75:登録者100万人Vとコラボすることになってるのだが?
遥は一途の頑張りなどつゆ知らずに今日も配信を始める。
今回は雑談とともに、カードゲームの配信を始めるのだった。
だがそこに乱入してきたのは意外な人物だった。
一途とは最近学校であったきり、遊ばなくなったな。オレから誘ってやってるのに妙にそっけなくてよそよそしい。他に女ができたとも思えないし、あいつなにコソコソしてんだ?
座椅子の背もたれを使って伸びをしながら家の天井を見上げる。
「しばらくは配信に力いれるかぁ。後輩できてうれしいけど、うかうかしてられんしな」
「よし」と心の中で意気込んでパソコンに向かって今日の配信の準備を整えていると、みやげちゃんからDMが届いた。 急に何の用だろ......。
『なんかすごい新人現れたよ! 知ってる?』
という文言とともに張られていたのはUtubeのURLリンクだった。
またVtuberの新人? なつきさんが話題にしてないってことは個人勢か?
さすがに見ないというのも忍びないので、おそるおそるそのURLをクリックする。
「誰じゃこれ。『鯨鮫おるか』?」
サメのような背びれと歯がついた帽子をかぶった少女がそこにはいた。
全体的に海の生物を思わせるような服装を着た少女は、体を揺らしながら自分をVtuberとして生んだ母親とチャット欄と会話している。
「ボイチェン使ってるんだろうけど意外と自然に聞こえるなぁ。オレのときも高性能なのあったら裏声とか使わないで済んだのになぁ」
すると、最後に彼女の中の人の母親に当たる人物の声が聞こえてくる。
『これからもむすk、娘をよろしくお願いしまーす』
可愛らしくも効きなじみのある声が画面から聞こえてきた。ん? でもどこで聞いたんだ?
「なんだか雰囲気が一途に似てなくもないような……」
一途といえば、家に一回遊びに行った時に会った母親もだいぶ濃いキャラしてたなぁ。
「ん? もしかして、一途の母親か? まさかぁ?」
誰かに見られてるわけでもないのに、大袈裟に首をブンブンと横に振ってパソコンから配信ソフトを立ち上げる。
「雑談しながらできそうなゲームでもやるか」
そういや前にやったデュエルドラゴンズのデジタル版、あれなら話しながらでもできそうだな。
パソコンのデスクトップから以前にダウンロードしたゲームのアプリを起動しつつUtubeの配信画面の準備にはいる。サムネは前の雑談の時に使ったカワイイ猫耳エルちゃんで大丈夫だろう。
【こっぺパン】:『初見でーす』
【下ネタヘイヘイ】:『お、やってるやってるー』
【マックス銀河】:『おはえるー』
【ジンジャーエール飲みたい】:『おはえるでーす』
「おはえるー! ゆーらいぶ4期生、バーチャルJK Vチューバー 神野エルでーす。今日は、おしゃべりしながらゆっくり、『デュエルドラゴンズ ‐デジタル・リンク‐』を遊んでいきたいでーす。会話デッキも2,3個用意してきたよ」
そういえば、前にこのゲーム配信やった時ジルがコメントしてくれてたっけ? あの時は登録者100万人になるとは思わんかったからなぁ……。 それもあるし、会話デッキの1つ目はこれにするか。
「まずは、ダイヤモンドダストドラゴンデッキでフリー対戦! 会話デッキは、『ゆーらいぶの後輩について』です!
