29:俺とエルちゃんと2周年
神野エル配信1周年の雑談配信だ!
全員集合!
って、押崎さんが一途の家に!?
授業って言うのはどれもこれも退屈だ。窓の外を眺めても校舎が見えるくらい。午後の授業ということもあってか、めっちゃ眠たい。ノートにミミズが走り去っていく......。
チャイムが鳴るぎりぎりまで小舟をこいではノートに文字を写していった。韓国語は読めるようになったがそれがどんな意味かはわからない。
「ふわぁ......。やっと終わった」
「おつかれだね、一途くん」
「昨日のエルちゃんのウルトラマスオワールドクリアまで寝ない配信で徹夜だったからなあ......」
「遥くんも疲れてそうだね」
今朝におつかれのラインをしたが未だに反応がない。今日の配信2周年雑談配信に向けて色々準備しているのだろう。単に寝てるって言う可能性もあるけど......。どちらにせよ、遥はよくこんなこと続けてるなと思う。なろうとしたきっかけがどうであれ、学生の頃から始めるのは勇気がいっただろう。
「そういえば、あいつってなんでそこまでしてVtuberになりたかったんだろ」
「一途くんくらいのファンでも知らないこと、あるんだね」
「自己紹介でも『ジンさんに憧れて』ってだけで他の人と同じようなこと言ってたから本音なのか気になって......」
それほどVtuberの先祖、草分けと言っても過言ではないジンさんがすごいのか、あるいは遥がジンさんに対して特別な感情があるのか......。いや、なにを考えているんだ俺は!?
「質問箱に入れてみたら?」
雑談配信では、質問箱と言って匿名で誰でも遥に質問できるアプリで質問が寄せられる。エッチな内容だったり、プライベートなこと、その他NGなこと以外はだいたい受け付けてくれるけど、いまさらそんな『どうしてVtuberになりたいって思ったんですか』なんてマヌケな質問できない。いや、単にファン第一号のプライドのようなものが邪魔してるだけかもしれない。
「そんな初歩的な質問、中々読んでくれないかもよ?」
卑屈な笑顔で、押崎さんを見つめる。正直、直接聞いたらいい話だし......。
「そんなことないよ! 雑談なんだし、しかも特別なお祝いなんだよ!? 振り返りとかふくめて逆にそういう初歩的なのひろってくれるかもよ?」
確かに、1周年振り返るってなった時、そういう質問は拾われやすいかもな。もしかして押崎さんは天才か?
「なるほど、それは一理ある! さすが、押崎さん」
「へへん! そういえば、今日の配信一途くんちで一緒にみていい?」
「え、どういうこと?」
「そのままの意味だよ? 一緒に見ようよ」
バラバラに見ようが一緒に見ようがどちらも配信を見るという意味では変わらないけど、押崎さんと二人きりなんて集中して見れないよ......。
「い、いやぁ」
「前に約束したじゃん! もしかして部屋が汚いとか?」
「そんなことないよ!」
「じゃ、決定!」
4限の韓国語の授業が終わり、エルちゃんのSNSに固定された今日読む質問箱に文字を打ち終わると、彼女の強引な手に引っ張られ、あっという間に自分の部屋についてしまった。
彼女の部屋に言ったのは覚えている。その時、友達として俺んちに遊びに行くとも言っていたがそれが現実になるなんて思ってもみなかった。洗濯物はいつも入れている場所に戻しているから大丈夫。エルちゃんのグッズは多少あるけど、それも押崎さんだから大丈夫......。
「意外と殺風景な部屋だね。もっと男の子!みたいな感じだと思ってたけど。じゃ、パソコンつけて」
俺にどういうイメージを持っていたのかは知らないけど、悪い印象を受けていないのは確かだった。内心ホッと肩をなでおろしてノートパソコンの電源をつける。配信する17時まであと20分......。
ブラウザを起動し、マウスを震わせてUtubeを開く。
「緊張してる?」
「そら、ねえ......。女子なんて呼ぶの初めてだし、あいつに質問読まれるのかなっていうのもあるし」
Utubeにログインしてエルちゃんもとい、遥のチャンネルの配信待機画面に移動する。心臓の鼓動が大きくなる。押崎さんの顔が近づいてくるし、準備中のエルちゃんの声も聞こえてくるしで汗が吹き出しそうになる。
「ま、読んでくれなかったら読んでくれなかったでスパチャがあるし!」
「それもそっか」
『よし、行けそうだね。じゃあ、うちが配信を始めてから1周年記念の雑談しよっかなって思います!』
エルちゃんは一番最初の衣装である紺のブレザーを着て俺たちの前に現れてきた。懐かしい。今では魔改造してお腹がチラッと見える学生服にネコの帽子という感じなのだが、この清楚感もまたエルちゃんの魅力だったと思うと感慨深い。
しばらくおめでとうというコメントや祝福を込めた拍手の「8」がコメント欄を占領していた。中には彼女が所属している「ゆーらいぶ」の同期や先輩までコメントを書いて盛り上がったりもした。コメント返しをした後は質問箱のコーナーだ。寄せられた質問に対して彼女がスラスラと答えていく。エルちゃんとしても遥としても意外な一面もあったり、遥らしい答えも少しあった。それでもやっぱり神野エルとしての回答を用意している感じはする。
『いっぱい、質問ありがとうね! じゃあ次だね。「改めて聞くけど、どうしてVtuberになりたいって思ったの?」この質問、意外と多かったんだよねえ』
押崎さんの予想通り彼女がVtuberとして活動を始めたきっかけはみんな知りたがっていたようだ。俺も聞きたかったあいつがVとして活動したきっかけ。
『改めて思い返すと、やっぱりジンさんの影響が大きいかな。はじめてVtuberとして活動した人だし、うちもEPEX個人で遊んでた時は参考にしてた。そのうちに「自分もあんなふうにいろんな人と交流しながらゲームしたい!」「みんなと楽しい時間を共有したい!」ってなったんだよね。だって楽しそうなんだもん』
誰かとなにかを共有して楽しみたい。この感覚は俺たちもわかる。だれでもいろんなことが言える世の中になって、共有したいという感情はみんな同じなのかもしれない。俺もあいつと一緒に配信してみたいな......。なんてな。俺は推しを画面の中で見るのが一番いいんだ、よな?
次回、噂のジンさんが三度登場!
なんと一途と遥の前に登場する!?




