第7話~夏の終わり~
色とりどり、種類もよりみどりの花火が夜空を照らし、
その光が船を明るくすると、
一瞬の間、暗くてよく見えなかった人たちの表情が見えて、
またすぐに暗闇の中に消える。
これだけ華やかな花火よりも、
船内を眺めているのは俺くらいなものだろうと思っていたが、
そんな俺と神大寺の目が合う。
このとき、どんな想いで彼女が俺の見ていたのか。
色々な予測は出来ても、
それが正しいかどうかなんていうのは分からない。
俺が分っている真実は、
さきほどまでは手を伸ばせば届く距離にいた彼女と俺との距離は、
今は5メートルほどまで離れた距離になっていて、
俺の横には白幡、彼女の横には斉藤がいる。
ここまで、物事は俺の思い描いていたシナリオ通りに進んでいる。
今まで自身の才能に感謝することは多々あったけれども、
こういう才能は恵まれていないと思っていた。
だけどそんなこともないんだなと自画自賛しつつ、
なんとも言えない虚しさも同時に感じる。
見もしない花火を見るために、
わざわざこんなところに居る必要はないなと思い、
さきほどまで座っていた座席に戻り、
お決まりのジントニックを注文する。
それを少しだけ口に含み、
自分の頭がアルコールに支配されていないことを確認して、
大きく深呼吸する。
俺の頭は正常だ。
何も問題はない。
「花火は見飽きた?」
花火の上がる方向と反対側の海を眺めていた俺に、
話しかけてきたのは三沢だった。
「飽きてもいないけど、必死で見るものでもないなと思って少し休憩中。浦島たちと一緒にいたんじゃなったのか?」
「弥生は篠原と一緒だから私が邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「そういう気遣いが出来るなら、もう少し俺にも気をつかってくれればいいのにな」
「何?なんか傷つくことでもあったわけ?」
「いや、特に何も」
軽い冗談で言ったつもりが、
重く感じる雰囲気になってしまい失敗したなと思う。
「じゃあ、必要ないね。助けが必要ならいつでも言ってくれれば、相談くらいは乗るよ」
「そりゃどうも。でも、世の中には苦しいときに、助けて欲しいと言えない人間も沢山いるんだぜ」
「まるで私のような人ね」
そう言って、遠くを見る三沢の言い方が、
嫌に弱々しくみえて心配になった。
「なんかあったのか?」
「別に何も」
さっきまでと俺と三沢の言っていることが逆になっただけ。
ということは、何かあったのかもしれないなと推測する。
では、俺は三沢にどんな言葉を掛けてあげればよいのだろうか?
そんなもの…分かるはずない。
誰かに優しい言葉や、
明るい話題を提供してもらったところで無意味だろう。
俺の頭の中に、三沢を手助けする術はない。
無言の時間が数分続いた後、
あまり長い間、
白幡を置いてけぼりにするわけにもいかないなと思い、
三沢に声を掛ける。
「そろそろ俺は戻るけど…三沢はどうする?」
「私は飲みもの貰ってからにするよ」
「そうか、それじゃあまた後で」
海の仕返しのことも考えていたが、
今の三沢を見る限り、
とてもそんなことが出来る雰囲気ではない。
大丈夫かなと心配しつつも、俺は白幡の元に戻る。
白幡の元に戻った俺を出迎えたのは、
白幡一人だけでなく、神大寺と斉藤、
それに篠原と浦島まで加えた5人になっていた。
少し目を放している間に、
随分と状況が変わってしまったようだ。
「何処に行っていたんだ?」
篠原が俺に言う。
「ドリンクが切れたから取りに行ってきた」
白幡のほうを見ると、
浦島と神大寺と話しながら一緒に花火を見ている。
誰かが一人ぼっちになった白幡に気を使って人を集めたのだろうか。
だとしたら、その人物にお礼を言わなければいけないな。
少しの間、女3人と男3人に分かれて花火を眺めることになったが、
ハッキリ言って、
男同士で花火を見たところで面白くもなんともない。
それは俺に限ったことでなく、
他の2人も同様のようだった。
「なんだか3対3の合コンみたいだな」
篠原が女性陣を見つつ言う。
「合コンで花火大会を見に行くかね?」
彼の意見を否定的言う。
「結構あるんじゃない?俺はやったことないけどさ」
「なかなか盛り上がりに欠けそうな合コンだな」
「うわーキレイ。君のほうがキレイだよとかそんな会話かな?」
斉藤が発したどこかで聞いたような台詞。
「なんて安っぽいドラマのような台詞だ。そんなベタな展開はないだろう」
「で、合コンだとしたら…」
篠原が一息ついて言う。
「俺は浦島狙いだとして、お前らは誰狙いなんだ?」
今の状況を知った上で言っているのかどうか分からないが、