対戦相手が決まり、対戦画面が見えてきた。相手の名前は……
【お子様レンチ】「ジルじゃん」
【ジンジャー・エール飲みたい】「ジル・デ・ジルコニア!? 本物かァ〜?」
【豆ジスト】「モノホンだぞ。我が領主はその名前でプレイしてたぞ」
「おいおい、まじか。いきなり、知ってる人と当たってしまった。しかも今話そうとしてたんよ。ジルのこと」
もちよったデッキからランダムに4枚が手札に加わり会話とゲームが始まる。
彼女のことはよくわからないが、彼女はガチのプレイヤーだってことは知っている。緊張が額を走る。
「そうそう、それで後輩ちゃんの話になるんだけど......。ジルちゃんの追い上げがすごいよね。今、登録者120万くらい行ってんじゃない? 他のミーアちゃんとかむうまちゃんも負けず劣らずで人気になっていって、私ももっと頑張らないとなぁって思ったよ」
カードをデッキからドローして、手札からモンスターを召喚したり、呪文を唱える。ただそれだけのはずなのに心が締め付けられるような感じがする。ジルの方も負けじとドラゴンのイラストのカードをどんどん展開していく。
【ジンジャー・エール飲みたい】「エルたんはえるたんだし、がんばりすぎなくていいよ。後輩たたちがバケモンぞろいなだけじゃない?」
【下ネタヘイヘイ】「下ネタのないエルちゃんなど、エルちゃんにあらずですぞ。もっと、はっちゃけていこうぜ!」
【お子様レンチ】「おお、エルちゃんもやるねえ。ダイヤモンドドラゴンを1ターンで進化させてダイダスにしてるじゃん。でも相手が悪いなあ」
【豆ジスト】「どっちも応援する! がんばれー!」
皆、私のことを見てくれている。そうだ。私は私だ。神野エルだし、霜野遥だ。後輩の進行がうまかろうが、登録者が上だろうが関係ない。今、楽しんでいる人たちのことを大切にする。それを忘れたらだめだ。もっと、みんなと楽しみたい。
「おおし! このまま一気にツッコめ!! ダイヤモンドダスト・ドラゴン! いやぁ、このデザインかっこよくて勃つわぁ」
【尻掘ると】「う、ううっ......!!」
【下ネタヘイヘイ】「ああ、そっちのケはないのですがねえ......。ちょっと沼に堕ちそうですねぇこれは」
【801801】「おお? ここか? 桃源郷は」
【Jill-d-jilconia@Ulive】「対ありです! 少し時間があるので声だけですが、自分コラボいいっすか?」
【豆ジスト】「おお! 領主!」
【下ネタヘイヘイ】「これは意外な展開だ!」
【ワクワクちん】「わくわく!」
「おえあ!? ジルちゃん? いえ、全然大丈夫です!」
会話デッキもそんなに回してないのに......。でも、これなら二人で話せるかも
彼女が配信に入ってきて、声が乗っかった途端コメント数が見たことのない数になっていた。
「パレスコープ王国-ジルコニア領 領主、ジル・デ・ジルコニアだ。今日はお手柔らかに頼むよ。先輩」
「こちらこそ、お手柔らかにですよ。 ゲームと一緒に会話デッキ組んでたんですけど、せっかくなんで『デュエルドラゴンズの思い出』語りませんか?」
「いいね! 私は兄様の影響なんだ。元々負けず嫌いってのもあって、そこからずっとハマってるな」
ジルさんにはお兄さんがいるんだ。いいなあ。オレも兄とか弟とか欲しかったなぁ。実際は姉だけど。
「お兄さんかあ。私は普通にアニメで見てハマった口だなぁ。ちょうど第3シリーズが始まったタイミングで」
話せる人がいると、会話が弾む。コメントを読んでそれに対して返すよりもコンマ0秒で返ってくる楽しさがある。それがV同士で絡む楽しさでもある。だが、忘れてはいけないのは目の前にいるのは一途のように気心の知れた友ではない。仲間であり、ライバルなのだ。
「じゃあ、僕も第3シリーズのデッキで挑もうかな。スターライト・マジシャンで挑もうかな」
勝負は続く。会話も弾む。ゲームという画面越しに私たちはつながっている。
でも私たちは、打ち解けあいながらも、自分たちの心の炎を絶えず燃やし続けているんだ。
図らずともジル・デ・ジルコニアと配信することになった遥。
SNSのトレンドには神野エルとジルの名前が上位に挙がっていた。そんなことも知らずに彼は一途とともに今日も大学生活を平穏にやっていくのだ。




