71:月とよっぱらい
一途は家から飛んできたものの、状況はカオスだった。
眠りこける一途、そしてそれを介抱する謎の女性二人。
絵面の理解の出来なさに困惑しながらも二人に話を聞くのであった。
夜も更けてきたのに、電話がなった。ライン電話? しかも、遥からだ。遥は顔に似合わず古風で、いつもなら携帯電話でかけてきそうなものを......。にしても、一体何の用だ?
俺は、スマホの緑の通話ボタンに手を伸ばしてあいつの声を聴く。
「もしもし、遥? なんだよ、急に」
「あ、もしもし? 私、夢野舞華です。覚えてますか? 大学で会った、1年生ですけど」
電話口は女性だった。しかも、夢野舞華と言っている。彼女は確か、大学のはじめの方に出会った有名人の子だったっけ? でも、どうして彼女が? もしかして、さっきの配信後の打ち上げとか?
「昼にあった、遥の後輩?の子だったよね? 遥に何かあったの?」
「ありまくりなんだけどさぁ。一旦、来てもらえます? 駅前のシャンゼリアです! なるはやで!」
電話越しでも分かるような焦りようで、まわりも少しざわついているように感じた。誰かと一緒にいるんだろうが、もしやシスターミィアや冥土みやげも一緒なんだろうか。
「うぇ? なんだかわからんが、わかった。行くわ」
わけもわからず、一方的に電話を切られてしまった。俺は、なんとなくで仕立てた服装に着替えて夜道を自転車で颯爽と駆け抜けていく。駅前なんて自転車で行けば10分もかからない。駅の方へ近づくと周りがどんどん明るくなっていく。少し、目を細めながら自転車を止めて、もっとも賑わいと照明の似合うレストランへ入った。
「あ、いたいた! せんぱーい!」
手を振ってくる女性は、俺にとって一生は縁のなさそうな顔つきをしている。だが、その子のことを俺は知っているということに不思議な感覚を覚えながら夢野に連れられて彼女らのいる席に座る。
「で、どったの。こいつ」
見ると、そこには気持ちよさそうに顔を紅潮させて眠りこけている遥がいた。ううーん、無防備。
ふと、疑問が湧く。これ、もしかして酔ってるのか?
「誰か、こいつに酒飲ませました?」
「いやいや! 私が勝手に飲んでただけだし! 私だって大人だからこの子に1mmも上げてないわよ」
そういいながら、グラスのワインをグイッと飲み干す女性は熱いといいながら手で顔を仰いでいた。
この女性はどこかで見たことがある。きっと、遥の家に張り込みをしてた時に家から出てきた女性だ。
「ってことは、料理になにか入っていたとかは、なさそうだな」
彼女らが囲むテーブルにはワインの入った料理はなさそうだ。どれも王道のパスタやピザばかりで少しおいしそうだ。いやいや、今は食べ物のことはいいんだ。問題はいまはこの眠りこけてる大馬鹿野郎をどうするかだ。
「あんたさぁ、それでこの子のなに? この子があんたのこと嬉しそうに話してたけど」
「この人がハルちゃんの......なんてないよねー。と思ったんですけど、意外とアリ? だったりして」
「いや、二人して何の話すか? で、こいつどうしたらいいですか? 家まで送ったらいいんですか?」
そういって遥が座っている方に座り、こいつのぶらんと垂れ下がった腕をこちらの肩に回させて運び出そうとすると、舞華さんが一度止めようとする。
「ちょちょちょ! ちょっと待って! これだけ、これだけ教えて! 二人はどういう関係? 推しなの? 友達なの?」
「どちらかである必要ってあります? たまたま推しが友達だった。友達が推しになった、それだけですよ」
俺はありのままを言った。これまでの俺なら友達と答えていたかもしれない。だけど、もう照れないし隠す気はない。こいつは俺の推しなんだ。今はそれでいいんだ。俺はソファのように心地いいレストランの客席から立ち上がり、ぐったりとした遥を連れ添っていく。
「あんた、見た目に反して漢気あるわね。ちょっと見直したわ。その子が惚れ込むだけあると思うわ」
「ありがとうございます? 知らない人から褒められるのって少しくすぐったいですけど」
「私、鬼灯ミア。君たちよりかは人生先輩だけど、Vtuberとしてはその子の後輩になるわ。あなた、名前は?」
「小田倉、一途。じゃあ、俺たちはこれで失礼します。今日の失態は俺からもキツく言っておくので」
俺は二人を残し、シャンゼリアを出た。外はもう暗がりに満ちていた。相変わらず星は見えないが、すぐ目の前に大きく丸く光るものが俺たちを見つめていた。
「月......。今日は満月か。おーい、遥くーん! 月だぞぉ」
俺の自転車のサドルに乗りながらもまるで起きようとしない。彼が落ちないように片手だけ手を握りながら自転車を押していく。
「......。もう、うるさいにゃー」
「あ、起きやがったな」
「うへへ、一途がいるー」
「いますよー。当然でしょうが、だってお前が眠りこけやがったから迎えにきてやったんだろうが」
少し、彼はまだ寝ぼけているのかフワフワとした会話が続く。月は俺たちの動向を見つめてくる。
光は住宅街になるほど薄暗くなっていき、街灯と月明りだけが道しるべだ。
「迎えにきてくれたんだね。うれしい~。 あー、お月様 見られてるね」
遥は、寝ぼけながらも意地悪な笑みを浮かべる。月が見ているなんて考えるのは人の感性くらいだろう。そう思った矢先、俺の口元に重みを感じた。周りに誰もいない......。
「誰かに見られてる中って、恥ずかしいね」
「月しか出てねえだろ」
「だからだよ」
ただ、月だけが俺たちを捉えていた。
俺は、何事もなかったかのように装い月を一瞥して自転車を押した。
月だけが彼らの言葉のない愛を知っている。
......さて、一夜明けて一途は何事もなかったように自身の初配信に向けて作業していくのであった。
だが、彼はまだ知らない。彼の元に台風のような人物が来ていることを!
次回「襲来、母」




