4月14日
今日は晴れ、でも外はまだ暗い。
計測は高値、今は放出していないし空中にも漂っては居ない。
マーリンはまだ眠っている。
いい加減洗濯がしたい。
廊下を出て彷徨って居ると、丁度寝起きの大使と出会った。
「おはようございます、どうされました?」
「洗濯がしたいのです」
「あ、お渡し頂ければ」
「下着なので」
「あ、はい、ではご案内致しますね」
ホテルにも完備されている様な洗濯機達が並んでいる、洗剤は自動投入。
中には乾燥までしてくれる物があったので、ぶち込んで部屋へと戻る。
暫くしてスクナさんがやって来た。
《おはよう、うん、良さそうだね》
「はい、少し足らなかったので更に追加しました。駄々をこねられたので」
《ふふふ、自然の魔素より良いそうだ》
「精霊の血のせいですかね」
《あぁ、人から溢れるモノには、本能には抗えないんだそうだ》
「厄介ですな」
《面倒ならウチへ来たら良いよ》
「ありがとうございます、考えときます」
《一応誘えと言われてね、だが期待はしていないから安心して欲しい。ただ、定期的に様子を伺わせては貰いたい》
「勿論、色々周って遊びましょう」
《あぁ、色々と周ろう》
スクナさんを見送り、寝直す。
ノックの音で目を覚まし出迎えると、畳まれた下着と朝食と共におばさんがやって来た。
「あ、すみません」
「良いんですよ、でも乾燥機に入れるのは宜しくないわぁ、痛んじゃうわよ。言ってくれればどうにかして差し上げたのに」
「ちょっと恥ずかしくて」
「もう、遠慮しないの。さ、召し上がって下さいね」
今日はとろろご飯。
朝食を食べて軽くシャワーを浴びてから着付け、今までで1番地味なデザインの薄い抹茶色の訪問着、髪はアップ、お馴染みの流れ。
同じく昨日のメンツで教会へ向かうと、外ではデモ隊VSデモデモ隊が言い争っている様子。
ココの教会の人間は良い人が多いのに。
「良い人には見せたく無い光景なんですが」
《本当に無関係な者は退避させてある、心配するな》
「なんだ、じゃあ自業自得なのね」
《あぁ、今こそ真価が問われる時、そして今までの代償を払う時が来た》
ミカちゃんが扉を開け、教会の関係者を外へと連れ出した。
なまじココはデカい教会、ラフィーちゃんの事は無関係では無いと言う事だろう。
闘争の声は遠のき、後方支援のピリピリとした気配も収まった。
《では、宜しいでしょうか》
《うん、始めようか》
デモ隊達の盛り上がりとは打って変わって、ただ粛々と治療が行われていく。
そして差し入れは減ったが、医療基金の募金箱は重たくなっていった。
お昼の休憩もそこそこに治療が続けられる中で、少しだけ問題が起きた。
他国の患者、それを治療する事までは許可されていない。
あくまでも国連が許可したのはフィンランド国民に対してのみ、他国の人間への治療は越権行為となる。
《申し訳ありませんが、今ご家族を治療すれば、貴方の後ろに居る全ての人への治療が停止されます。なので、それは出来ないんです》
『それでも、この子は苦しんで居るんです、どうか』
『アナタ』
《では、貴方の後ろに居る全ての人達へ説明し、理解して頂けたらまた来て下さい》
『そんな!そんな無茶な事を』
『落ち着いてアナタ』
《貴方が言っている事がそれだけの事だと、お分かりになりませんか?説明して周るのであれば、護衛に軍人を付けますが》
『クソ、どうして』
《貴方の国が断ると決めたのです、そしてそれを国連が採択した。ただそれだけです》
『だとしてもだ、慈悲位は』
帰化するとか、そう言った概念は無いらしい。
対価とはつまりこういう事なのだろう、故郷も家族も捨ててでも子供を治す気は無いと。
家族だからこそ、逆に自分の事や先の事まで考えてしまうんだろうか。
『私が、私が子供と帰化します。ですからどうか』
『お前、俺の家族はどうす』
《申請はアチラです》
縋る夫の手を振り払い、堂々と軍が設営した仮設の帰化審査室へと向かって行った。
神々しくて少し涙が出そうになった。
「母ちゃん、凄いな」
《良き御母堂の元、きっとお子も元気に育つだろう》
その御母堂は治療用の一時帰化申請では無く、本当に帰化したと聞いたのは夕方過ぎ。
