38 暗躍する影①
エディン王城の地下。
影から影を移動する男が2人。
五星ギルド死影の”滅“と”絶“であった。
“十影”のメンバーは全員が闇魔法≪影移動≫を身につけている。
影があり、地続きの場所ならば、結界がない限り、影を伝ってどこでも移動可能である。
ギルドマスターのカイは、国史にまつわる機密事項を探るために調査している。
“滅”と”絶”は、別行動を命じられ、王軍の機密を調査していたのだった。
「ここの地下には、さらに下に空洞があるな」
王軍上層部は王城の地下で会議をする。
“滅”は長く続くエントランスのさらに深い場所に通路があることに気付いた。
「どうしますか」
“絶”は“滅”に問いかけた。
「行くに決まっている」
“絶”とともに、影移動を使って地下通路へと移動した。
上下左右に石材が敷きつめられた通路が長く続いている。
方角的には王都の南側へと延びているようだ。
(これは何の通路だ…)
国王が有事の際に逃げる通路、何かしらの荷物を運搬する道、可能性はいくつか存在する。
しかし、この道はなんとも血生臭く、言いしれぬ殺気に満ちた通路であった。
「行くぞ」
2人は通路を駆け抜けた。
…
10分以上は経っただろうか。
いまだに通路の終わりは見えない。
“十影”にしてみれば10分走れば、王都を一周するほどの距離を移動できる。
すでに、通路は王都の外へと出ているであろう。しかしまだ、出口の光すら見えない。
(む…)
“滅”はただならぬ気配を感じ取った。
「潜れ」
“絶”とともに、影の中へと潜む。
影から通路を観察していると、乱暴な足音が聞こえてくる。
ズシン…
ズシン…
ゆっくりと重量感のあるなにかが移動しているようだ。
(あれは…)
背中に羽、体は石、両手をだらりと垂らしながら歩いている。
魔物ガーゴイルであった。
(どういうことだ…なぜ、王城に連なる地下通路に魔物がいる…)
仮に、王族や軍人の移動手段として使うなら、魔物が放たれているのはおかしい。
つまりこの通路の狙いは別にある。
「なにやら怪しいですね」
“絶”もなにか感じているようだ。
「この通路の先を調べる価値はありそうだ。全力で移動するぞ」
「はい」
2人は魔力を解放し、影の中を凄まじい速さで進んでいく。
影の中であれば、“十影”のメンバーは10倍ほどのスピードで動くことができる。
この力によって、暗殺や強襲を可能としているのだ。
…
……
………
しかし、いくら進んでも終わりが見えない。
すでに移動を開始して1日以上が経過した。
影移動ならば、すでにゴディス島の端に到達してしまう。
それでも通路は続いていく。
依然として一本道だ。
影の中から外を覗こうとしたら、周りは水であった。
「どうやら、すでに海のようだ」
「この通路は一体なんなんでしょうか」
「わからん…」
いつのまにか周りの壁や天井には防御魔法が展開されている。
結界ではないため、移動には差し支えない。
おそらくは海の生物や水圧から通路を守ためのものだろう。
2人はさらに移動をすすめた。
(……あれは…)
ついに通路から開けた空洞のような場所に出た。中央には扉がそびえている。
エディン国の紋章が大きく刻まれた重々しい扉だ。
最近まで開閉されていたような痕跡が残っている。
「一体どこに続いているんでしょうか」
「行ってみればわかるさ」
開けてみたら罠があるかもしれない。
“滅”と”絶”は影の中から侵入した。
扉の先には長い廊下がさらに続き、左右に鉄格子の檻がつくられている。
「これはッ!?」
2人は驚愕した。
檻の中にいるのは見たこともない魔物だった。
鳥と牛の頭を持つ魔物。
これはグリフォンとミノタウロスか。
(どうやら合成獣を作り出しているようだ)
別の檻には羽の生えたイエティ、巨大化したスライム、身体が蛇のオークなどがいた。
軍の生物兵器実験を行う、軍事機密施設といったところか。
生物兵器の開発にエディンが携わっているなど、この長い王国の歴史のなかでも知られてはいない事実だろう。
2人はあらためて、自分たちが直面している王国の闇の強大さに身震いがする思いだった。
普段、闇に身を置くのに慣れた十影ともあろうものが。
廊下を抜けた先は階段が上に続いている。
先へ進むことに不安を持ちつつも、”滅”と”絶”は歩をすすめた。
「ぎゃあああああ」
「ぅあぁぁああああ!」
階段を登りはじめた矢先に、奥で叫び声が聞こえてきた。
(何事だ…まさか…)
その先で“滅”たちが目にしたものは、まさに地獄だった。
人間がベッドに拘束されている。
エディンの軍服を着た男たちが、無表情なまま横で作業をしている。
人体に外科的な施術で、魔石を埋め込もうとしていた。
