第二話 口説き文句と妾と〝結社〟
「おっと、それとも手っ取り早い方が好みかい? たとえば俺の〝妾〟になるとか」
禿頭を撫でながら繰り出されたゴドーさんの世迷い言。
意外なことに、シャオリィさんはこの口説き文句へ異議を唱えた。
「待ってくれ兄貴。彼女を抱きたいって言うのか!?」
「なにか問題が?」
「大ありだろう!」
吠える糸目の彼へ。
禿頭の第二席はやれやれと頭を振ってみせる。
「お嬢ちゃんが辺境伯夫人の時点で、俺であろうがお前であろうが、手を出すことは不道徳だろうがよ。だったらいまさら、何を憚る? 俺たちは犯罪王の後継者だ、思うさま埒を明けずにどうする!」
至極もっともな意見だが、さすがに倫理観が終了しているので頷けない。
だが、シャオリィさんにとってはそうではなかったらしく、ぐぬぬと歯ぎしりしながら引っ込んでしまった。
いやいや、先ほどの会話とかもあるし、もう少し頑張って欲しい。
なんて考えていると、ゴドーさんがニチャリと好色そうな笑みを浮かべた。
「そういうわけでな、早速寝室に来ないか? 天上の快楽を与えてやるぜ?」
「私のような容姿の人間に、なぜそこまでこだわられますか?」
「……奇妙な謙遜をする娘だ。ふん、俺はコレクター気質でね、辺境伯の妻、というだけで妾のひとりに加えたくなる」
それは言外に、もっと別の理由があると言っているようなものだろう。
真意を見定めるため、私は彼の瞳を直視し。
じっと、見詰め続ける。
「ほう……この状況で逃げ出さねぇどころか挑みかかるような目つき。いいねぇ、気に入った! 収拾の価値があるぜ、お嬢ちゃん。じつにおもしれぇ女だ」
「お誉めに与り光栄です、推定〝次代の犯罪王〟さん」
「皮肉まで返すかよ、ますます惹かれちゃうね。やっぱり、並べて置いておきたいよなぁ」
……なるほど、そういうことか。
おおよその見当がついたので興味が尽きる。
お断りの返事をしようと言葉を探していると、シャオリィさんが私を庇うように前へと身を乗り出した。
「兄貴、いつまでくだらないことを言ってるつもりだ? そろそろ第二席として、〝結社〟の司祭と会合の時間だろ。さっさと行けよ」
「おっと、もうそんな時間か。だが、少し遅れていくぐらいでいいのさ、どっちが上かを教えてやるわけだ」
豪放磊落に笑うゴドーさん。
だが待って欲しい。
いま、〝結社〟と言ったか?
「ん? ああ、そういう関係か……。お嬢ちゃん、案じることはないぜ。辺境伯殿の目下最大の敵である〝結社〟と、煙龍会は不可侵協定を結んでいるのさ。あちらが今回の〝投票〟に口出ししてくることは絶対にないね」
「ではゴドーさん、司祭というのは」
「文字通り、次期犯罪王選定の儀式を執り行う役職だ」
それを〝結社〟が?
であるなら、十分な干渉ではないのかと考えて、思い至る。
「掟、ですか」
「そうさ、煙龍会は掟と許しの互助組織。古の昔から、俺たちは自分が神さまだと錯覚しないように、対抗勢力の一端を監視役として招き入れてきたのよぉ。そうさ、本来ならその位置に座っていたのは――」
禿頭の第二席は、私を指差す。
悪徳の家系、クレエアの末裔たる私を。
「つまり、お嬢ちゃんの投票権自体は、その代替で与えられたものだってことだ。だから気前よく、本番では俺に使ってくれよ?」
ねちっこい視線を向けてくるゴドーさん。
これに、糸目の第三席が反発した。
「悪いが、犯罪王になるのはオレだ、兄貴。どんな手を使ってでも勝ち上がって、現状を変える。〝結社〟との関係だって破壊するさ。あいつらは……どうにも悪意が過ぎている」
「その理想を叶えたいなら、最有力候補、つまり俺を暗殺でもするんだな。まあ、お前には出来ないか。悪党らしさが足りないからな!」
そんな皮肉を楽しそうに、本当にうれしそうに告げて。
そうしてゴドーさんは去って行く。
彼の後ろ姿を見詰めながら歯ぎしりするシャオリィさん。
このときの私は、知るよしもなかった。
ゴドー・ヴァーン。
彼が翌日、祭祀場において。
驚くべき姿で、遺体となって発見されることを。
私はまだ、知らなかった。




