第一話 Wake up…
日本 神奈川―― A.M6:30 11月 28日
――朝を迎えた。
昨日の事がどうでも良くなる位に晴れやかな朝だ。
「んー……あぁ、お、おはようリョウ」
『八代 トウマ』が目を擦りながら、立ち上がる。
「ああ、おはよ」
『加賀 リョウ』は先に起きていたのだろうか?タバコを吸って一服していた。
「ね、ねえ、た、タバコはだ、駄目だと思うよ……」
「なーに、これ位なら許してくれよ」
とても綺麗な朝日を前に二人は談笑している。前方には浜辺があり、朝日が一層ロマンチックに感じさせる。
薄汚いテントから出たら二人はその場に座り込み、昔を振り返った。
※※※ ※※※
突然だが、あなたの友人はいつからそこにいるだろうか?昔からの友人ならば親友と言うように、彼らもまた親友だ。
リョウとトウマが出会ったのは五歳の時だった。かつては幼稚園に誰でもいけたご時世だった。
初めて出会ったのに、突然仲が良くなった二人はいつも一緒に遊んでいた。ごく普通の仲良しになっていた。
その上、二人はある約束をした。
『――俺が嫌な目に遭えば、お前が助ける。』
『――僕が嫌な目に遭えば、君が助ける。』
仲が良かった。喧嘩だってした事も無いだろう。ただ、ひたすらに楽しい毎日だった。いつもいつもが楽しかった。 ―――
だが、二人が十四歳の時、天使が現れた。二人の『楽園』は崩壊してしまったのだ。
『幸せは長く続かない。』そんなもんだと理解した日でもあった。
リョウは家族が皆死んだと思われ、トウマの家族は皆死んだ。そしてトウマはその時の恐怖で言語障害に陥った。
しかしリョウは何故か家族が死んだのか覚えていないのだ。何故かは分からない。 本人が見たのは、血まみれの人が倒れてて、自分の腹がとてつもなく空いていただけ。それだけで、その後の事は全く覚えてない。目が覚めたら孤児施設の前で、空腹感も感じなかった。誰かに拾われ、知らない間にご飯も食べさせてくれたのだろう。
「……嫌な思い出だよな」
リョウの顔は少し険しくなった。誰かが死ぬ光景なんて本来見てはならない物だ。見たら一生心の傷を負うのは間違いないだろうし、何よりも思い出したくないような事を思い出すのは馬鹿らしい事でまある。
「う、う、うん」
「でも、お前から聞いてくるなんてな、驚きだ。思い出したく無いだろうに」
リョウは正直に、自分の思いを伝えた。そういう事は普通言わないのに、急に言い出した事で少し不安になっていた。
「わ、わ、忘れられないから……」
トウマは唇を噛み締め、不思議と出る涙を堪えながらそう伝えた。
「だから……し、親友にだけは辛い事を言えるよ、ようにしたかったんだ……」
その言葉が、余りにもリョウの胸を締め付けた。リョウのように家族じゃない可能性があるならまだしも、トウマは間近で家族が死ぬ場面を見ているのだから、その時の恐怖は彼の心に刻まれているのだろう。
それでも耐えしのぎ、そう親友に思いを伝えたのだ。それは一種の『勇気』ともとれるだろう。
リョウは顔を俯向け、タバコをその場に捨て、手で顔を覆った。その事を考えると自然に涙が流れそうになった。
(トウマ………)
どこかでそれを伝えたい。人は思った事を伝えなければ本来はかなり心が痛む。トウマはそれが何度も何度も経験している。勿論、それはリョウも同じだ。否、誰もが必ずは経験する。大人になってもその奔流からは逃げられない。特に心情的な辛さは最も経験する事だろう。
「そうか……」
だからこそ、嫌なことを忘れる事が出来ればどれだけ幸せなのだろうかと二人は考える事しか出来なかった。
―――『忘却はよりよき前進を生む。』―ニーチェ― 善悪の彼岸 第7章 217
―――■■■■■■■■■■■■■■
突如として、『ソレ』は鳴り響いた。天と地を割るような轟音が鳴り響き、地震までも引き起こしている。
空はまるで、『最後の審判』の様に赤く染め上げられていた。
「な、なんだぁ!?」
一人はそう言い。
「あ、ああぁぁ……」
一人はうずくまり。
「こ、こいつぁ?……ま、まさか、」
一人は『ソレ』の正体に気付いた。
トウマはそれに気付き、その『狂気』をより敏感に感じた。
「怖い、た、た、た、助けて……!」
そのけたましい轟音は響き続ける。その音はまるで『人々の悲鳴を無理矢理繋ぎ合わせた甲高い』物だ。
その上、地震まで起きている。浜辺の海も津波になりそうだった。
「ぐうっ……」
リョウは轟音から耳を塞いでる間、何か、遠い記憶が頭に浮かんだ。
(この音………どこかで)
リョウはこの音を過去に聞いたことがあるもしれないと感じたのだ。『宣言』の時とは違う、もっと昔だ。
それにこの音は、『宣言』の時よりも、どこか重い感じだ。まるで、ここぞとばかりに大声を出しているかのような、そんな感じだ。
(……!コイツ……いや、まさか!)
