65:カワイイ魔法をかけて
遥は突然の舞華とのコラボを承諾し、自宅で取ることにした。
いつもは対面での配信などしない彼は、「自分に対してメイクしてもらう」という配信の都合上仕方なく家を掃除するのだった。
一途たちを置いてオレは急ぎ足で家に向かった。オレの部屋に女子を呼ぶなんてなかったから、服なんて脱ぎっぱなしだし、食器も流しに置きっぱなしだ。 彼女が、夢野舞華が来る前に部屋を掃除しなくては!!
玄関をすぐさま開けて、靴を散らかして掃除機を取り出す。
「いや、まずは服をたたもう」
掃除機をフローリングにドンと置いて、まき散らされた服を取り込んで衣装ダンスに詰め込む。
服は、今のままでいいや。そしてすぐに掃除機に電源を入れる。轟音と共にホコリが吸い込まれていく。
意外と汚れは溜まっているものだ。だが、タイムリミットはもう目の前に迫っていた。
掃除機を止めた途端、インターホンが鳴る。準備がしたいからという理由だけで軽率に連絡先と住所を教えたオレがバカだ。見ると、さっき出会ったままの夢野舞華がそこに立っていた。
「ごめんもうちょっと待って!」
「はーい」
意外と素直な子で助かった。はじめは天下をとる目をしたやべー奴だと思ってたけど、根はいい子なのかもな。メイクのポイントめっちゃわかりやすかったし。
化粧道具を机に置いた後、オレは掃除機を直して食器を洗い始める。
「手伝いましょうか?」
隣から素直そうな声で夢野が問いかけてくる。優しい一面もあるんだな。
でも、客人に洗い物させるのも可哀想だし......。
「いや、大丈夫。 っておえ!? なんで?」
「開いてたよ。玄関」
「いやだからって入る?」
若い子って怖い! 何考えてるの?
待ってって言ったじゃん?
了承したじゃん?
でも、どうして中に入ってきょとんとしていられるの?
「中入って待っても変わらないでしょ。それに、そんな汚くても私、気にしませんし」
そうはいいつつも、玄関から覗き見るように体を上下左右に動かしていく。オレもそれに合わせてダンスを踊っているかのように上下左右に体を動かしながら洗い物を進める。
「あんまじろじろ見るな」
「ぶう」
むくれている彼女を無視して家事を続け、しばらくしてやっとのとこで終わった。
一息つく暇もなく、夢野を中に入れる。
「おじゃまー」
「されまー。いや、自分の配信環境で同時に取るの初めてだから緊張するわ」
「だって、二人が同じ空間にいる方がエモいじゃん? どんどんそういうの増やしてこーよ」
確かに隣にVtuberとして活動している人がいることで息遣いや空気感が伝わりやすくより尊さが増すだろう。でも、オレは関係者に対しても性別を公表していないことが多い。知っている人間というと、ジンさんとなつきさんだけ。もしかしたら雰囲気で「男の人かな」とわかっている人もいるかもしれないがそこは全員に任せている。
「うーん、そうなると性別がみんなにばれてしまうのがなぁ」
「いいじゃん、別にバ美肉とかでも。私らは気にしんし、配信見てるみんなだって、気にしてないよ。案外、ばらした方が人気になったりして......。だったら私の目標もっと高くなるから嫌だけど」
そういうもんなんだろうか。これまでずっと謎のままにしていたけど、それも別に武器でもないのだろうか。というか、みんな自分のことどう思っているのかちゃんと聞いたことない。
「そんなもんなのかなぁ?」
「そんなもんだよ! 私、もっとエル先輩がはっちゃけるとこみたい! その本気、超えてこそ天下無双のVtuber、むま様爆誕ッてわけ」
これは、でも転機なのかもしれない。いままで、がんばって女の子であることをアピールするがゆえに女の子を研究してきた。その過程で女装してきた。でも、いつの日かそれ自体が楽しくなって、新しい自分になれた気がして......。そう思う反面、みんなに嘘を見せてるような気もして......。正直でいることは必要ない。でも、もっとフランクに配信していきたい。そう感じていた。
「潮時かな......。もう、隠しっぱなしなのもあれだし」
そうして意を決して挑む配信。夢野舞華は魔法がかかったかのようにむうまの声へと変貌していく。いままで今時の女の子っぽい口調から、少し幼めの声へと変わった。歌い手だから声を自在に操れるのか、それとも彼女の天性の才能なのかわからない。オレも彼女から学ぶことは多いようだ。
『下界の人間ども、そしてエル先輩のとりまきども! よく聞け。我こそは、ばーちゃるサキュバスのむま、むうまである! 純血を捧げろ!」
【眷属:すらいおじさん】:「ささげお!」
【眷属:地井吸うタロウか】:「ささげおは!」
【下ネタヘイヘイ】:「おお! いらっしゃい! ところで ささげおとは?」
『それは、聞くな!! そういう挨拶なのだ! お前ら言うなよ?』
【ジンジャー・エール飲みたい】:「盛大なフリかな?」
【ケトルジャー】:「フリで草」
【眷属:メガネかいまん】:「初回配信で噛んだんやで。『純血を捧げろ!』を『純血をささげお!』っていったところから」
そういうと、隣にいた舞華もといむうまは少し顔を赤らめた。へえ、意外とかわいいとこあんじゃん。いいネタをもらったところでドンドンと話は盛り上がる。話はそれて、いよいよオレの話へ
「初めてこうやって同じ空間で配信撮ったけど、むうまちゃんどう?」
「めちゃくちゃ楽しいぞ! あと、エルお前! おなごじゃないのな!!!」
【下ネタヘイヘイ】:『そこに触れる人初めて出会ったわ』
【なつみかん】:『えええ!!!???』
【ジンジャー・エール飲みたい】:『しってたw 実際はなんとなく感じてただけだが』
リアクションはほぼ半々。驚きと既知の事実として受け入れてくれる人。やっぱり知ってて見てくれてたんだ。オレが気負いすぎてたのかな。
「ばれちゃあしょうがねえなあ。皆の衆、ごめんな。私、おとこなんだよね」
【眷属:すらいおじさん】:『あ、ふーん。(扉が開く音)』
【眷属:ウシ娘に脳を支配されたT】:『ここにステータス:【浮気性】を発生している住民を発見!』
【性癖デストロ嫌ー】:『男の娘......ってこと!? あ、なる ほどねぇ』
【おちんぎんランド】:『目を覚ませ! 僕らの性癖が何者かに侵略されてるぞ!』
【一途な一号】:『いいじゃんそれで定期』
色々、あったけど配信はなんとか終了した。舞華も帰り、がらんと鎮まった部屋の中アーカイブを見るとなぜかいつも以上に再生回数が伸びている。いいねもつきまくり。登録者数も爆速的に伸びていってしまっているんだが? SNSのトレンドも「神野エル 男」 みたいな感じになっててあーやっちまったな。とも思ったし、なんだかうれしかった。オレは少し浮かれた気分になりながら窓の外を眺めた。 都心の夜空には星は見えないけど、幸せな光と影がキラキラと輝いていた。
オレは深くうなずいた。重大発表とかよりもしれっという感じの方がいいかもしれない。
これまで考えたことのなかった自分の性別公表を、大それた発表や葬式のような雰囲気で語らないことが功を奏したのか爆速的にチャンネル登録者が伸びていく。一方彼のマネージャー、なつきは事務所でコーヒーを噴き出して一瞬倒れたとのちに語ったという。




