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第四話 煙龍の祟り

 遺体を龍のオブジェから降ろすのには、随分と時間がかかった。

 まず、オブジェ自体が高所にあり、浮遊魔術や登攀技術では接近することが極めて難しく、足場を作るしかなかったからだ。

 資材を都合し、急ピッチで土台を組み、結局ゴドーさんの遺体を検分出来たのは、半日以上後のこと。


「ではクレエアの。息子がなぜ命を失ったのか……その真実を突き止めてくれたまえ」


 当然ご遺族や関係者の方に調査を(はば)まれるだろうと予想していた私は、呆気にとられることとなる。

 犯罪王ゾッド・ヴァーンさん自らが、私に調査をお願いしてきたからだ。


「待ってくれないか親父。兄貴のことだ、きちんと煙龍会(うち)で決着を付けるべきじゃないか?」


 魂でも抜けたように座り込んでいたシャオリィさんが、ゆらりと立ち上がり、養父であるゾッドさんへと食ってかかる。

 彼の心情は、さすがにくんでしかるべきだと私ですら思う。


 確かに私とエドガーさまは、事件解決のためこの地へと呼ばれた。

 だが、それは人死にとは無縁のものであったし、とっくに解決を見ている。

 しゃしゃり出ていいものだろうかと、迷いもする。

 だが。


「小鳥よ、望む道を征け」

「閣下?」

「元よりお前は〝明かすもの〟。謎を前にして足踏みは似合わぬ」

「ですが……」

(おもんぱか)ることはあの伊達男にも出来よう。慰めも、手向けも。だが、真実へのしるべは、お前だけが握っている。違うか?」

「――はいっ」


 本来ならば正しくない言葉は、けれど強く私に響いた。

 心の奥底から湧き上がってきた熱い感情。

 それが好奇心であったのか、もっと別の名前を帯びていたのか、確認することは出来ない。

 けれど、自然と足が一歩、前に出る。


「ゾッドさん、ご依頼、(うけたまわ)ります。この場で起きた事件を、きっと解き明かして見せましょう。そのためにも、ゴドーさんの遺体を検分させていただきます」

「レディーまで!」


 シャオリィさんが苛立ち混じりの顔で、私の前に立ち塞がる。


「待て、伊達男」

「……っ」


 そんな彼へと閣下は近づき、耳元で何事かを呟いた。

 糸目の第二席は私を見詰め、唇を噛み、やがて納得して引きさがってくれた。

 ゆえに、私はさらなる前進を行う。


 この祭殿に居合わせた全てのものの視線が集中するのを感じながら。

 ただ、謎を解くために。


「失礼します」


 両手に黒の手袋を装着。

 一度祈りを捧げてから、ゴドーさんの遺体と向き合う。


 着衣の乱れはある。争った形跡だろうか?

 見える範囲で打撲痕や傷は見られない。

 いや、待て……?


「これは……」


 よく目をこらすと、髪や肌、服に土埃のようなものが付着している。

 理由は不明。地面をのたうち回った? 違う気がする。


 服装については、祭服だ。

 持ち物はこれと言ってない。精々ハンカチぐらい。

 服を脱がすため、さらに身を寄せる。


 鼻先を、何かの香りが(かす)めた。


 ほんの僅かな、どこか甘い、スッとする、清涼感を伴う匂い。

 どこで嗅いだのだったかと考えるが、すぐには思い出せない。

 思い出せないまま、祭服へと手をかける。

 当然ながら死後硬直が起きており、脱衣には閣下のお手を借りることになった。


 全身に施されたドラゴン・タトゥーが明らかになる。

 だが、それ以上に目をひいたのは、大量の溢血(いっけつ)

 あちらこちらに死斑が見られ、色は暗い紫色。

 ……服の内側にも僅かな汚れが確認出来た。

 これが意味するところは何か。その思考を、いったん頭の隅に追いやりつつ検討を続ける。


 専用の器具で口蓋を開き、内部をチェック。

 奇妙な臭気などは確認出来ないが、ここにも溢血が。

 つまり、毒物による殺人という可能性は少ない。

 ならばどうやって彼は死に至ったのか?


 顔全体を観察。

 顔面に張り付いているのは、これだけの時間が経ってなお薄れない恐怖――(おそ)れ、(おのの)き?――の表情。

 眼球は既に乾ききっていた。


「レディー、オレは君を疑わない。証拠を隠蔽するなんて考えない。ただ、せめて兄貴の」

「……そう、ですね」


 ゴドーさんの両の瞼を、ゆっくりと閉ざす。

 その、死後の安寧を祈る。


 立ち上がり、思考を再開。

 なにも、なにひとつ明瞭ではない。

 状況から見て、間違いなくゴドーさんは誰かに殺された。

 でなければ、あんな高所に一人で登って自殺したことになるが、その方法が存在しない。


 無傷で、毒も使わずに死ぬ方法。

 そして無数に出来た死斑。

 ここから導き出される答えは窒息で――


「――煙龍よ」


 ぽそりと呟かれた言葉に、関係者達が一様にビクリと身を震わせた。

 見遣れば、沈黙をこれまで守っていたタルバさんが爪を噛み、ガタガタと震えながら、同じセリフを繰り返す。


「煙龍が出たのよ……」


 それは。


「空に連れ去るもの、煙龍ディブロムジカがやってきて、兄さんに天罰を下したに違いないわ!」


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