目■メ■ 兄■タ■ヨ
少しだけその轟音の意味を理解できた。だからこそだろうか? リョウはうずくまるトウマに
「とっとと、こっから離れるぞ!」
「だ、だ、駄目だ…も、もう…僕らは」
「うるせえ! 弱くなんな! 逃げんぞ!」
無理矢理トウマの手を繋ぎ、共に走った。街は阿鼻絶叫の地獄と化していた。自分達や他の貧困層を虐げてくる『普通の人間』が逃げ回り、コケた人間を蹴っては「邪魔だ!」と叫ぶ。その中には自分達をいつも脅してくる奴らも涙を流しながら逃げていた。
「死にたくない!」
「助けて!」
そんな声で溢れ、もはやそこに一切の希望は無く、『死』がリョウや逃げ惑う人々に迫っていた。
(冗談じゃねえ……!)
彼もまた、死んでたまるか。と考えていた。そして、トウマの手を繋ぎながら走ってる内に疲れがたまり、その場で止まった。人々とは反対方向に進んでしまったため、そこは市街地の中心地だった。
そして、リョウは、
「おい、トウマ! 大丈夫か!?」
と、聞いた、トウマは手を繋いでもらっていたとは言うものの、かなり疲れているのか、顔が赤く過呼吸気味だった。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……だ、大丈夫じ、じゃないかも……」
リョウも少し疲れたのか、ふぅー…と息をしながら顔を上げた。その時に、『ソレら』を見てしまった。
「……嘘だろ?」
空を飛ぶ人のようなモノ。それらの体には人の大きさ並みの翼をが生えており、白いローブからみえている機械の回路のような物、そして、骸骨のような顔がついた、まさしくそれは、
(そんな……まさか、ありゃ!?)
それを悟った。あってはならない、『悪魔』の存在を。
「天……使?」
そして、
―――とてつもない轟音と光が風圧と共に吹き飛んだ。
それは一体の天使が手から放った光線だった。光線はビルの真ん中に直撃し、ビルは上から瓦礫ごと雪崩落ちていった。
その光景を見て、リョウは唖然としてしまった。現実では絶対に有り得ない出来事、神話や漫画でしか有り得ない出来事が現実で起きてしまったのだ。
天使達は地上に降り立ち、逃げゆく人に向かってあの光線を撃ち出した。直撃してゆく人の身体がバラバラになった。なのに、その光景をみても何故か俺は『平気』だった。
なんで平気なんだ?俺は?
リョウは自分の神経を疑ってしまった。まともな人間ならばこの光景を見れば、言い方が汚いが嘔吐してしまったのだろう。しかしそれが普通なのだ。
なのに、それに慣れたかのように、何も感じない。むしろ『それでいい。』リョウはそう感じていた。
チガウ。オレジャナイ。オレハ
「リョウ君!!!」
「……!」
リョウは自分がボーッとしてた事に気付いた。そしてリョウは後ろを振り向いた。
「くっ……!」
天使が、そこにいた。しかもかなり近い。大体約10メートル位だろうか? それ位の距離だ。
天使は手の平をこちらに向けていた。恐らくリョウ達を殺すつもりでいるのだろう。だが、リョウ達も死ぬ気は無い。
だからこそ、リョウも覚悟を決めた。トウマは怯え、そこから動かない。だが、リョウはトウマと違い、『走る』準備を済ませた。
そして―――
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁ!!!」
全速力でダッシュし、天使へと近づく。天使もそんな行動に出ると予想しなかったのか、動揺しているようにも見える。
そして、リョウは天使の顔面にパンチを当てた。
(ッ!?……痛え!)
しかし、バリアによってパンチは遮られた。とは言え、時間は稼いだ。トウマも息を整えれたようだ。
(よし……!)
だが、リョウは天使に顔を天使に掴まれてしまう。
「ぐがぁっ!!」
「り、リョウ君!!」
「―――■■■■■■■■■!!!」
(ま、まただ…!)
リョウはこの天使の言葉が少しだけ理解出来た。その意味が人間に対する呪詛であることも同時に理解した。
しかも、前とは違いハッキリと解った。
「―――“種としての人”如きがぁ!! フザケやがって…!」
「―――殺してやる!」
天使はもう片方の腕からあの光線を放とうとしている。当たれば恐らくリョウは顔の跡形も残らず、死んでゆく。
「ウッ!?」
死んだ。リョウがそう感じる前に、奇跡が起きたのだ。
それは黒い髪をたなびかせたロングヘアーの、リョウと変わらない歳であろうそんな少女だ。その少女はリョウの顔を掴んでいる天使に対し、飛び蹴りをかましたのだ。
「ハッ!」
「グギ■ッ!!!」
少女は解放されたリョウに対し、
「馬鹿じゃないの?<人間>がアレに勝てる訳無いでしょ?」
どこか冷酷に少女はそう告げた。