88:配信後の宴は何度やってもいい
一途パート:配信も終わったので一途、遥、瑠美、夢野そして瑠衣の5人は全員で食事へ向かうことに。Vtuberの宴がまた始まる。
配信も終わり、瑠美さんの提案でご飯に行くことになったのはいいけど......。やっぱりゆーらいぶの先輩後輩って中で俺だけ個人っていう構成って変じゃないかな。 うーん、まあいいか! ともかく、今日は考えるのはやめてみんなでご飯を食べよう。
「お疲れさまです! 今回はお集まりいただきありがとうございます!」
ファミレスの席で、俺たちはある程度の注文を終わらせてジュース片手に瑠美さんの言葉に耳を傾けていた。そこには、バイトの時のオドオドとしたしゃべり方ではなく幹事としての役割を全うする社員のような口ぶりだった。
「みなさんのおかげで、配信が楽しく事故なく終えることができました! 明日も配信とか各々あるかもしれませんが、今日はそういうのは忘れていっぱい食べましょう!」
「いえーい」
瑠美さんの隣に座った夢野さんは、子供のように両手を上げて喜んでいた。
そんなにお腹がすいていたのか?
「なんか、人が変わったみたいだな......」
隣にいた遥がぽつりと言い放った言葉に、確かにとうなずいた。
すると、遅れてやってきた瑠衣さんが顔を出しては瑠美さんの端隣に座った。
「演じてるだけですよ、姉さんは。そうでしょ?」
「げ、瑠衣」
「演じてるってどういう意味っす?」
瑠衣さんは先に静かに店員を呼び止め、すでに決めていたかのようにメニューも見ずに注文する。
そして一呼吸置いた後、瑠美さんに視線を送りながら語ってくれた。
「ジルの時は『ジル・デ・ジルコニア』という役を、バイトの時は『ひ弱そうな後輩』そして今は『頼れる幹事』......。20年以上見てきたけど、姉の憑依力は女優ものですよ」
「い、いやわざとやってるわけじゃないじゃん......。ていうか、生まれてすぐからそんなんじゃないし。これは高校時代やってた演劇部の時の名残だよ。そのせいで時々自分がわからなくなる」
「知ってる、だから私がいるんでしょ?」
瑠衣さんの言葉と同時に俺たち4人の注文が届き始めた。瑠美さんは、自分の頼んだピザを先に瑠衣さんに分け与えていた。こうやって、二人は互いに支えあいながら活動を続けてきたんだろうな。
「ず! 一途!」
「お?」
「『お?』じゃねえよ。ほら、お前の好きなチーズインハンバーグだぞ」
「おお、すまねえ」
遥から皿を預かり、自分の目の前に置く。久しぶりのファミレスだからな、こういうときくらい好きなもん食べて栄養付けないとな。じゅるりと目の前の料理にくいついていると、遥が自分の顔の方にぐいと俺をむかせてきた。
「見惚れてたでしょ」
「そら、久しぶりのごちそうだもの! 目で味わい、口で味わなくては」
「そうじゃない。瑠美さんの方」
「そうか? 普通に話してただけだが? ていうか、瑠衣さんとは話さなくていいのか? 彼女、お前のファンだって言ってたじゃん」
そういうと、瑠衣さんの方が遥を見るも、すぐに目線をそらし顔を曇らせた。
「君とは違って、推しと話せる気がしない。話してどうなりたいとかはなくて、ただ自分が思い続ければいいというか......」
遥は俺の顔を引き離し、机に両膝をついてその両手に顔をのせた。その顔はエルちゃんそのものでもあり、愛らしいものでも見ているようでもあった。
「ふーん、こいつと違って案外奥手なんですね」
「こいつと違ってってなんだよ」
「一途くんはお口ハンバーグ食べてまちょうね」
遥は赤ちゃん言葉になりながら、俺のハンバーグを勝手に切り分けて俺の口の中に入れ込む。
はふはふっ アツッ!! チーズが下唇に少しあたって熱いし、口の中も火傷しそうだっ!
