37 蟲の知らせ
ナツキ一行は無事、結界の外へ旅立っていったようだ。
シグマは王軍建物の最上階の窓から、ロックベルの入り口方向を向いて佇んでいた。
「…行ったか」
小さく呟いた。
「愉快な方々でしたね」
エマが後ろから話しかけてくる。
「エマ、このことは…」
「わかっていますよ。他言はしません」
シグマの言葉を遮るように、エマが発言した。
「でも、団長の過去に少しでも触れたのは初めてでしたね」
「そんなに興味ある話でもないだろう」
「そうでもありませんよ。魔法学校卒ではないあなたが何者なのか、軍では色々と憶測でものを言う輩も多いですから」
「そうか」
シグマは、ジョナやナツキの話を誰にもしたことがなかった。
ジョナは“賢者”という称号を持ちながら、ひっそりと暮らしている。
事情は聞いたことはなかったが、何か過去に不都合なことがあったのだろう。
それならば、不用意に語らないほうがいいと判断していたのだ。
「エマ、お前だけには言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
「王軍には、軍団長の私にさえ明かされない秘密がある」
「過去の話ではないのですね」
「真面目に聞け」
「聞いていますよ」
シグマはしばし瞑目し、口を開く。
「私はこれから、王軍の機密事項にあたるかもしれない問題を独自に調査するつもりだ。内容いかんによっては、反逆罪だ。もし、副団長を降りるなら今だぞ?」
「愚問ですね」
シグマは、ここで初めてエマと目線を合わせた。
「代われって命令されても無駄よ。もう、ずっとついていくから」
急に砕けた口調となり、シグマの表情は和らいだ。
「ありがとう。できれば、その口調のほうがやりやすい」
「こんなこと聞くまでもないでしょ」
笑顔になり、執務に戻るシグマ。
その後ろの窓には、複数の羽虫が蠢いていた。
◆
エディン領の最南端に位置する町“ミリタ”。
農業の町“バル”やサイエフの森からさらに南側に位置する。
町の北側と東側は城壁がつくられている。
この壁は魔物や敵国からの防衛だけを目的としていない。
他の町にはない、特殊な役割があった。
この町にはエディン領内で捕らえられた罪人達がやってくる。
重罪を犯したものは、南側の海に面している港から、“流刑島”へとおくられる。
ミリタでは囚人達を逃さないために、とりわけ厳しい警備が敷かれていた。
過去、エディンには何度か漢民族による進撃があった。
毎回、ゴディス島の南方面から攻撃がくるため、ロックベルと同じ事情で南端の町には王直属軍が配備されていたのだった。
ミリタを警護するのは“真鍮の熊”オーロ。
オーロは王軍上層部の会議が終わったのち、ミリタへと戻ってきていた。
今は執務室の椅子にひとり、腰をかけていた。
「うん、うん、可愛い子らよ」
部屋の床、壁、天井を黒い蟲が這いまわっていた。
オーロは部屋中をうごめく黒い蟲に話しかけている。
その数、ゆうに100匹を超える。
オーロの育てた魔蟲だった。
「さて、状況はどうなったかな」
隻眼の目を瞑り、北へ送り出した蟲と連絡をとりあう。
シグマの背後を飛んでいたのは、オーロが操る魔蟲であった。
会話内容までは聞こえないが、蟲たちとオーロの眼はつながっている。
蟲が見た情報をそのまま映像として手に入れることができる、というのがオーロの諜報能力の一つだった。
会話の内容を唇の動きから予想していく。
(シグマがさきほど話していた男は何者だ?)
なにやらとガヤガヤ騒いでいた。
シグマのことは、背中からしか視界に収められていないため、なにを言ったのかまではわからない。
正面に座る男は、国の批判をしているようだった。
そんな者と談笑するなど、王軍としてあるまじき行動だ。
(しかし、先の男、報告に上がっていた“青眼”の特徴と一致している。まさかな…)
オーロは王軍に寄せられた報告書でしか青眼を知らない。
しかし、外見的特徴があらゆる点で一致していた。
(お前たちは引き続きシグマを監視してくれ。1人は怪しい男を追え)
蟲を2チームに分けて調査をさせる。
(現状を共有しておくか)
オーロは“念話の指輪”に魔力を込める。
(ブラッド、イザベラ、聞こえるか)
(おう)
(聴こえていますわ)
(もう念話してくるとはな。なにか掴めたか?)
2人の軍団長から反応があった。
(シグマは町に戻り次第、怪しい男と会っていた。親しい仲のようだ)
(ほう。あいつにそんな奴がいるとはな。面白いじゃねェか)
(どんな男だったの?)
