第6話~導き出したもの~
じめじめとした梅雨が終わり、
季節を彩る花が紫陽花から向日葵へと変わる。
ギラギラと眩しい太陽が地面を照り付けて、
気温は30度を超えるのが当たり前。
そんな自己主張の強い太陽がようやく姿を隠す時間に、
俺は大学生活のオールスターとも言えるメンバーと待ち合わせをしていた。
最後の一年で見えてきた何かが今日変わる。
そんな予感が頭を過ぎる特別な日に、
俺はいつも通り、集合時間の5分前に待ち合わせの場所に到着する。
そんないつも通りの俺を最初に迎え入れたのは思わぬ人物。
以前の飲み会で俺を"機械みたいな男"と言った杉山だった。
杉山と目が合った瞬間、気まずい空気が流れる。
そもそも、杉山って今日来るメンバーに入っていたのかよと、
一人、脳内で突っ込みを入れながら、冷静に対処しようと試みる。
「やあ、久しぶり。他のメンバーはまだ来てないの?」
まさかこんな最初から予想外の相手に気を使うことになるとは。
あの時のことはなかったように、何気なく話しかける。
「久しぶり。元気にしてた?」
この女は相変わらず俺の質問に対しての答えが返ってこないな、
と思いながら、
「元気だったよ」
と差し当たりない返答をする。
このまま二人で黙り込んでいるのも気まずいことこの上ないので、
いじる必要のない携帯電話を取り出して、
メールの受信箱を確認して時間を潰す。
そんな無意味な時間を数分間過ごしていると、
「やっほー」
と言う聞きなれた声が聞こえた。
今日のキーマン、神大寺だ。
「よう。浴衣を着てきたのか。似合っているね」
「ありがとう。折角だからね。来年もこんな風に出来るか分からないしさ」
少しハニカミながらそう言う神大寺。
愛かわずの黒のショートヘアーに、
新鮮な青を基調にした浴衣を着る彼女は、
いつもに増してキレイに見える。
そんな風に思う自分自身をなんだかなと思い、内心苦笑いをした。
神大寺らが来てから数分後、
篠原が多くの人間と斉藤を引き連れて到着して、
次に彼らとほぼ同時に白幡が到着。
「あれ?お前も浴衣で来たのか」
神大寺と違い、白を基調にした浴衣姿で現れた白幡に言う。
「何?私が浴衣で来ちゃ悪いわけ?」
憮然とした表情で白幡が言う。
「いや、そういう訳ではないけど、仕事帰りに来るのかと思っていたからちょっと驚いた」
「忙しいとは言っても、休日くらいはあるよ。そんなことより、あの友達らを紹介してよ」
篠原が引き連れてきた、
白幡にとって初対面の人のほうを見ながら俺に言う。
「そういう役割は俺よりも篠原のほうが向いているよ」
「確かにね。ちょっと向こうに行って来る」
白幡は俺にそう言うと、篠原の近くに行き、篠原に声を掛ける。
篠原が白幡と少し話しをした後に、
白幡のことを少し大袈裟に友人らに紹介してする。
すると歓声が沸いて、名刺が欲しいとか、
就職活動のサポートをお願いしますだとか、
白幡の周りに人が集まりだした。
そういった状況に笑顔で対応している白幡を、
少し離れた距離から眺めながら、
有名人というのは大変だと、少し彼女に同情しつつ、
未だに現れない三沢と浦島を待つ。
「やあ、やあ。お待たせ」
待ち合わせ時間から3分遅刻して三沢と浦島が到着。
いつも時間にルーズな彼女らに、
いちいち腹を立てても無駄なことを理解しているから、
文句を言うことはなかったものの、
少しも悪びれていない様子を見ると、
もう少し考えて欲しいものだと思う。
まあ、今日はそんな事よりも神大寺と斉藤だ。
あの二人と俺を含めた微妙な三角関係を
早いところ終わらせる必要がある。
俺の決意が揺らぐことはない。
神大寺と斉藤をいかにして盛り上げてやるかが俺の役目。
とはいえ、もちろん、彼らの意思に反して俺が暴走するのはタブー。
近くで談笑を続けている友人達の様子を見ながら、
自分の思いつく範囲のシュミュレーションを再確認。
例え予想外の出来事が起きたとしても対応可能だ。
「そろそろ出航時間になるよ」
俺がそう友人らに告げると、
今夜のメインイベント花火クルーズの会場へと移動を開始する。
正直、花火がキレイかどうかなんてことよりかも、
自分の周りの人間の思惑が気に掛かる。
篠原が俺達に干渉することはまずない。
彼はそういうタイプだ。
三沢と白幡は俺と神大寺をくっつけようとしてくるかもしれない。
そして三沢がそう動けば浦島も同様だ。
斉藤はどう動くのか。
まさか今日告白するとは思わないが、何かしら大胆な行動をとるのか。
彼の性格からするとその可能性は低いと思うが、ゼロではない。
そして、問題は神大寺だ。
彼女は俺や斉藤のことをどう思っているのか。
俺のことを悪く思っているとは思えないが、
斉藤の事はどう思っているのだろう?
