36 鷹は雪原に舞う⑤
一行がシグマに案内されたのは、落ち着いた調度品に囲まれた応接室だった。
本当に賓客待遇のようだ。
さっきまでとの落差に頭が追いつかない、とばかりにミユとギーメルは挙動不審だった。
部屋の中心にテーブルがおかれ、左右に3人がけのソファーがある。
「エマ、紅茶と菓子の用意を頼む」
「えぇ…」
エマが複雑な表情を浮かべながら給仕の用意をはじめた。
「あなたまさか王軍の人間だったの?」
ミユがナツキにささやく。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、なんで知り合いなのよ」
「シグマは俺の兄弟弟子さ。まさか、たった数年で王軍の幹部になるとは思わなかったけどな」
ナツキはシグマをまぶしそうに見やった。
ミユとギーメルが目を丸くしている。
「私はお前が指名手配されたことのほうが驚いたぞ」
「ははは。そりゃそうか」
笑うナツキを眺めつつ、シグマは一瞬ミユの方に目を向けた。
「笑って済む問題か、おまえのことだから、なにか面倒ごとに自分から首を突っ込んだのだろう」
「よくわかったな」
「当たりまえだ。大体、お前が青眼のわけがないだろう。瞳の色も違う。それに旅人のお前がデールであんな長年にわたって盗みを働けるわけがない」
ナツキの瞳の色ははしばみ色だ。賢眼発動中のみ緋色になる。
幼少期からともに過ごしたシグマはもちろん知っている。
シグマにとってみたら、分からない方がどうかしていると言ったところか。
「どうぞ」
エマがぎこちない手つきで茶菓子を出してきた。まだ顔には“半信半疑”と書いてあるようだ。
「ありがとう。いい香りだね」
紅茶をゆっくり飲めるなんていつぶりだろうか。
菓子を食べていくぶんご機嫌になった。
「で、お前の目的はなんだ」
シグマが直球を投げてきた。昔から無駄なことはしない男だし、兄弟弟子の間では遠慮のないやり取りが普通だった。
ナツキはつい、懐かしさを覚えた。
「なーに、こいつの家族がロックベルで王軍に逮捕されたと聞いてな。人助けだ」
「誰のことだ」
ナツキはギーメルのほうへ目をむけて、返事を促した。
「親父の名はジェスだ。町の西側で“十字家具”って店を出している」
ギーメルが渋々と答えてくれた。
「だそうだ」
「…その者なら、すでに釈放している」
「え…」
これにはナツキも驚いた。
ギーメルも同様だ。
ミユはギーメルを睨みつけている。
「まじ?」
「あぁ、そんなに長く拘束するような罪状ではなかったからな」
「おい。こら、ギーメル。お前の親父はなにをやったんだ」
「俺が知るわけないだろ」
「はぁ!?」
呆れた。
罪状も知らずに救出しようとしてただなんて、ギーメルを甘く見ていた。
「その男は、1ヶ月ほど前に王軍の兵士を蹴り飛ばしたのさ。町娘を強引に口説こうとした兵士に腹を立てたから蹴ったと取り調べで言っていた。王軍への反逆行為は重大のため、1週間ほど拘留したがな」
「「……………」」
ナツキとミユは顔を見合わせた。ギーメルは眉間にしわを寄せて明後日の方向を見ている。
どこかで聞いた話だ。
血筋というのは恐ろしい。
(あれ、じゃあギーメルとは関係ないのか?)