(グランドロッドの報告書にあった、“青眼”の特徴と一致している)
(!!)
念話越しにも2人が驚いているのが伝わってきた。
(そりゃビッグニュースだ)
(シグマが犯罪者と繋がりがあるなんて、とんでもないスキャンダルね。2人はどういった関係かしら?)
(ははは。五星ギルドの幹部を撃破した盗人が王軍の部下だったら一大事だな)
(詳しくはわからん。しかし、親しげに会話していた様子から察するに、部下ではないと思われる)
実際に、シグマの子飼いの密偵だったとしたら、直接会うようなヘマをおかしたりしない。
2人が出会ったのは別の理由と考えた方がよいだろう。
(それにしても、もしも青眼なら探す手間が省けたな)
(その者たちは今どちらへ?)
(ロックベルを間もなく出発するようだ。方向的には“タペル”か“カッツウォルド”だな)
(面白い。ここに来るかもしれないってことか)
ブラッドは今タペルの王城にいる。
王都に来たら、彼が相手する気なのか。
(では私はカッツウォルドへ参りましょうか。久々にモリス侯爵とも会っておきます)
(あぁ、頼むぜ。もし、カッツウォルドに奴らがいくようだったら、“グール”を撒いておけ)
(…わかりましたわ。あなたは相変わらず恐ろしいことを考えるのね)
(ははは。お前の家に比べたらかわいいもんだろ)
(そうかもね。では、副長のマックスを連れて、カッツウォルドへ行きますわ)
(よろしく頼む。オーロはまた情報をつかんだら連絡してくれ)
(そのようにしよう)
念話は終わった。
気づけば、オーロを一周するように魔蟲たちが集まっている。
「おっと、すまないね。ではご飯にしよう」
オーロの合図とともに、蟲たちがローブの中へうぞうぞと入っていった。
「本当に可愛い子たちだ」
ローブが揺らめきつつ、オーロは悦に浸った顔を浮かべていた。
◆
ナツキたちは、再びサリー砂漠の地を踏んでいた。
今度は南下している。
シグマに仕立ててもらった馬車に乗りつつ、手綱をギーメルに任せていた。
「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ミユが訪ねてきた。
「なんだ?」
「あなたロックベル入る前に、軍団長の方が強いって言っていたわよね」
「それがなにか?」
「彼はあなたの方が強いって言っていたわよ」
「あいつ、そんなこと言ってたのか」
シグマが、そんなことを考えていたなんて意外だった。
「ちょっと、なんでか教えてよ」
ナツキはちょっと考えた。
ナツキがシグマの方が強いと言った理由は2つある。
一つは魔力量がシグマの方が多いのだ。
この一点を取れば、おそらくエディン広しといえども、シグマの右に出る魔法使いはいないだろう。
魔力は総量を増やすことができる。
筋力を増やすためにトレーニングするように、魔力もギリギリまで行使して回復させることを繰り返すことで少しずつ上限値が増えていくのだ。
シグマは幼少期からずっと真面目に、魔力を増やす瞑想を続けている。
長期戦でシグマに勝てる魔法使いなんて、一握りしかいないだろう。
もう一つの理由は環境だ。
魔法使いは外界の影響をもろに受ける。
氷属性に特化したシグマが最大限力を発揮できるのは雪国だ。
威力まで相乗効果となる。
そもそも実力がある相手に、不利な条件で挑んで、勝てると断言できるわけがないだろう。
ひとしきりミユに説明した。
「じゃあ、なんでシグマは違う意見なの?」
「シグマに聞けよ」
「もう会えないじゃない」
あえて説明しなかったが、考えられる理由はある。
“賢眼”の力だ。
この能力は師匠と2人の兄弟弟子にしか言っていない。
魔法式、魔力の性質、量など魔法に関わるあらゆるものを見通す眼。
そういえばシグマたちには昔から“ずるい”と言われていた。
「おい、前方に変なやつらがいるぞ」
ギーメルが話しかけてきた。
目を向けると20人程度の集団がいる。
なにやら魔法詠唱をしているようだ。
ゴォ
轟音を上げ、突如、馬車が魔法陣に包まれた。
「なんだこりゃ!?」
ギーメルが声をあげる。
まさか先制攻撃されるとは。
ナツキは賢眼を発動させ、魔法式を観察する。
(これは陣内で対象者の魔法を妨害する陣だな)
今回の場合は、ナツキたち3人の魔法が封じられた。
ギーメルは魔術が使えるので問題ないが、ミユはピンチだ。
