67:Vtuber アッセンブル!
遥は夢野舞華と出会ったことにより活動の範囲が増えた。
他のVtuberと一つのスタジオを利用して配信することも一つだ。
一途がVtuberになると啖呵を切って帰っていったけど、あいつほんとになるつもりか?
それならそれでちょっと面白くなるかもな。まあいいや。
配信の準備をしていると、舞華から連絡が来た。
『スタジオの準備整ったみたいなんで行きましょう』
そう、今日は待ちに待った複数人コラボだ。私と、むうまである夢野舞華、そしてシスターミィア。同期はよくコラボしてくれる冥土みやげちゃんだ。舞華は当たり前だが、ミィアさんの方は舞華の紹介で以前に出会ったことがある。多分一途が見かけたあの人。タバコを美しく吸い、そして生きづらい社会に吐き捨てるようにもくもくと煙を立てる大人の女性だった。名前も名乗らず、にっこりと微笑み握手をして去っていった。
「残るは、みやげちゃんか......。彼女、オレのことどう思ってるのかな」
少し、不安を覚えながらも舞華から受け取った地図を頼りに向かっていく。 最近初めてのことばかりのことが多くなって胸が高まり続けている。歩くのが久しぶりで心臓がいつも以上に速いだけかもしれないけど......。速く、一途と一緒にこの道を歩きたいな。
コラボするスタジオは私たちの所属する事務所に近い撮影スタジオだ。私はその小さなスタジオのエレベーターに乗ると、走ってくる女の子を見た。舞華でも、ミィアでもないとすると、みやげちゃんだ。
「す、すいません!」
その子はピンク系の長そでシャツに黒のスカート、黒のハイヒール。おまけにピアスと黒めのメイクといういわゆる地雷系っぽい見た目をしていた。
「いえ、オレも乗ったばかりなんで......。あの、もしかしてみやげちゃん?」
「え? まあそうなんですけど、あまり大声で言わないでくださいよ! 最近、エルちゃんのことで私たちの素性を知ろうとする人たちが増えたんですから」
「ごめん。勝手なことして......」
そういうと、彼女はぽかんとしていた。そして、オレをまじまじと眺めエレベーターの端まで遠ざかって驚きの表情を見せた。
「もももももも、もしかしてエルちゃん!?」
「うん、驚かせてごめん。それに、みんなの迷惑も考えずに公表して騒ぎにしてごめん」
そういうと、彼女は少しうつむいた。やっぱり、オレ嫌われちゃったかな......。
「......。別に、怒ってません。私も少し違和感があったので納得している反面、同期で戦友だと思っていた子に裏切られた感覚で複雑です」
「そうだよね。ごめ」
「もう、謝らないで下さい。私、これ以上あなたのこと嫌いになりたくないので......。これからも仕事仲間として、よろしくお願いします」
どこか割り切れていないような声で、きっぱりとオレとの距離を置かれてしまった。これは、当分の関係修復は難しそうだ。雰囲気の悪さを察知したエレベーターのドアが申し訳なさそうに開き始めた。
すると、そこにはもう2人の女性がトラッキングスーツを着て待っていた。今回は3Dでの配信だからな。
すると、髪が長く、ウェーブのかかった女性がみやげちゃんに握手を求めた。
「君が、みやげちゃんだね。私はミア。鬼灯ミア。シスターミィアとして活動してるわ。そっちは、まあ言わなくてもわかるか」
「ちょっとミア! まいかの説明テキトー! じゃあ私が説明するもん。夢野舞華です! むま・むうまとして活動してます! 二人はもうお互い自己紹介した感じ?」
オレは首を横に振った後、みやげちゃんの方を見た。彼女はきょとんとオレを見つめる。
そして、みやげちゃんは眉を顰めおでこをかいた後、深く頭を下げた。
「すいません。皆さんみたいにおおっぴろげに名前は公表したくないです......。なので、普通に活動名で呼んでください。みなさん、よろしくお願い致します」
オレたちみたいに素性を知ったうえで活動しているのが珍しいのかもしれない。こういう風にプライベートと切り分ける方がネットリテラシーとしても普通なんだ。でも、ちょっと寂しい部分もある。
「ほんとは、ジルも呼びたかったんだけどねぇ。彼女忙しいから」
ストレッチをしながらミアがため息をつく。同期なのにもうそんなに差が?
彼女が忙しいといっても、まだ後輩として活動してから数週間しか経っていないじゃないのか?
知らないのは、彼女の動向を確認していないオレが悪いんだけど。
「どういうことですか?」
「エルちゃん、知らないの? あの子、この2週間ちょっとで100万人になったらしいよ?」
眼を丸くしてグイと近づくみやげちゃんに少し驚く。彼女は、オレの困った表情に気付いたのかすぐさま離れていく......。 それにしても100万人? 嘘だろ?
「え? チャンネル登録者が? オレでも今やっと50万だぜ?」
チャンネル登録者数100万人というと、星の数ほどいるUtuberの中で一般人でも名前が知ってる人物が肩を並べ始めるラインだ。数か月、もしくは何年という歳月を経てたどり着く一等星の席を軽々と乗り込んできた。そのイメージがオレの中に走り出し、恐ろしくなった。
「いない人の話してもしょうがない! さて、女子会をはじめましょう! あ、男子いるんだった。ごめんね、ハルカ」
舞華がオレの肩をポンッと叩き、カメラの前に立たせる。スタジオにはオレ達以外にも少しだけスタッフがいる。そこには、オレのマネージャーでもあるなつきさんが居心地悪そうに座っている。
本番前になって緊張が走る中、一人の女性が見学に来た。事務所の人か? にしても、すらっとしていて美人だな。彼女を見るとミアは手を振った。
「おーい瑠美! 暇なら顔出さないか!?」
ルミ? というのは、彼女と知り合いなのか!? ということは、彼女がその100万人のVtuber「ジル・デ・ジルコニア」? そう思うとなんだかオーラが背後に見えてきた。 いやいや、気持ちで負けるな、オレ!
「ごめんなさい。またこれから別の人とコラボの予定なの。差しいれ、よかったらみんなで食べて! じゃあ、また誘ってね」
彼女は言いたいことだけ言ってスタジオを去った。なんだか、思っていたより優しそうな人だな。もっと、話しかけにくそうな人だと思った。
「気遣いできすぎて憎めないなぁ。もっとプロレスしてえのにヘイトが溜まんねえ」
「え? ミアさん?」
「ああ、ごめんごめん。ヤニ切れして口調が荒くなっちゃった♪ さ、みんなで今日は盛り上げるよ!!」
そういって、オレたちはようやく配信へと挑んだ。でも、この時オレは知らなかった。シスターミィア、そしてむま・むうまの本当の実力というものを......。
遥の配信が始まる。
その少し前、一途は不思議な体験?をすることになった。