94:仮想世界を体感しよう!
一途パート:遥と別れ、一途は二人組Vtuber「きりぱんずー」のもとへ……
昨日、映画から帰ったときの遥の表情が、なんとなく目に焼き付いて離れない。
あいつは、なにを訴えようとしていたんだろう......。まぁ、後で聞けばいいし、今はいろんな人と配信をやったりして遥とのコラボに向けて力をつけていくしかないな。
「ここが、きりんさんたちが指定したスタジオか......」
電車に揺られて約30分、駅から徒歩10分ほどで着いたこのスタジオは、これまで使っていたゆーらいぶのスタジオとは違いかなり広く感じる。
「予定より少し早く着いちまった」
一人、パソコンを広げて作業をしているとすぐに、スタジオに物静かそうな男性が一人現れた。
「あの、鯨鮫おるかさんですよね?」
男は、以前に6期生顔合わせの時にいたきりんとパンダの二人組『きりぱんずー」の一人、キリンだ。本名は今はわからないが、丸くて大きなメガネと、天然パーマが印象的だったので覚えている。
「桐山です、よろしくお願いします。あれ、後ろの人は......」
さらりと言っているせいでツッコミそびれたけど、本名『桐山』っていうのか......。
さらにすぐ後ろには、パステルカラーのパッチワーク柄がインパクトのある女性、半田紗々が大きなキャリーケースをゴロゴロと運び込んでいた。
「よすー。いっちゃん、おひさし」
「いっちゃん!?」
「これから仲良くすんだし、同期だし無礼講ってことでいい?」
まぁ、そうじゃないと変だしなぁ。でも、素の状態でもこんな感じなのか......。
それでも、女性にあだ名で呼ばれるのも悪くない気もする。
「そっちが言う? 別にいいけどさ。それで、今日はなにするの?」
そういうと、半田はキャリーケースを豪快に開ける。
彼女の眼のキラキラ感が余計に子供のような印象を受ける。
逆にキリンさんの方はそれを見守る父親か兄のようだった。
「これで、みんなで散歩!」
キャリーケースから手渡されていったのは、VRのゴーグルとコントローラーだった。
加えて、ファスナーのある上下一体型のSFスーツのようなものも床にドカドカと置いて行く。
「その、なんかロボットアニメに出てきそうなのは何?」
「このスーツで、Vを動かすんだ。もっとも、このゴーグルで映ってる範囲での話だけど」
そう言いながら半田は、私服の上からそのSFスーツを履いていく。ファスナーを止めるとスイッチが起動するのか、ところどころが光ってかっこいい。いやいや、そういうことじゃなくって......。
「なんかよくわからんが、要は『かがくのちからってすげー』ってこと?」
「難しいことは私もようわかんないから、そういうことね」
半田にスーツを手渡された桐山は、俺にそれをそのまま渡してきた。俺もこれを着ろってことだよな。
着てみるしかないな......。俺はそのスーツの袖と裾に腕を脚を通す。ファスナーを閉め、ゴーグルをつける。すると、そこにはスタジオとは別の空間が広がっていた。
「うわっ!! なんだこれ......」
「ようこそ、『メタワールド』の世界へ」
桐山、いや今はキリンというべきだろう。キリン柄のネクタイをした青年が、桐山の立ち位置そのままで動いて口を連動させている。半田も同様に、パンダのヘアピンをつけた少女として準備体操をしている。背の高さも実際の彼らと同じになっていて、より気味の悪さと同時に、なんともいえない高揚感が押し寄せる。バーチャルの世界がまるで、小説で読むような異世界にいる感覚に陥らせてくれる。
「にしても、ここはなに? 学校? 随分気味が悪い気がするけど」
そういうと、半田が元気な調子で企画の全容を紹介していく。
「気味が悪くて当然だよ。だってこれ、バーチャルお化け屋敷だもん」
バーチャルお化け屋敷?
よく見ると、学校の校舎の上にタイトルロゴらしきものが浮かんで見える。
タイトルは『学校のカイダン』......ドッ直球タイトルだな。
ということは、この目の前に広がる世界そのものがゲームってことなのか。
「ささ、前置きは置いておいて! さっさとやっちゃおう!」
ノリに乗ってはしゃぐ半田に比べ、キリンの方は少し顔が固い。もしかして、こういうの苦手なのか?
「キリンさん、もしかしてホラー系苦手な人?」
「だ、大丈夫で、すよ? デートだと思えば......」
「めっちゃ声上ずってるけど? てかデートでこんなとこ嫌でしょ」
雑談しているうちにすぐさま配信の準備が整っていた。でも、どんな風に見えているんだ?