「おい、お前ら、大人しく荷物を置いていけば命だけは助けてやる」
頬に刀傷のある人相の悪い男が話しかけてきた。
どうやら盗賊らしい。
「あんたらどちら様?」
「俺たちは盗賊団“悪意と悲劇”さ。抵抗しないことをすすめるぜ」
にやりと笑いながら返答してきた。
“悪意と悲劇”と言えば、タペルから旅立った商人を襲うことで有名だ。
集団で罠にはめて、一方的に攻撃するスタイルか。
「盗賊から盗もうとするとは馬鹿なやつらだ」
対応に悩んでいたら、ギーメルが青筋を浮かべながら立ち上がった。
「あぁん?お前ら盗賊なのか?その馬車は王軍のものだろ」
「うっせぇ、死ね。カスども」
「おい、煽るな」
ナツキとギーメルはともかく、戦闘になったらミユが危険だ。
なんとか切り抜ける方法を探りたいところである。
「あんたたちみたいな最低男に、屈するわけないでしょ」
ミユも煽りだした。
いつもは仲が悪い癖に、こういうところだけ意気投合するの、勘弁してほしい。
ミユをこそ心配していたのだが、これで無意味になった。
「痛い目に合わないとわからんようだ。お前らやっちまえ」
頭らしき男の合図で、“悪意と悲劇”がいっせいにかかってきた。
ギーメルは妖刀を抜き、迎撃する。
ナツキは魔法を詠唱している後衛に飛びかかり、膝蹴りをお見舞いした。
一瞬で2人撃破。
「なにッ!?」
盗賊たちも驚いている。
エディン周辺の商人を護衛するのは魔法使いばかりだ。
魔法を封じたら完勝できると考えていたのだろう。
ナツキとギーメルは、近接戦で1人ずつ撃破していく。
何人かの盗賊が前衛の後ろに隠れ、魔法詠唱をはじめた。
「ギーメル!魔術を撃て!」
「ほいさ!」
ナツキとギーメルは炎魔術を後衛に放つ。
ドン
爆発音とともに後衛の魔法使いを4人撃破した。
「馬鹿なぁ!なぜ魔法が使える!」
魔法ではなく魔術だ。
盗賊たちも知識が偏っている。
「女を人質にとれ!」
(しまった。前衛に出過ぎた)
合図とともに盗賊たちがいっせいにミユに襲いかかる。
「お生憎様」
ミユは地面に黒い玉を投げつけた。
突如、ミユの周りを煙幕が包み込む。
「うぁぁあ」
盗賊たちは驚いているようだ。
「よりによって私を捕まえようとするなんてね」
ミユの笑い声が煙の中から聞こえる。
「ぐぁ…」
煙の中でミユが1人ずつ倒しているようだ。
長年盗賊稼業に勤しんできただけあって、対応力が凄まじい。
このままでも圧勝できそうだ。
だいたいこいつら20人もいて魔法式構築妨害程度の魔法陣しか作れない時点で雑魚だと名乗っているようなものだ。
(念のため、消しておくか)
ナツキは地面に手をあて魔力を込める。
≪解除≫
魔法陣が消え去った。
盗賊たちは有利状況が消え去って慌てふためている。
「貴様らなにものだ!!」
頭が叫んでいる。言うわけないだろ。
「盗賊の“黒夢”だ!」
ギーメルが勝手に返事をした。同業者相手に対抗意識がうずいたらしい。
「こら、お前」
ナツキにとっては見過ごせる名乗りではない。
しかし、相手の盗賊たちには効果が絶大だったようだ。
「なに…あのユウヤ・バナの黒夢…?」
盗賊たちの間でもあいつは有名人のようだな。
ギーメルがなんだか勝ち誇った顔をしている。
「退散だぁ!」
頭の合図とともに、“悪意と悲劇”の連中は逃げていった。
倒した連中が10人以上街道上で倒れている。
「へへん、ざまぁみろ」
「ださい男たちね」
「おい、ミユ。大丈夫か?」
「あら、心配してくれるの?」
その一言で十分だ。余計なお世話だったみたいだな。
いきなり不意打ちされたが、3人とも無事でよかった。
「よし、こいつらの持ち物をいただいて行こう」
ギーメルが倒れた盗賊たちの財布と装備を取り上げている。
「ギーメル、なにしてんだ」
「見ての通りだぞ」
たしかにやっていることは一目瞭然だが、盗みを黙認するのもな…。
「確かに。向こうが襲い掛かってきたんだから、痛い目見せてやればいいのよ」
ミユがギーメルに乗っかった。
こいつら悪事をする時も息ぴったりじゃないか。
まぁ言われてみればその通りか。
生活費がカツカツだったのも事実。
盗賊のおかげで、金にずいぶん余裕ができた。
襲ってくれたことに感謝するのも変な話だが、相手が悪かったと思ってもらうことにしよう。