篠原がとんでもないことを言い出す。
それに俺達と彼女らの距離はほんの数メートルあるかないか。
意識をこちらに向ければ、
会話の内容が聞こえていたって不思議じゃない。
斉藤が俺のほうをチラリと見る。
「正直俺は誰狙いでもないが…敢えて言えば白幡かな?敢えて言えばだけどな」
「そういや、白幡って高校のときお前のこと好きだったんじゃなかったっけ?」
篠原が言う。
「なんだそれ。そんな話聞いたことないぞ。それにそういうのなかったから未だに仲がいいんじゃないの?」
「それじゃあ今は?」
「さあ?少なくとも俺にとって白幡は友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。イコール友人のいい友達だよ」
「そうか。まあ、あいつの彼氏は大変だろうなー。あいつ自身が立派すぎるもんな」
そこで会話が一区切りして、少しの間が空いたあと俺が斉藤に言う。
「斉藤、お前はどうなんだ?」
「俺?」
「ああ、お前は誰が好きなんだ?」
誰狙いなんだではなく、
誰が好きなんだと聞いたのは俺の意図的なアドリブだ。
俺は斉藤の口から直接に、
神大寺が好きだと聞いていない。
だから斉藤が間違いなく神大寺のこと好きなんだということを、
確認しておきたかった。
「俺は神大寺。神大寺のことが好きだ」
思っていたよりもずっと、
ハッキリと強い口調で斉藤は言った。
これだけ強い意志があるのであれば、
間違いなく真剣な思いなんだろう。
「全員バラバラだな、ならば―」
篠原が言う。
「皆それぞれ、自分の道を突き進むのみだ」
男3人、女3人でキレイな六角形を作るようにして、
輪になって花火を見る。
「なんだか大学生として過ごした4年間もあっという間だったな」
「そうだな。入学した頃が懐かしく感じるというよりも、ついこの前みたいだ」
篠原が言う言葉に相槌を打つ。
「大学で学んだことといえば、お酒を飲みすぎると気持ち悪くなることくらいだったな」
「それは浦島がちゃんと授業を聞いていないからだろう」
珍しく斉藤からの突っ込みが浦島に入る。
「白幡、大学卒業できそうなのか?仕事もあってなかなか厳しいんでしょ?」
「まあね。でも単位は足りているし、卒論さえ問題なければ平気だよ。私立だから融通が利くし」
「そうか、良かったな」
俺と白幡が話していると、篠原が言った。
「卒業したらやっぱり、そのまま仕事を続けるのか?」
「うん。いまさら投げ出すわけにもいかないし、嫌なこともあるけどやっぱり楽しいよ」
白幡のこういう言葉を聞くと、
彼女は俺達よりも一歩先を行っているなとしみじみ感じる。
「篠原は商社に決まったんだったな。浦島は保険会社、斉藤は物流か。みんなバラバラだな…。神大寺は決まっているんだっけ?」
「私はCM製作会社だよ。六角は決めたの?」
神大寺が俺に尋ねる。
この中で自分の将来を決めかねているのは俺だけか。
「親の会社を継ぐか、あるいは内定もらっている会社に行くか…」
「独立開業は?」
白幡が言う。
「アイデアがないからな。まさかファンドを立ち上げるわけにもいかないし」
「じゃあ、私のところに来る?」
「役員待遇だったら考えておくよ」
冗談を言って流しておいたが、
そろそろ本気で決めないとヤバイ。
親のコネで生きていくなんてまっぴらだし、
白幡と一緒に働くのは悪くはないが、
友人の力で偉くなったって俺は満足出来ない。
ならばやはり自身の力で切り開くのみか。
花火が始まる当初は、
神大寺と斉藤のことばかりで頭がいっぱいだったが、
こうやって気の合う者同士で気兼ねなく話していると、
そんなことであれこれ考える必要なんてないんじゃないかと思い始めた。
そんな矢先だった。
「ナナって仕事忙しくて彼氏作らないの?」
浦島が白幡に言う。
篠原が少し驚いた顔をした後、
俺のほうを見てニヤニヤと笑っている。
こいつ、完全に楽しんでいやがるな。
「仕事が忙しくってというわけではないけど、今はいいかな」
「そっか、双葉ちゃんは?」
「私は…、どうかな?」
俺からしたら完全に地雷を踏んでいる浦島。
だが、彼女はそんなことに気づくことなく、
地雷原に突撃を続ける。
「えーっ、どうかなって。候補でもいるの?」
斉藤の様子が気になり見てみると、
明らかにソワソワと小刻みに動き続けている。
満員電車でそんな行動をしたら、
職務質問を受けるレベルの挙動不審さだ。
「まあ…候補ってわけじゃないけど…好きな人はいるよ」
ここでまた篠原と目が合う。
おいおい、お前はこいつの彼氏だろう。
そろそろ止めたほうがいいんじゃないか?
