21:コミケ当日!
一途たちにとって晴れ晴れしいコミケ当日がやってきた!!
それでもやっぱりトラブルが!?
夏、満員電車に揺られた後、だんだんと戦場へ向かう面構えをした者たちが増えていく。
戦場はビッグサイト。男女分け隔てなく推しのピンバッジや人形を自分のキャリーバッグや普通のバッグにつけている。
「いやぁやっときたなぁ。ハル」
「うんそうだね。俺たちの聖地、東京ビッグサイト」
俺と遥は大きな建物を見上げる。近未来的な逆ピラミッド形をスマホに収める。
今日がいわゆるコミケ本番という奴だ。同人誌やグッズ販売する人間はすでに俺たちよりも早くに来て準備をしている。俺たちのようなコスプレイヤーは開場するまで待機になるだろう。
「二人とも、お待たせしました!」
押崎さんの声が聞こえた。少し遅れると連絡があって緊張したけどどうやら無事にこれたようだ。後ろを振り向くとイケメンの陽キャみたいな人間がいた。彼が俺たちに可愛く手を振っているような気がする。恰好は男子的なのに動きや叫ぶ声が一致しない。
「え!? もしかして押崎さん?」
「うん、二人はトイレでお着換え? 多分満杯になるかもよ?」
彼女のカラコンやら王子様のような美麗な衣装は青く輝いている。俺のジンの方が地味なくらいだ。確かにコミケのトイレは混むと話では聞いたことがあるがそんなにやばいのか。
しばらく持参した大して好きでもないスポーツドリンクをちょっぴり口に含みながらアスファルトに照り返す太陽と我慢大会をしていると人の流入が始まった。
「しれっと始まるんだな」
「別に運動会じゃないし、よーいスタートなんてなくても始められるよ。ていうか俺たちは着替えあるんだから早く行こうぜ、一途」
ハルに小突かれて慌てて長蛇の列へと走り出す。他の人たちも続々とトイレ、もとい更衣室に流れ込む。トイレの列は異常なほどだった。そして男トイレから女性がでてきたり女性トイレから男性が出てくるという怪奇現象がよく起きる。まあ女装、男装してるから当たり前と言ったら当たり前か。
「やっぱりウマドルのキャラのコスプレ多いな」
「人気だもんね。でもちょこちょこVの格好してる子もいるね。あ! 俺の初期衣装! めっちゃかわいい、後で一緒に写真撮ってもらお」
「おい、ハル。そんな大声で『俺の』とかいうなよ! 心臓に悪いだろ」
ハルの神経の図太さというか、心臓に毛の生えた行動は本当に恐ろしい。平気で女装するし、女装姿を見せてもへこたれない精神は尊敬に値する。それでも自分の秘密はもう少し守って欲しい。
トイレのドアが近づいてきた。やっと俺たちも着替えられる。トイレのドアを開けて個室を利用して持ってきたキャーリーバッグからビニールに入った衣装を取り出す。入学式のときに買ったスーツに袖を通すような新鮮感と高揚感。黒くて執事のような衣装のせいでよりイメージしやすいのかもしれない。胸あたりがゴワゴワとなった白シャツのボタンを留めて小物のついた黒い燕尾服に腕を通す。
押崎さんからもらった専用伊達眼鏡をかけたら以外にもすんなり着替えることができた。メイクに関しては押崎さんにやってもらわないといけないけど......。このまま出るのは恥ずかしいけど外に出ると腕組みをするゾンビのJKが立っていた。
「よ、一途。早くいこーぜ」
「うお、ハルか......。事前にコスプレチェックしておいてよかった。してなかったらまじ誰かわかんねえ」
「みやげちゃん以外に似合ってるよな俺。メイクも自分でやったんだぜ? ていうか、お前素なの?」
「いや、押崎さんにやってもらう予定だけど......」
「いやだめだ、女子と男子では根本的にメイクの仕方が違うから地だけでも俺がやるよ」
そういうと遥は自分のメイク道具を化粧台に置いてよくわからない丸いものをとりだした。そこから俺になにも言わずファンデーションっていうやつをポンポンと素早く乗せていく。
「あんま動くなよ。すぐ済むから」
「そう言われてもちょっとこっ恥ずかしいし、目のやりどころが」
ゾンビの怖い顔が目に映る。下を見てもきれいな足とちらりと見える可愛い下着に内心ドキッとする。遥は少し胸元を大きく開けていじらしく笑いかける。
「男だっての、バーカ」
ムッとした顔をすると彼は俺の手をつねってきた。メイクに集中しろといわんばかりの目線。ここはメイクの先輩に任せよう。しばらくするとメイク道具をしまい、俺の肩に手を置いた。
「よし、これで押崎さんと無事合流できれば第一関門突破だ。迷子になるんじゃねーぞ?一途」
「わかってるよ」
二人してトイレを後にして押崎さんと事前に待ち合わせるところへと向かっていく。人が多くてどこにいるかもわからない。ちゃんと遥もついてきているだろうか。正直コスプレイヤーや他の参加者が多くてどうにもならない。販売ベースのない入口付近、カメラマンに囲まれた男性。青い衣装の王子様はノリノリで被写体になっている。
「あ、ジンく......。じゃなかった一途くん来たね! ところで、遥くんは?」
押崎さんの言葉でハッとして、そのときはじめて気づいた。何度もなんども後ろを見ていたのに気づけなかった。気づけるわけがない。運頼みの人ごみで遥がすぐに人に流されるほどひ弱でしかも方向音痴だっていうことをすっかり忘れていた。
これはとてもまずいかもしれない......。
遥、まさかの迷子!!
襲い来る男の魔の手!
急げ、一途!!