まだ少し、はふりながらもハンバーグを味わっていると瑠衣さんが口を開いた。
「奥手というわけでは......。単に、自分の推しは推しのままでいてほしいんです。話したり、中を知ってしまって、また冷めるのが嫌なんです......」
「また? それってどういう」
遥が問い詰めるも瑠衣さんは、もう二度と口を開くことのないようにご飯をたくさん食べ始めた。
なにか彼女は、俺とは違う考え方をしているように感じる。だけど、ここまでのことを聞いて俺は彼女に妙な親近感を覚えていた。エルちゃんが好きということではない。それだけじゃない漠然とした何かが、俺と彼女の中に共通しているものを感じつつもわからないままじっとハンバーグを見守っていた。
「......。一途、手止まってるよ? もしかして、またアーンしてほしいの?」
遥は俺を心配してか、顔の前で手を振って見せてきた。俺は若干夢見心地で答えた。
「え、あ、はい! って、あれエルちゃんの声が聞こえたような」
「ボケとんのか? はい、アーン」
遥は人目も気にせず、俺にハンバーグの切れ端をスプーンで渡してくる。俺は首を振るもスプーンは永遠に唇に引っ付いたままだ。
「イヤイヤ期なんでちゅか? おめえの好きなハンバーグを食らいなぁ!!」
「うわあぁ おぐ......」
二人の光景を見ても何も気にせずにマイペースにパフェの写真を撮る夢野と瑠美。
そして、明後日の方向を見てたそがれる瑠衣さん。なんだこれ、地獄か?
「ふあああ、お腹いっぱいじゃ! ごちそうさま瑠美ちゃま」
夢野が片手で挨拶するも瑠美は、夢野の手を放さない。
「お会計は、みんな別々ね? お金持ってきてないって言わないよね?」
「ふえええ......」
夢野は泣き顔になりながらも、少し高そうな長財布を取り出した。お、おう......やっぱVtuber兼歌い手は違うということかしら......。俺も遥もそれぞれ財布を取り出して自分の分を支払ってファミレスを出た。今日はここで現地解散となった。遥もよるところがあるらしく、一人であの団地へと戻った。
「あれ、家の前に誰かいる?」
明らかに俺の家の玄関の前に女の人が立っている。その人は、玄関前の廊下に建てられた柵にもたれかかってタバコをふかしていた。そして、俺を見つけるなり驚きつつも俺の方に手を振っている......?
「俺?」
周りを見ながら、ゆっくりと自分を指さすと彼女は頷き、手招きしていた。
階段を上がっていくと、そこには遥のマネージャーである門田なつきが立っていた。
彼女は目の前の俺に会釈した後、手に持っていたタバコを胸ポケットから取り出した携帯灰皿に落とした。
「お疲れ様ですぅ」
「どうも。遥のマネージャーさんが、俺の部屋に用が? 遥は、ここじゃなくて今外で買い物を......」
「いえいえ......。今日は、あなたをお迎えにきたんですよぉ? 鯨鮫おるかさん」
そういうと、彼女はズボンから名刺入れを取り出して名刺を俺に渡してきた。
そこには、『株式会社ゆーらいぶ Vtuber事業部 エグゼクティブマネージャー』と書かれていた。
「え、てことは......。俺も今日から所属Vtuberということです?」
「いや、それはないです。なったら嬉しいという意味を込めて名刺をお渡ししましたぁ。近々、6期生の面接がありますのでご都合とか、覚悟とか決まり次第私にご連絡ください。人事に言っておくのでぇ」
まぁ、そこまで都合のいい話はないかと肩を落とすも俺の配信をどうやら門田さんも見ていてしっかり評価してくれているという点に驚きと感動を覚えた。
「俺、面接受けてみます! やれることなら何でもやってみたい。それに、遥の前で堂々とできる男でありたい! もっと振り向いてもらえるような人間になりたいです!」
「ふふふ、独占欲ですねぇ......。わかりましたぁ。必要資料などはホームページにもあるのでそちらを参考にして応募してくださいねぇ」
そう言うと、門田さんは深めにお辞儀した後俺の前を通り過ぎていった。その時、少し計画通りというような嫌な笑みを浮かべていた。遥もこの人の上で転がされてるってことか......。それでもいい。やってやる! これでようやく遥と肩を並べても違和感のない男になれる。
俺は、ぎゅっと手を握りしめた。
それぞれ帰路についたころ、遥は少し思い悩んでいた。
自分は一途や瑠美という化け物を目の前に何を売りに活動していけばいいのかと。そんな彼は、買い物帰りにあるものを見つけるのだった。




