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黒血の大木  作者: 北畑 一矢
8/9

終息

「黒鉄高校の皆様、はじめまして。私は刑事部、捜査一課の者です。お聞きしたいのですが、呉宮覚さんはどこにいますか?」

 教室内に入ってきた狩月は自身の警察手帳を出して、挨拶をする。さらに呉宮の名前が出たことに、この場にいる全員に動揺が走る。つまり、この者たちは呉宮に用があること、そして、このクラスで起きた、これまでの悪事を暴きに来たのだと瞬時に理解する。

 自分たちがやって来た目的を果たそうとする狩月は、この教室内にいる生徒たちを見渡していると、その場にいた静哉と自然と目が合った。

「狩月さん。お疲れ様です」

「……それで、呉宮覚さんはどこに?」

「……あそこです」

 狩月は静哉に促されるように、彼が指を差した方向に視線を動かすと、今度はその呉宮と目が合った。そして、獲物を捉えるような目つきで呉宮を睨んだ。

「呉宮覚さん、キミを宿木静哉君への殺人未遂により署まで同行させてもらいます」

「! ち、違いますよ……。な、なんで僕が……大体、証拠があるんですか!?」

「……ありますよ。オイ」

「ハッ」

 狩月に促されるように、監視官と思われる一人の男が透明のビニールに包まれた一枚の写真を持ってきて、彼に渡す。

 持ってきた写真を狩月は呉宮の前に見せた。その写真とは当然、あの事故現場のものだ。

「これは、事故が起きた当時の写真です。ここにあなたと思しき人物の姿が映し出されていました。しかも、こっちにも、ここにも……」

「…………!」

 次々と出される証拠の数々に、呉宮はワナワナと震え出す。先程までの余裕はほとんどなく、今の彼は、サスペンスドラマに必ず出るという、主人公に追い詰められる事件の真犯人そのものである。

「これで言い逃れはできませんよ。観念してください」

「ッ――!」

 精神的に追い詰められる呉宮に、狩月がトドメの一言を口にすると、呉宮は突然、静哉の方へと顔を向ける。その表情は、いつもの余裕とも見える笑顔ではなく、切羽詰まった怒りに満ちた表情であり、視線だけで殺すような目つきが向けられていた。

 静哉の近くにいた美琴が思わず、彼の後ろに隠れると、それが起爆のスイッチと言わんばかりに呉宮は静哉たちがいる方向とは逆の位置へと駆け出し始める。そこにいた数人の生徒を邪魔だと言わんばかりに無理やりどかし、教室から逃げ出した。

「――追え! 奴を逃がすな!」

「ハッ!」

 一瞬のスキを突かれた狩月は、すぐに警官たちを学校から逃げ出そうとしている呉宮を追いかけるよう指示を出すと、それに応ずるように十数人の警官たちは一糸乱れぬ動きで廊下を走っていった。

「「「「…………」」」」

 教室内に残された生徒たちはただただ無言となる。呉宮のあがきとも言えるそのみっともない姿は、もう彼らが認めるものではなかった。裏切られたかのようなその気分は、クラス全体の空気を沈ませるには十分であった。

「……さてと」

「イタッ! ちょっと、何を……!」

 一方で未だに教室の地面に膝をついている日見谷に視線を向ける静哉は彼女を腕を掴んで立ち上がらせると、彼女の方から引き剥がしにかかる。しかし、そこに狩月が後ろにいた。

「――――!」

「……キミにも色々話を聞かせてもらおうか」

「…………」

 狩月がいる方向に振り向いた日見谷は冷淡な表情をする狩月を見て、恐怖を感じたのか涙を浮かべ、両腕を地面に垂らす。

 抵抗する気力もないと察した狩月は彼女の両腕を掴み、残っていた警察官に引き渡した。

「オイ。お前らも何逃げようとしているんだ」

「「「!!」」」

 静哉の呼びかけに、なぜか教室の後ろに付いてあるドアの近くにいた天城たちはひどく動揺する。これまで自分たちがしてきたことを呉宮と同様に暴露されることを恐れたため、混乱に乗じて教室から逃げ出そうとしていたのである。

「まさか逃げられると思ってたのか? 言っとくが、お前らも警察にぶち込まれることになってるから」

「なっ!」

「では、少しご同行を願います。天城厳一さん、海老原景さん、染崎恭一郎さん……」

 このままズラかろうとしていた天城たちだが、そこにまだ数人の警官が廊下に留まっていたようで、逃げられないと悟り、その場を立ち尽くすしかなかった。そして、そのまま警官たちに取り押さえられた。