治療出来ぬ程に弱っていたその子をエリクサーと魔石で回復させてから、今ようやっと治療している時だった。
「どうして、国を捨てられましたか」
『国が私達を捨てたので、捨てたまでです』
「お強いですね」
『もっと、もっと強くならねばいけないのです、この子の為に』
その事件以降は何事もなく、この街での治療を終えられた。
大使館に戻り漸く、治療行脚が終わった。
「お疲れ様でした」
《まだまだだ、これからイギリスも周らなくてはいけないからね》
「あ、マジか」
《ふふ、大丈夫。君の代わりは見付けて有る、もう君は自由だ》
「それは、大丈夫なんですか」
《何も代わりは1人じゃない。それに、安全に海外を周れるとあって、君の代役は人気なんだ。大丈夫、君が軌道に乗せてくれたお陰だ》
「それならやっぱり、着物を返さないと」
《同じ物を用意して有る、安心して着潰しておくれ》
「ありがとうございます」
《それと餞別の仙薬だ、君の方は作る間も無かったろう》
「貰い過ぎになりませんか」
《案内役に遂行役、そして無事に終わった祝いだ。また遠慮するなら、名目と品物を追加してしまうよ》
「勘弁して下さい、有り難く受け取らせて頂きます」
《うん、それじゃあまた顔を見せておくれね。何時でも日本へ来てくれて構わないから、その時は遊びに周ろう》
「はい」
頭を上げると既にスクナさんは居らず、大きな壺だけが残された。
緑色でツヤツヤの壺、木の蓋と木杓付き。
『凄い中身詰まってそう』
「ね」
「さ、お召し物を脱いで下さい。綺麗にして、しまっておきますから」
軽くシャワーを浴びて出ると、綺麗な桐の箱に全てがしまわれていた。
そして、コレも着物とセットだからと受け取らされた。
「賄賂だ」
「ふふふ」
「ふふ、この程度で買収されないで下さいね。日本にはまだ美味しい物が沢山あるんですから」
「食いしん坊と思われてますな」
「美味しい物は誰だって好きですよねぇ」
「えぇ、いつでもお待ちしています」
「はい、ありがとうございました」
やっと、家に帰れる。
《おかえり》
「ただいま、なんか、つかれた」
『私も、気が抜けたら何か疲れちゃった』
「何で居るの」
『だって、まだ話しが有るし』
「なんの」
『サウナ行こうよ、サウナ』
マティアスをリビングに置いたまま、サウナへ入る。
凄い嫌な予感がする。
「なに、早く言ってよ」
『慌てたり驚いたり、心配したりしないで欲しい。後々、色々起こるけど、全部計画通りで大丈夫だから』
「あー、もうなによ、くわしく」
『それは言えないんだけど、兎に角大丈夫だから、安心して』
「ワシを外したのはソレか」
『まぁ、流石にマティアスに怒られるかなって』
「爆破予告だな」
『え、何で分っ』
「マジか、適当だったのに」
『もー、本当に変に勘が良いんだから』
「分かった、詳しく聞かないが。出来るだけ喋れ」
『爆破予告があったから、そのまま爆破して貰う予定。それで残党が一掃出来る予定』
「イギリスでか」
『ココじゃ難しいからね、でも向こうは準備が整ってるから』
「それが安全に爆破されるってか」
『うん』
「ワシの方が良かったんじゃ無い?」
『マティアスに取り乱されたら困る、そうなったら説明だって難しいじゃない。前もって言えるワケでも無いし』
「レーヴィは」
『今日中には帰って来る筈』
「なら良かった。でも、身代わりになる人が心配だから、交代したい」
『それはダメ、本当に、信じて。君が加わらない事が、成功する条件なんだから』
「なんでよ、納得するまで帰さんぞ」
『終わったら全部言う』
「役に立てんのか」
『もし想定外の事が起こったら、それをフォローして欲しい。そうやって計画したから、君が入るとなると組み直さなきゃならなくなる。今からだと時間的にギリギリになり過ぎるから、変更はしたく無い』
「万が一用ね」
『うん』
「本当に安全?死傷者0?」
『うん、もし何かあっても、君に0にして貰うし』
「万能じゃ無いんだから、脳は無理だよ。多分、脳が損傷を負ったら治せる自信が無い」
『大丈夫、そうはならない予定だから』
全く安心できぬまま、夕飯も食わされずベッドへ入らされた。
「日本大使館員」《スクナさん》「大使館員のおばちゃん」《ミカちゃん》《ルミ先生》『マーリン』《マティアス》