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ナイル河の東岸は生者の町、西岸は死者の町は正しいのか ⑩
古代エジプト人にとって墓というものは現代に生きる者たちよりずっと大事だった。
なにしろ彼らは永遠というものを信じており、その彼らにとって様々な儀式をおこなう埋葬施設は失われてはならぬものだった。
そのため、そのような場所は毎年訪れるナイル河の氾濫に影響しない場所につくる必要があった。
これが第一条件。
それに続くのが、自らの活動拠点に近しい場所に埋葬施設をつくることだったように思える。
もちろんこのふたつにも例外はあるが、基本はこのようなものだったのだろう。
では、墓をナイル河西岸につくるというのはどうか?
これは王墓という括りをすれば、アクエンアテンのような例外を除けば守られている。
つまり、太陽が沈む西側はあの世に近い場所という思想があり、基本的には墓は西側につくるというのが基本だったと思われる。
ただし、何度も言うようではあるが、理想と現実、その二者択一を迫られれば、後者を選ぶ。
古代エジプト人も意外と現実主義者だったようにも思える。