そんな考えをテレパシーで篠原に送ったものの効果はない。
「へえー、誰?私の知っている人?」
ジントニックの氷が解けて心地よい音が響く。
花火は相変わらず美しく夜空を照らして、
見るものを魅了している。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺の意識は神大寺が発する次の言葉に全てを集中していた。
「それは内緒」
「えー、教えてよ」
「また今度ね」
浦島の質問を交わして、その場を流した神大寺。
とはいえ内緒ということは、
この場にいる可能性が高いと考えるべきか。
「じゃあ、斉藤はどうなの?」
浦島のターゲットが神大寺から斉藤に移る。
また篠原と目が合うが、
今回は篠原もヤバイと思ったらしく、
さっきまでの楽しんでいる雰囲気から、険しい表情に変わった。
「そういう質問は自分が答えてから聞くべきじゃないの?」
その場をしのごうと、俺が横から口を出す。
「私から?私は吾郎が好きだよ。で、六角は?」
「そんなみんな分かりきった答えを言えばいいなら浦島が有利すぎる。もう少し平等にしないと」
「私は隠し事なんてしていないよ。だったら何か質問してくれれば何でも答えるよ」
俺は浦島に聞きたいことなんてなんもないし、
そんな暴露をしあうことなんざ望んでいない。
ここは手段は選ばずに、とにかくこいつを黙らせることにする。
「じゃあ、19835×572×4667は?」
「はっ?」
「質問には何でも答えるんだろう?だから19835×572×4667の答えは?」
「そんなの分かるわけないでしょう。頭おかしいんじゃないの?」
「俺なら答えられるさ。なんにせよ、お前が質問に答えないなら、俺も答える必要は無いな」
「弥生、やめといたほうがいい。こいつと理屈で勝負するだけ無駄だ」
篠原が浦島を諌めて、ひと段落。
篠原はかなり酒に酔った浦島を適当な理由をつけて、
この場から連れ出して、席を離れる。
「ねえ、六角。一つ聞きたいんだけどさ」
残ったのが4人になると、白幡が言う。
「ん?」
「友人とゲームして、わざと勝ちを譲ってもらってうれしい?」
意味深長な発言だ。
「いや、うれしくないね」
「私も同じだよ。ほとんどの人がそうだと思う」
「そうだろうね」
それで、それがどうしたの?と聞かなくとも、
彼女の言わんとしていることは理解出来た。
だが、ゲームでもなければ勝ちを譲っているわけでもない。
「だけど、友人がゲームをしていれば応援するものだろう」
「そうね。それが敵でなければだけど」
「敵なんかじゃないよ。優先順位の問題だ」
「なんだか、ナナと六角って本当に付き合ってるみたいだね」
神大寺がクスクスと笑いながら言う。
「どんなところが?」
俺と同じように不服そうな顔をする白幡。
「お互い言いたいこと言い合っているからさ。そういう関係が羨ましい」
神大寺は以前にも同じようなことを言っていた。
田舎から出てきたからとは言っていたけれど、
友達が少ないようにも見えないし、よく分からない。
「神大寺はどうなの?そういう人はいないの?」
斉藤が神大寺に言う。
「いない…かな?友達もいるけど、ナナと六角とは違うよ」
「さっき言っていた気になる人っていうのは?」
「どうなんだろうね?分からないや」
こういうときの女の考えは分からない。
それは神大寺に対しても同様だ。
「さっき六角と篠原と斉藤で、誰が好きかとかそんな話してたでしょ?ちらっと聞こえちゃったんだよね」
会話が途切れたところで、白幡が言った。
聞こえてしまっているのなら、誤魔化しようがないが、
何もここでそんなことを言わなくてもいいだろうと思う。
「俺が白幡って言っていたこともか?」
なんでもないように平然と応える俺。
「いや、そこのところは聞こえなかった。誰が誰を好きなのかってところは聞こえなかったから気になってたんだ」
俺の言葉に対して、同じように平然と答える白幡。
先に答えを言ったのは慎重さに欠いていたな。
失敗だった。
「浦島と白幡と神大寺と合コンしたとして、誰を狙うかという話で、俺は白幡と言った」
「なんでまた私にしたわけ?」
「一番付き合いが長いから。俺からしたら3人とも友人だよ。それ以上でもそれ以下でもない。
浦島も白幡も神大寺も好きかと聞かれれば好きだけど、付き合うとかそういうのはないと言い切れる」
「白幡と一緒だよ。俺には恋人は必要ない。今のままで十分だ」
「それが六角の出した答えなんだったら私は何も言わないよ」
「なんか不服そうな言い方だな」
「いや、本当にそう思う」
それからは誰もしゃべろうとはせずに、黙って花火を見ていた。
篠原が浦島を連れて帰ってきたころには、
花火が打ち止めとなり、クルージングも終わる。
俺の学生生活最後の夏はこうして終わり、
季節は秋から冬へと一気に変わっていた。