「ってことは、親父は“黒夢”の関係者として捕まったんじゃないのか!?」
ギーメルが何度目かの爆弾発言をした。
お前、それ自分の素性をバラした上に、親父をまたピンチにしてしまうぞ。
「初耳だな。と言うことは、お前は盗賊か」
「げ…」
今頃気づいた。
横を見ると、ミユは片手で頭を抱えている。
おそらくナツキも同じような表情を浮かべているのだろう。
シグマは暫くギーメルを見つめていた。
「……息子が盗賊の一団にいるからと言って、その罪を親に背負わせるのは御門違いだろう」
よかった。シグマの筋を通す一本気な性格が幸いした。こういうところは昔から変わらない。
「あんた王軍のくせにいいやつだな」
「おい…それ、褒めてないぞ」
ナツキは片手でギーメルの口を塞いだ。
ギーメルがまた失言が止まらないので、発言自体を食い止めないと危険だ。
「お前はこの町で盗みを働くのか?」
シグマが鋭い眼光でギーメルをひた、と見据えた。どんな悪事でも見透かされそうな迫力がある。
「いや!絶対させない!大丈夫さ。ははは」
ナツキは笑って誤魔化した。
「まったく、お前は変わらんな。いつもトラブルばかり起こしている」
そういうシグマだが、ナツキを見る視線はほんの少し柔らかくなっていた。
心外だ。
たしかに修行時代はシグマに比べて余計なことばかりしてはトラブルを起こしていた。
(…しかし、ギーメルの件について言えば、俺は被害者と言っても過言じゃない)
なんだか納得のできないナツキであった。
「へー、こいつって昔どんな感じだったの?」
ミユがさらに余計な質問をした。
「おい。そんな情報いらないだろ」
「なによ、いいじゃない」
後ろめたいことなどないが、阻止しなくては。
「ナツキは、知恵は回るくせに無精者で、頭を使ってサボることばかり考えていた。そのくせ、面白そうだと思ったことに対しては考えなしで突っ込むやつだったな」
シグマは少し口角を上げながら、楽しげに語っている。
「あはは。そんな感じなんだ」
「こら、シグマ、嘘つくな」
「嘘じゃないさ。師匠に怒られてばかりだったな」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
「あなたの師匠って?」
エマが1人緊張した面持ちで質問をしている。
紅茶を口に運ぶシグマの手が止まった。
「お前、軍には素性を言っていないのか」
「なんとかなくだがな。軍の上層部になるにつれ、思うことがあってな」
シグマはこれ以上語れぬと、エマにやんわりと断りを入れた。
俺も誰にも師匠のことは語っていないが、シグマが思うことってなんだろう。
「まァ、ナツキの目的は達成…と言うか来る必要すらなかったわけだが、これからどうするんだ?」
話を露骨に変えてきた。
昔話は俺もこれ以上ほじくり返されたくないので歓迎だ。
ミユとエマは面白くなさそうな顔をしている。
「気ままな旅を続けるさ。今度はドルト方面を見て回ろうかと思っている」
遠慮なく話を変えさせてもらう。
「そうか…」
「どうした?」
「いや…」
シグマが押し黙る。
「急ぎの旅でないなら、“レリィの洞窟“を調査してみるといい」
「タペルの西側の洞窟か。あそこになにがあるんだ」
「私からは言えんが、俺は洞窟内である物を目にしてから、悩んでいることがある」
(ほう…俺にすら…いや、エマたちの前で言えないことがあるのか)
シグマが珍しく思い悩んだ顔をしているってことは、重大な案件なんだろう。
エディン領は5年で動き回ったが、レリィの洞窟は行ったことがなかったな。
魔物がウヨウヨしているし、王都の魔法使いもいるから、面倒だと思っていた。
「お前がそこまで言うなら行ってみるか。お前たちはどうする?」
ミユとギーメルに話を振ってみた。
「私はもちろんついていくわ」
「おい、お前は俺と盗賊になるんだろ。黒夢のアジトに戻るんじゃないのか」
ギーメルがまた最悪の失言を重ねている。
歩くトラブル製造機め。
「何度も言わせんな!盗賊にはならん。王軍の建物内でそんなこと言うな」
「愉快なパーティーじゃないか」
シグマは笑っている。
さすがにシグマもナツキが本気で盗賊をやるとは思っていないだろう。
ふと、真顔に戻ったシグマは周りをはばかるように口に出した
「……すまないが、ナツキ以外は外してくれないか」
「えっ、なんで今更。ていうか二人にして大丈夫なの?」