そんなことを考えながら船に乗ろうとすると、
ふと神大寺と目が合う。
「席とか決まっているの?」
「いや、貸切だし、何処でも好きなとか座ればいいと思うよ」
「そっか。それにしても篠原君って本当に友達多いね、会う度に連れてきている人が違う人で驚くよ」
「ははっ。あいつの携帯電話の中身を見てみたいものだね」
「桁が違いそうだね」
彼女と話しながら乗船すると、
自然の流れで彼女の隣の席へと座ることになる。
悪い気はしないが、斉藤は何処へ行ったんだ?
ここで俺と神大寺が親密になったら話がややこしくなってしまう。
「ちょっと他の連中の様子を見てくる」
俺はそう理由をつけて席を立ち、斉藤の姿を探す。
定員50名ほどのこのクルーザーならすぐに見つかる。
視線の先に映った彼のポジションは不動の位置の角の席。
彼の周りに座っている人とも彼と仲がよい感じではなく、
孤立化している斉藤を見て、
ここまで来てお前は何をやっているのかと説教をしたい気分になる。
「おい、斉藤。あっちに神大寺とかいるから向こうに行こうぜ」
「あっ、そうなんだ」
俺が彼を半場強制的に低位置から連れ出すと、
白幡が俺に話しかけてきた。
「いたいた。六角何処にいたの?」
「ああ、あっち。俺は取り敢えずはあっちの奥のほうで見ようと思っているけど、始まったらどうせ移動したりしそうだから適当でいいんじゃね?」
「そうね。ゴローは放って置いてもいいとして、双葉は?」
「ああ、神大寺もあっちにいるよ」
それじゃあと白幡も俺と斉藤に混ざって、
神大寺の座るほうへと移動を開始する。
都合よく、近くに空いている席が3つあったのでよかった。
「花火大会は何度か見に行ったことあるけど、船から見るっていうのは初めてだよ」
出航時間を過ぎて船が動き出すと、
目を輝かせながら神大寺が言う。
「去年やって凄いよかったからね。今年もみんなで行こうという話になって企画したんだ」
「まさにVIPね」
「この中では白幡が一番のVIPだろう。」
「どうかな?私も去年が初めてだったし、六角が思っているほどゴージャスな生活を送っているわけではないよ。昨日の夕飯は丸美屋の麻婆豆腐だったしさ」
「それは庶民の食べ物だな、斉藤は?」
「えっ何が?」
俺が斉藤に話題を振ると、
キョトンとした顔でそう答える斉藤。
「いや、昨日の夕飯なんだったんだと」
「ああ、俺は…シチューだったかな?」
「自作?」
「そうだよ」
「自分でシチュー作るって凄いね。元から全部作るの?」
神大寺が斉藤の言葉に反応する。
「うん。ホワイトシチューだったからバターと小麦粉を炒めて、透明になってきたら牛乳を足して―」
「本格的だね」
「よかったら今度作ってもらったらどうだ?おすそ分けで」
「いいね。私の家の食卓が彩るよ」
船が動き始めて5分と経たないうちに、
簡単な軽食と供に飲み物を飲みながらの会話が弾んでいると、
篠原が乾杯の音頭を取りはじめ、船内がドッと盛り上がる。
乾杯が終わり落ち着いた頃、
船長から花火開始が間もなくであることが伝えられると、
皆それぞれ席を立ち、
キレイな夜景を背景にして見える花火を今か今かと待ちわびている。
「あの辺りが良く見えそうだよ」