俺にもわからん......。
『どうもー! ゆーらいぶ6期生のきりぱんずーの山茶花ぱんだです!』
『同じくキイドリアン・リ・ングライフォルツ、です。今回も、バーチャルお化け屋敷企画やっていくんですが、今日は助っ人としてもう一人、犠牲者......犠牲者じゃないか、ゲストをを呼んでます! どうぞ!』
見事な進行に飲まれつつ、俺は改めて『鯨鮫おるか』として自己紹介した。
その後、少しゲームの説明を受けた。どうやら、俺たちは学校の怪談を調査する「オカルト部」の部員として夜の学校に潜入するらしい。ありがちな内容だが、実際にこちらがゲームの中で体験するんだ。怖さが違うだろう。 息を呑み、学校の中へ進んでいく。
「懐中電灯が心許なさすぎなんだけど......」
明かりは俺たちのもつ懐中電灯のみ。あたりは暗く、ただ静けさだけが俺たちを冷たくあしらう。
ストーリーを進めるため、俺たちはまず音楽室へと移動した。音楽室は校舎の3階の階段を上がってすぐだ。中に入ると、一人でにピアノの鍵盤が動いて、怪しげで寂し気な曲調で有名な『ピアノソナタ 月光』が流れる。
「自動演奏じゃないの?」
「いやいや、おるかちゃん夢のないこと言わないでよ!」
突然、ピアノが怒りの感情をもったかのようにジャーンと鍵盤を叩きつけた。それにビビったのか、キリンの方から叫び声が聞こえる。
「ひいぇああ!」
「いや、まだ序の口のレベルだよ? こんなんで完走できるのかな......」
「いいねえ。ホラーっぽくなってきたよ?」
キリンとは対照的にぱんだの方は、ウキウキとした拍子で次々と教室をズカズカと入っていきストーリーを進めていく。さすがの俺もびっくり要素もあってヘトヘトだ。
「ぱんちゃん、ちょっと待ってあげなよ。大丈夫? キリンくん」
「だ、大丈夫......。早くクリアしよう」
最後に指定された場所は、2階の女子トイレだった。
おそらくこれは有名な「トイレの花子さん」だろう。
そう思って女子トイレに入ると、そこにはおじさんが立っていた。清掃員の人? いや、女子トイレなら女性が分担されてるだろ......。
「なんか、妙にリアルなNPCだね」
好奇心旺盛なぱんだちゃんが、彼を触るとすぐにその手を引っ込めた。
「うわっ! 本物っ!?」
おじさんが俺たちと目があった途端、ニチャリという音の似あう不気味な笑みを浮かべ始める。瞬間、ババババッと今ここにいる空間中にぎょろりと沢山の目が見開き始める......。俺の身体が、恐怖で身震いする。慌てて逃げる俺たち。だが、それを喜んでさきほどのおじさんが奇怪な走り方で、沢山の目を連れ添ってこちらを追いかける。
「ぎゃあああああ!!」
「これマジやばいやつ! やばいやばいやばい!!」
半狂乱になりながら全速力で逃げるキリン、そしてこれまでの調子とは打って変わって慌てるパンダのカオスぶりを見て、逆に俺は冷静さを取り戻していた。
「落ち着いて行動しよう! 多分出口にたどり着けさえすれば、あのおじさんだって近づけないはずだ!!」
彼女たちは目に少し涙をうかびながら、俺の言葉だけを頼りに出口である1階の非常口までたどり着く。
出口に手をかけると、すぐにエピローグが流れていく。終わったのだ......。
『今日は配信に来てくれてありがとー。3人でのデート楽しかったでーす』
いつもの調子に戻り、笑顔で手を振るパンダちゃんに少し尊敬した。
『デートって言うのかよくわかんないけど、お化け屋敷楽しかった! 二人ともありがとー』
俺は手を振るのが精いっぱいだ......。
『じゃあね。あと、僕たちのチャンネル登録とおるかちゃんもよろしくね』
キリンもいつもの調子でクールに手を振る。こいつ、ほんとは肝据わってるだろ......。
怒涛の配信コラボラッシュは一旦、彼らで波は収まる。これでようやく、時間ができる。
俺と、遥だけの時間が......。
「なにニヤついてんの?」
半田が視線に急に入って驚くと、彼女はクスクスと笑う。
「な、なに見てんだよ」
「別に? それでさ、これからお疲れ様も兼ねてどこかでお茶しない?」
「別に構わないけど......」
そう言うと、半田も桐山も少し嬉しそうにお互いを見合っていた。
初めての同期だから俺も嬉しいが、遥と二人きりの時間が作れるのはまだ時間がかかりそうだ。
遥は一途の状況なとつゆ知らず、悩みを膨らませる。
そしてその悩みは高知瑠衣へと吐き出されていく