 その様子を見つめていた狩月の元に、一人の警官が近寄り、小声で彼に話しかけた。それをただ見ていた静哉は、狩月に向けて何を話しているかは分からないが、ただ何か起こったことは察し、あえて口にしなかった。

「! ……そうか、分かった。では、このまま……」

「…………」



「オイ、離せ……!」

 教室に踏み込んだ警官たちに取り押さえらせた天城たちは、理事長や一部の教師と同様に補導されていった。その際、自分たちがしでかしたことが警察にバレたため、一時は焦ったようだ。しかし、天城たちは教室を出て連れていかれるとニヤリと笑った。

「親に期待しても無駄だぞ」

「!」

「こちらから連絡すると、向こうからこれ以上は庇いきれないと言ってきたのでな。すぐには刑務所から出られんぞ」

「そ、そんな……!」

 胸の内に抱いていた希望すら奪われ、天城たちは自分にのしかかる理不尽・・・を認めず、暴れまくるも両腕を警官に組まれながらも連れられ、待機していた数台のパトカーに乗せられていった。

 その様を見届けていた狩月の元に、古宮が近くにやって来た。

「よう。お疲れさん」

「いえ、そちらこそ……」

「いや、あらたまんでいい」

 古宮に向けて頭を下げる狩月に対し、その古宮が気楽そうに話しかけると、狩月はすぐに頭を上げた。

「しっかし、こんなとんでもないものを釣り上げるとはな……。上から何か言われても、おかしくねえぞ」

「ですが、こんな不祥事を見逃せなど、警察としてはあってはならんことですよ」

「まあな。でも、市長やら政治家やらと、大物のご子息がやらかしてたとなると、あちらさんも気の毒だなあ。まあ、育て方がまずかったか、それとも……。さて、戻るとするか」

「……はい」

 古宮がそうボヤくと、すぐに狩月とともに学校から去ろうとする。

 しかし、気配を感じたのか狩月は、後ろに振り向くとそこに静哉が腕を組みながら立ち尽くしていた。

「見事な手際ですね」

 古宮が「ボウズ……」と呟く中、狩月は静哉に近づく。

「……まあ、キミがくれた情報のおかげで、この学校に踏み込むことができた。感謝する」

「いえいえ。まあ、こっちもまともに動けなかったものですから、お互い様ではないでしょうか」

「ハハッ、違えねえ!」

 実際、警察は黒鉄高校にイジメが流行っている噂をツイッターなどで確認したため、幾度かその聞き込みをしていたようだ。だが、その聞き込みを上から却下され続けていたため、迂闊にはこの学校に近寄ることができなかったのだ。

 その理由は当然、政治家である染谷の父親が権力を行使し、踏み込ませないよう学校や警察に圧力をかけていたのである。だが、今回ばかりはそう言ってもいられないほどのことが警察内に出回ってしまったため、もはや圧力もかけようがなかった。

 当然、天城たちの父親も同様である。

 ちなみに、天城たち三人がいなくなったことで残ったクラスメイトたちは思わずため息を吐いた。自分たちを長らく縛りつけていた鎖が消えたことにより、肩の荷が軽くなったのだ。理由はどうあれ、クラスに平和が戻った瞬間――ではなかった。呉宮の姿が見当たらないのである。

「ところで、まだ見つかりませんか」

「ああ。こちらの目を盗んで、いつの間にか姿を眩ませやがった。一体どこに――」

「待て!」

「!」

 教室から逃げ出した呉宮を発見できないことに古宮がため息をつきかけた時、馴染めのある声が後ろから聞こえてきて、三人は一斉にその方向へ顔を向ける。

 すると、その視線が向けられた先にある校舎の玄関から未だに逃走し続けていた呉宮と彼を追いかけていた三人の警官たちが出てきた。

 呉宮が逃走するところを、周辺にいた警官たちが取り押さえにかかるが、彼がこれまで好成績を維持し続けてきた持ち前の運動性により、ことごとく躱される。

「行くぞ!」

「ハイ!」

 数人の警官たちを通り過ぎたところに、古宮に続いて狩月も、彼を取り押さえにかかる。しかし、呉宮はサッカーのシュートの要領で、捕まえようとする古宮の右足に向けて強烈なキックをお見舞いした。

「グゥッ!?」

 その強烈なキックに、たまらず古宮は顔をしかめ、駆け出していたところを狙われていたために自身を支えていた軸足が宙に舞う。その間に呉宮は古宮を通り過ぎると、古宮は体の正面を地面にぶつけ、その後にやって来た足の痛みに苦しむ。

「このっ!」

 呉宮が古宮を躱したところに、今度は狩月が腰を下げて待ち構える。しかし、呉宮はニヤリと表情を浮かべつつ、彼との距離を縮めると、狩月が大きく広げた両手で左右から掴みにかかるが、一瞬、呉宮の姿が消え、見失う。その一瞬の出来事に、狩月は目を見開く。