ミユはこちらの顔色を窺っている。目には抗議の色が少し浮かんでいた。
「……わたくしが応対します。さ、お二人ともこちらへ」
エマは心得たように、余計なことは言わずミユとギーメルの退出を促した。
「それならちょうどいい、親父んところに顔出してくるかな」
ギーメルも抗議するかと思ったが、そわそわしたように言い出した。
「四半刻したらまたここに戻るわ」
「あなたはまた勝手なこと言って…」
ミユは咎めるようにギーメルに物言いをつけた。
――わぁわぁ言いあいながら、なんだかんだエマにうまく追い出されていた。
応接室にはシグマと二人きりになった。
「ところでナツキ、お前はエディン領をまわってなにを考えたんだ?」
これを聞きたかったのか?漠然とした質問だ。
「どうした。いきなり」
「俺は王軍に所属したあと、基本的にずっとロックベルにいる。お前ほど世界をまわっていないから知りたいのさ。なんでもいいから、答えてくれ」
俺はこの世界をよく思っていない。
旧友のシグマだからこそ気軽に話しているが、基本的に王軍は嫌いだ。
真面目なシグマにどう言ったもんか。
(まァ、二人だけだし、腹を割って話すか)
「王軍のお前に言うのもなんだが、卒直に言って嫌な世の中さ。いつ終わるかもわからない戦争のせいで税金は巻き上げられ、弱者は虐げられ、生活がよくなる見通しすらない。生まれた場所によって人生が決定するような貴族制度なんかクソ食らえと思ってるよ」
「そうか…」
真剣に受け止めているようだ。
「私もそう思う」
シグマから意外な答えが帰ってきた。
「へー、そうかい。真面目なお前はてっきり王制にどっぷりつかっているかと思ったわ」
「そうでもないさ。人々の力になりたいと考え、軍属となったが、どうにもこの国はくさい」
「どういうことだ?」
シグマが真剣な顔つきになった。
「まず、王と軍上層部は国民のために政治をおこなっていない。そして、ドルトとの戦争については消極的だ」
「なにかあったのか?」
「あァ、今回の五星会議で、エディン全軍でドルトを攻める案件が出された」
「うへぇ、とんでもねェな。どうなったんだ」
「反対過半数で否決された。それ自体は良い。解せんのは、そうなることを、五星3ギルドと、王軍のトップの連中は確信していたことだ」
「お前もトップの1人だろ?理由はわかるんじゃないのか」
「それだが、私にも明かせぬ裏があるらしい。これから調べていくつもりだがな」
驚くことばかりだ。
ナツキは戦争を推進する気はない。
しかし、王軍がドルトへの軍事力行使に対して後ろ向きなのは妙だ。
そして、シグマすら知り得ない情報まである。
先ほどのシグマの様子からすると、レリィの洞窟にそのヒントがあるのだろうか。
ナツキたちはしばし紅茶を飲みながら、旧交を温めあったのだった。
…
「じゃあ、またな。色々と騒がせてすまんかった」
「気にするな。達者でな」
シグマと別れて一刻ほど、里帰りをしたギーメルとミユと落ち合って、ロックベルの町の入り口に立っていた。
シグマは、砂漠を渡るための馬車まで用意してくれた。
こんなことなら、最初から連絡をとればよかったな。
良い意味で変わっていなくてよかった。
王軍に所属すると、それだけで王家の縁戚にでも連なったような面をする男が多い。
シグマは真面目な男だ。
ナツキとの人間関係よりも、王政の秩序を優先する可能性も考えてしまった。
指名手配されてしまっただけに、たとえ見逃してくれたとしても、迷惑をかけることになってもいけない。
下手したら全力で戦闘になる可能性があっただけに、留守を狙ったのだ。
短いひと時ではあったが、普通に語り合えてよかった。
「あなた王軍団長と兄弟弟子なんてねー」
「いやぁー、王軍にもいいヤツがいるんだな。勉強になったぜ」
ギーメルには何度キレそうになったかわからん。
緊張感がなさすぎる。
ギーメルに今後どうするか聞いたところ、「面白そうだ」とかいう理由で、俺と一緒にくることになった。
ミユが母親の顔を見ておきたいとか言っていた。
ピコラに似ているか俺も見たかったが、ギーメルが妖刀を取り出して、絶対に行かさんとか言っていたので諦めた。
また長い移動の旅だ。
レリィの洞窟はタペルの西側。
ロックベルから見て南西方向だ。
洞窟に行く前に、洞窟の北側にある”カッツウォルド“の町に寄ろう。
ナツキ一行はロックベルを後にした。




