48:企業案件を受けよう!
突如として企業案件を受けることになった神野エルこと、霜野遥。
彼のアイドルへのロードは始まったばかりである。
オレが、企業案件......。胸を高鳴らせつつも冷静になつきさんの言葉を聞き逃さないようにメモを取っていく。相変わらず真面目な話になると間延びするような口調から仕事モードに切り替わってハキハキとした口調になるからテンポが狂う。
「ガリレオさんの案件ですが、商品説明はもちろんのこと、実際にゲームをやってもらう時間も設けております。その時は一旦ガリレオサーバーとその中にダウンロードされているゲームをするという形になります」
「もらえるわけではないんだ......」
「残念ながらそこまでの交渉はできませんでした。今回の目的はゲームをそこまでしていない人たち向けにゲーミングを使ってもらえるようにするということが企業側の考えなので......。廃ゲーマーはターゲットとしていないので、エルさんへの贈呈はないのでしょう......。多分ですけど」
「とにかくゲーミングパソコンを身近に感じてもらって買ってもらうようにするって感じですね? ゲームの内容は?」
「とりあえず、今流行りのEPEXにしているそうですけど、エルさんはこのゲームやりなれてるから問題ないですよね?」
「問題ないですけど、それゲーマー初心者が手ぇ出しますかね」
EPEXというと初めのサービス開始時は多くのユーザーが(当たり前だけど)初心者が多かったし、界隈も変な人は少なかった。最近ではFPSガチ勢が多く参加することが多くなり、初心者に対する敬意が薄れてきているイメージもある。自分の何度も頑張ってても高ランカーに粘着されて一位を逃したり、配信外だったけどボイチャで煽られたりした。
「うーん......。私も現環境のEPEXをして初心者が手を出すかと首をかしげてもう一本用意してもらったんですよ。まあゲーミングPCなのでパソコンでしかできないものを用意した方がいいのかなと」
「それで、なんのゲームですか?」
「ゴーストハンターです。あれなら、パソコン版のみですし、エルちゃんの叫びが聞けるのでよきかと」
「まじすか......。ホラゲーじゃないっすか」
ゴーストハンターと言ったら前にみやげちゃんとコラボ配信して以来、あまり触ってない。もとより触りたくないゲームだった。あの動画、実はアーカイブの中でも人気なんだよね......。クサいものに蓋するように見てこなかったし、なんならたまに配信で「ゴーストハンターから逃げるなw」というコメントもちらほら見える。
「一定上の需要があるのでぇ、有無をいわず強制執行ですぅ」
語尾を長くしても言い方が強いのは変わりない。
とてもじゃないがやりたくないが、初めての企業案件だからやるしかない。
「はぁい......」
「じゃあ、内容はゴーストハンターをするという方向性で進めますぅ。配信日ですが、ガリレオ社のクリスマス特価セールが12月17日からなんですがぁ、それくらいにしようと思っているのですがご都合いかがでしょうかぁ?」
「いやあ、一か月くらい先の話聞かれてもなあ......。今んところ大丈夫だけどさ」
「企業との折り合いもありますので来週すぐとか、明日さっさとやってくださいって感じじゃないのでぇ......。じゃあ、一度この線で進めていきますのでまた都合が悪くなったなどあれば最低でも12月10日までに連絡お願いします。これは本当に守ってください」
「わかってるって。なつきさん、それ以外は特に連絡はないの?」
「はい、株式会社YOULIVE!(うち)は基本企業案件以外はみなさんには自由に活動してもらうことが信条なので。先ほどの彼氏さんをゲストにしてゲームしてもらってもいいですよぉ」
はぁ、だから彼氏じゃないってのに......。なんで付き合ってる前提なんだよ。
「彼氏じゃないですし、付き合うつもりもないです。彼は友人で、神野エルのファンなんです」
「最近はドルオタのアイドルというキャラも流行りとして存在するので、彼は磨けば強くなると思うんですよねぇ。個性が」
「いや、特殊能力みたいに言わないでくださいよ! アニメじゃないんだから」
オレが少し笑いを取ろうとするも彼女はあまり表情を崩さないまま「ぷふぅ」と謎の言葉を発した。面白かったのか面白くなかったのか全くわからん。この人、真顔で「めちゃくちゃおなか抱えて笑いました」っていう人だからなあ......。
「今の、笑いですか? 煽ってる?」
「いえ、申し訳ないです。面白かったのでつい」
「いや、なんのフォローもなってないよ? せめて営業スマイルでもいいからニコッてしてくれる?」
そういうと彼女はギギギッと音が聞こえてきそうなぎこちない笑顔を披露した。オレは怖くなって彼女の顔を隠した。
「ごめんごめんごめん! オレが悪かったから顔戻してください。はぁ。とにかく、あいつをオレから誘うことなんてしないですよ。興味があるなら一緒にやってもいいかなとも思いますけどね」
「個性のある人は興味を示すとのめり込みますよ。あなたみたいにね。遥さんは個性は特殊能力じゃないといいましたが、私はそうは思いません。個性とは人間が初めてもった特殊能力だと思っています。個性のある人はこだわりを持っている。自分の伸ばす才を知っている。だから、私はあなたに声をかけたんです。個人のときから配信に来てくれたみんなを楽しませるというこだわりを持ち、男性特有の軽口とFPSスキルで人を魅了するあなたを」
熱弁するなつきさんはいつもより目がギラギラしていた。そういえばオレに事務所に入らないかと言ってきたときもこんな目つきをしてたような気がする。ジンさん経由だとはいえ、彼女の観察眼は侮ることはできない。
「ありがとう......。そういってもらえるだけでも配信している甲斐があるよ。いくらオレが天ッ才的にかわいくても配信では伝わらないからね。配信でかわいく振舞えてるか不安だったんだよね」
「全然大丈夫ですよぉ。スゥ......。久しぶりに仕事したので疲れましたぁ......。スゥ......ちょっと元気になりたいのでお色直ししてもらえます?」
「は?」
いや、結婚式かよ。
「いやねえ、私思うんですよぉ。天才的にかわいい美少年でもぉ、少し恥じらいをもって女装したときにしか得られない栄養素があるってぇ」
「どういう栄養なんですか。早く帰ってくださいよ」
「ああ、遥さんの男の娘姿みたら変える気力湧くのになぁああ! 湧くのになッ!?」
ああ、この人めんどくせえ......。めんどくさそうにオレが適当にあしらった服を何回も着こむと、その都度めちゃくちゃ適格でめんどくさいアドバイスが飛んできて、結局4回くらいお色直しをしたら満足して帰っていった。 まじであの人、台風みたいな人だな。
先見の明を持つマネージャー門田なつき。彼女もまた、彼らの関係をよくするため奮闘することになる。そんなことをせずとも二人の関係はゆっくりと変化していくだろう。