「――――!」

 なぜかというと、狩月の手が届く瞬間、呉宮は上半身を左に揺らし、ちょうど狩月の腕の下へと躱しつつ、瞬時に左へと移動したのである。相手からすれば、その予想外の動きに消えたとしか言いようがなかった。

「なっ――!?」

 何が起きたのか分からず立ち尽くす狩月をよそに、呉宮は未だにその場に立っている静哉の元に走り出す。彼はこれまで見せなかった鬼気迫る表情で拳を握り締め、自分を追い詰めた元凶に殴りにかかった。

 しかし、静哉はこの場を数歩下がり、呉宮の拳を躱す。すかさず呉宮がまた殴りにかかるも、冷静に彼が繰り出すパンチを躱していく。

「どいつもこいつも、僕を悪者にしやがって! 荒谷やお前なんか、僕より下なんだ! 僕自身が人より下であってはならないんだ!」

「…………!」

 無茶苦茶な罵詈雑言が呉宮の口から吐き出され、拳を躱し続ける静哉は僅かながらに顔をしかめる。自分ならまだしも、美琴までもそういう風に見ていたのかと思うと、気分を嫌にせずにはいられなかった。

 しかも呉宮が繰り出している拳には、相手を潰したいという欲望が混じっており、どれも相手を踏みにじって優越感に浸りたいのが見え見えである。そんなものに静哉は当たりたくもなかった。

 それでも、呉宮は拳が届くまで殴りにかかる。そして、彼は気持ちを吐き出すように一度身体に溜めを入れ、先程よりも強い一撃を入れようとする。

「貴様は、ここにいてはならないんだぁ――――!」

「ッ――――!」

 より力を入れた拳が静哉の顔面に迫り、鈍い音が入る。ようやく静哉に拳が届いたのだと確信した呉宮は、静哉の想像通りにニヤけるが、次第に表情を落としていった。なぜなら、静哉に突き立てた拳は、その前に出された静哉の左手に阻まれていたのだ。

「ホント、バカとしか言いようがないな。これだったら、天城たちの方がまだマシだったんだが……お前はそれ以上に、淘汰される存在だってことだ!」

「グッ……!」

 拳を受け止めていた静哉の左手がさらに握られる。その強い握力に、今度は呉宮が追い詰められる。

「離せ! 放せと言うのが分からんのか!」

「何で放さなければならないんだ? お前はもう終わりだというのに……」

「ふざけるな! 僕が一番なんだ! 僕が一番偉いんだ! 僕より上の奴がいてはいけな――」

「うるさい」

 呉宮がさらに暴言を吐く所に、それを黙らせようとする静哉の右の拳が呉宮の腹を捉える。みぞおちがある所に入ったようで、呉宮は声を思うように出すことができず、その場に立ったままうずくまる。

「あが、が……」

「お前が何を言いようが、俺にとっては痛みでもない。だが、貴様を放っておくわけにはいかんけど」

 呉宮が苦しみながらも頭を上げようとした矢先に、静哉は彼の首を掴んで片手で持ち上げる。その持ち上げた手でさらに締め上げた。

「ッ――!」

「汚らしい声、出すんじゃねえよ!」

 締め上げながらも声を出す呉宮に、静哉は怒りを込み上げ、強く握りしめた拳を呉宮の顔面に殴りつけた。その際、ドゴンッ!と痛々しい音が鳴り響き、その勢いで呉宮の身体が宙に舞う。

 そして、呉宮は再び彼を捕らえようとしていた狩月たちの元へと投げ捨てられるように地面に叩きつけられ、彼の意識はそこで途切れた。

「…………。! か、確保ォ――――!」

 ピクピクと呉宮の身体が震える一方、それを見つめていた警官は、我に返るとただちに呉宮の身柄を捕縛しに声を上げ、その場にいた同僚たちと共に駆け出していった。

「…………」

 呉宮を完膚なきまでに圧倒した静哉は、彼が警官たちに取り押さえられる様を見つめた。

 その一方で、彼を取り押さえる警官たちの間から割り込んできた狩月が手錠を取り出した。

「失礼。呉宮覚、事故に装った高校生殺害未遂により、逮捕する!」

 狩月は気を失っている呉宮の両手にはめるち、二人の警官が呉宮を抱え、近くにあったパトカーに向かう。これで呉宮は警察に逮捕されることとなり、騒動は沈静した。

「フゥー。…………」

 呉宮がパトカーに入れられるのを見て、静哉は肩の荷を下ろすように息を吐き出す。そこに狩月が静哉へと近づいてきた。


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