ベッドに横たわる男が「やめてくれ!」と叫んでいる。
その言葉は一切届いていないようだ。
男はしばらく叫び、痙攣を続けるが、段々と動かなくなっていった。
「また失敗か」
「次の被験体には、頭部に埋め込んでみよう」
手術をしていた男たちは、薄ら笑いを浮かべつつ語り合っている。
(魔物に留まらず、人体実験まで…。まさか人工的に魔人を作り出そうとしているとは)
魔人や魔族とは、人に生まれながら魔物となったもののことである。
悪魔との契約、呪いなど、なんらかの事情で変異した人間を呼ぶ。
この施設では魔物の研究に留まらず、人為的に魔人まで作り出そうとしているようだ。
(こいつら…)
背中に怖気が走るのを感じつつ、“絶”は影の中らから睨みつけていた。
「この施設がどこに位置しているのか調べよう。一旦外にでるぞ」
“滅”は小声で”絶”に話しかけ、施設の外へと向かった。
外にでると、研究施設のある場所と船着場以外は殺風景であった。
壁に穴の空いた住居、天井だけしかない所まである。
地面には雑草が生茂り、壁には苔が生えている。
船着場の木製看板に町の名前が書いてあった。
「ここは…“トゥーム”か」
トゥームとは罪人がおくられる流刑島にある町の名である。
“悪さすると流刑島におくられる“”流刑島に流されたもう帰ってこられない”というのは有名な話であった。
「さっき実験体となっていたのは、囚人ってことですか」
「トゥームからは生きて帰れない…そのはずだな」
船着場に人がやってきた。
1人は船の中から、もう1人は実験施設の中から。
傍らの荷車には、合成魔獣らしきものを閉じ込めた檻が積まれていた。
檻を運ぶ力仕事をガーゴイルにやらせている。
(魔物を従えているとは驚きだ…。通路にいた魔物も、やつらの部下と考えた方がよさそうだ)
“滅”たちは物陰から様子を伺う。
男たちは暫し談笑している。
どうやら作り出した異形の魔物を引き渡しているようだ。
船から出てきた男は見慣れない柄のマントを羽織っている。
胸には金と銀の向き合う獅子の紋章。
(あれは…「アディス」の国旗!?)
“滅”は驚愕した。
“絶”も気づいたらしく、絶句している。
「重大だ…。俺は報告に戻る。お前はこの島を隅々まで調べろ」
「御意」
“絶”には引き続き調査を命じた。
“滅”は踵を返し、カイたちに報告すべく、長い海の底の通路へと戻っていった。
◆
王都タペルから北西に位置する町カッツウォルド。
エディン領で最も貧しい町と呼ばれる。
海風と北風によって作物は育ちにくい環境であった。
加えて、もっとも税負担が重い町である。
統治するジャスパー・モリス侯爵は、住民たちからその悪評をして「悪魔」「地獄からの使者」などと呼ばれていた。
町は一階建の小屋のような住居が並んでいる。
二階を超える建物は1つしかない。
ひと際目立つ、巨大な屋敷が町の北側にそびえ立っていた。
モリス侯爵の屋敷である。
館の応接間には、椅子に腰をかける3人がいた。
1人は紺色のタキシードに身を包むおそろしいほどの肥満体の男。
首の皮がたるみ幾重にも重なって、その脂ぎった顔が埋もれてしまいそうにのっかっている。
ジャスパー・モリス侯爵その人であった。
「今日はよくきてくれましたな」
「ふふ。あなた様もお元気そうでなにより」
嫣然とした笑みを浮かべて返事をしたのは、“漆黒の獅子”イザベラであった。
横には部下が黙して控えている。
「ぎゃぁぁぁ…」
応接間に遠くの部屋から小さく悲鳴が聞こえる。
「いつ来ても、ここでは心地よい悲鳴が聞こえますわね」
イザベラが紅茶を飲みつつ、笑顔で言う。
「フハハ!あなた方スミス家に比べたらかわいいものだ」
ジャスパーは高笑いをしつつ返事をした。
「それで、今回来訪した用件は?」
「まもなくこの町に、手配書にある盗人“青眼”と疑わしい一団が到着いたしますわ。そのために1つ、侯爵にご協力いただきたいことがありますの」
「ほう。あの“芸術の中心地”で盗みをしていたというヤツか。して、そなたが協力を求めることとは?」
「彼らを誘き出すために、呪いを使いたいのです。住民たちをつかってもいいですか?」
「そんなことか」
「一応、確認をとらないといけませんから」
「あいつら税金を納める以外、生きる価値もない。勝手に使ってかまわん」
ジャスパーはそこまで言ったところで、ニヤリと笑う。
「そのかわり、わらわれのブツを、高額で買い取ってもらいたい」
「かまいませんわ」
「フハハハ!貧困者どもが金に変わるなら、大歓迎だわい」
ジャスパーの邪悪な笑い声が屋敷内で響いていた。
投稿が遅くなりすみません。
次話は明日アップします。