斉藤が指差す方向に神大寺が移動しようとするとき、
神大寺が俺に向けて手を差し伸べて言った。
「六角も一緒に行こうよ」
俺が少しだけ手を伸ばせば届く位置に、
彼女から差し出された手がある。
掴むことは容易だし、きっと本当は俺自身がそうしたいと思っている。
だけど、それを掴むわけにはいかない。
「ああ、後で行くよ。とりあえずこれを飲み終えてからさ」
テーブルに置かれた飲み物の中身が
まだ残っていることを神大寺に見せて、軽く一口飲む。
「そう、じゃあ向こうで待っているよ」
そう言う彼女の顔がほんの少し寂しそうに見えたのは俺の錯覚か。
こちらに背を向けて斉藤と二人で夜空に打ち上げられた花火を眺める
神大寺の姿が目に映る。
そんな姿を眺めながら、
これでよかったんだと自分に言い聞かせて、
また一口飲み物を口に含む。
残っていた中身はほとんど氷が解けただけで、
味なんてほとんどない。
「行かなくていいの?」
俺の横に座っている白幡が冷ややかな言い方で俺に言った。
「ああ、まだ始まったばかりだしな」
「全く…、何やってんだか」
きっと白幡は全てを察した上で、
こう言っているのだろう。
味気のない飲み物の代わりを頼むわけにもいかず、
花火を見るために移動するわけにもいかない。
手詰まり状態の俺の横に白幡がいてくれたのはせめてもの救いだった。
「お前は見に行かないのか?」
「ここからでも良く見えるし、一人ぼっちになった寂しい友人を置いていくわけにもいかないでしょ」
彼女の言葉に対して、苦笑いするしかない。
「高名な白幡奈々子さんをエスコート出来るなんて俺は幸せ者だよ」
「本気でそう思っているなら、もう少し丁重にもてなしなさいよ」
「違いない」
俺と白幡が話していると、
横に座っていた篠原の友人が話しかけてくる。
「白幡さんって彼氏とかいるんですか?」
「いや、いないよ。今は仕事が恋人だから」
突然の質問に平然と答えを返す白幡を見て、
こういう対応にも慣れているんだなと思う。
「なんかあまり知らない世界の人間に感じていたんだけど、話してみると私達と同じ普通の20代の女性なんですね」
「そりゃね。私なんて全然一般人だよ。私よりも篠原や六角のほうがよほど変わった人間だと思うし」
「確かに」
俺を目の前にして二人して変わり者されるとは。
否定はしないが褒められた気分ではないな。
「まあ、変な先入観みないでちょうだいよ。私に限らず他の人に対しても」
「ですねー」
そこまで話すと二人の会話が途切れて、
白幡に話しかけていた女性も、
より花火がキレイに見れる場所へと移動してしまった。
ついに氷も無くなったグラスを片手に遠くを眺めていると、
白幡が言う。
「そろそろいいでしょう。私達も移動しない?」
「そうだな。ちょうどデカイのが上がり始める頃っぽいし、行きますか」
俺よりも先に移動する白幡についていくように移動する。
白幡の更に先には、篠原と浦島、神大寺と斉藤の姿が見える。
花火大会も中盤戦。
カムロと呼ばれているらしい、
花弁が垂れ下がる様な息の長い花火を見て、
すぐに消えることなく、
ゆっくりと消えながら美しい光の線を作り出す形もあるのだと、
感傷に浸りながら、白幡と一緒に眺めていた。