう下ろして。」とネルネが言う。
ジャガーは「了解」と言って、手に持っていた松葉杖を渡しながら、彼女を地面に下ろした。
「ありがとう。助かったわ。世界中に私の無修正動画が流されるのは勘弁してほしいからね。」と言ってネルネは、治りかけの右足を軽くジャガーのブーツの上に乗せ、ニキビ男子に触られていたベルト部分が汚れていないか、腰を回して、一枚立ち絵のように体を捻って確認していた。
「なあ、ネルネ?」「なによ?」「どうして、たまにお前、手をキツネの形にするんだ?」
「は?」「ほら、それ。」
指差された先を目で辿り、自分の右手の指を見ると、……なるほど。影絵で作るキツネの形になっている。
「松葉杖突きながら器用だな。」とジャガーが言う。
「……これは……まあ、私も知らないけど、多分、密教の印相みたいなものよ。悟りを開く為にやってんじゃない?…多分。」
「……さてと。私の大脳皮質が忘れてしまわないうちに、今日の出来事をメモしておくわ。」そう言うとネルネは、「日記を出して」とジャガーに向かって手を出した。
ジャガーは「へい」と言ってキャリーバッグから、フワフワの白いボア生地で囲われた、パール加工のキルトで出来た鍵付き日記帳を取り出した。
それを受けてネルネは、首までピッタリと締めた襟口に細い指を突っ込み、プラチナ色の細いネックレスを引き出した。その先には小さなピンクの鍵が通してあり、ネルネは受け取った日記帳のバンドに付いた錠を、それを使ってパチンと外した。次にノック部がハートの形になっているペンを引き抜き、素早くページ上に這わせ始める。
ジャガーが横から覗き込んできた。
……そこには、ミミズが這ったようなフニャフニャの文字が力なく引かれており、所々、アクセントのような点々が上に強い筆圧で打たれていた。
「なに?覗かないでよ、変態。」
「それ隠す必要あるか?全く読めないぞ?多分それ、前世の文字だろ?」「そうよ。」
「あ、ネルネ」「なによ?」
「お前さ、また気付かないうちに怪我してんぞ?ほら、左足の膝。」
ネルネが俯くと……確かに白いニーハイの膝の所が破け、血が滲み出していた。「あら、ホントね。ったく…。おジャガ?あれ出して?」「へい」
ジャガーがキャリーバッグから取り出したのは、優しい配色のパッケージで個包装された手のひら大の小さな袋だった。
手渡されたネルネは、その袋を、ギプスから飛び出した指で支えながら、囁くようにピリピリと開け、中から平たいクリオネのような形をした天使の羽を取り出した。
「これ、超便利よね~。向こうの世界にはこんな便利なのなかったわあ。これさ、血の吸収力がハンパないし、それでいてお肌にも超優しいのよ……。」
そう言いながらネルネは、シートを傷口にあてがった。
「ふうん?そうなの?俺は男だから、その商品についてはよく分かんないけど…」とジャガーが言い、
「そうね。言われてみれば、この商品を男が買ってるの見たことないかも。便利よ?おジャガも常に携帯しておきなさい?1個あげよっか?」とネルネが言った。
「サンキュ。でもいいや、俺はそんなに怪我しないし。」とジャガーは答え、
ネルネは、
………これが平和ボケってやつね。貴方さ、突然、魔物に襲われでもして出血多量で死んだとしても、私知らないからね……。と、心の中で…過去の城塞都市での帝国軍との激戦を思い出し……、遠い目をしながら、まあ平和でなによりね…と微笑み、静かに止血を行うのだった。
『Fierce battle』




