見合いの報告をします。
長めです。
「さて、じゃあ話を聞かせてもらうよ」
夕食の後でルーティスが告げた。
「じゃあ談話室に行こうか」
父の言葉で揃って談話室に行く。
両親が並んで座り、その向かいにリラージュとルーティスが並んで座った。
これがグーリエ家のいつもの並びだ。
ララがお茶だけを出して壁際に控える。
場合によってはララの発言も求められることだろう。
リラージュについていたのはララだから。
お菓子をたくさん食べたことはすでにララによって報告されてしまっているのでリラージュには何ら隠すことはない。
「それでお見合いはどうだったの?」
「うまくいったよ」
父が穏やかに微笑んで告げた。
「はぁ? どういうこと? 本当に?」
ルーティスは顔をしかめて低い声で矢継ぎ早に訊く。
「ルティ、お行儀が悪いわ」
リラージュが注意してもルーティスは不機嫌なままだ。
「ちゃんと説明して」
「うん、わかっているよ」
父が全てわかっているという顔で言う。
それもルーティスには気に入らないようだ。
「早く説明して」
苛立たしげに告げる。
「ルティ」
「いや、いいよ、リラ」
父がリラージュを止める。
それからルーティスに真っ直ぐに視線を向けた。
「そもそもの前提として、見合いというのは成立させるのを目的としているんだからね?」
ルーティスはますます不機嫌になる。
「わかっている?」
わざわざ父も念を押す。
こちらはこちらで退くつもりはないようだ。
そもそも退く必要はない。
「そうとも限らないんじゃないかな? ほらお互いに相応しいか、気が合うか、家としての利があるか、そういうことを総合的に判断する場でしょ」
「それはそうよね」
リラージュは頷く。
ルーティスの言葉は間違っていない。
父は緩く首を振る。
「それは見合い前の調査の段階で済んでいるよ」
「でも実際に会ってみないとわからないところもあるでしょ」
リラージュは頷いた。
確かに実際に会わないとわからないことはある。
そう思ったのだが。
「そうだね。会ってみての、結果だ」
父がばっさりと言う。
それならうまくいったというのは会ってみて問題ないと判断されたということだ。
それならよかったとリラージュは安堵した。
ルーティスは口をへの字に曲げる。
何がそんなに気に入らないというのか。
貴族令嬢にとってはよい家に嫁ぐのは家のためにもいいことなのに。
この家はルーティスが継ぐのだ。
それならリラージュはよりよい家との縁を結ぶのが役目となる。
ゼリア侯爵家なら文句ないはずだ。
それともルーティスには他に縁を結びたい家があるのだろうか?
でもそれならルーティスは言ってくれるだろう。
どうしたのだろう? とリラージュは心の中で首を傾げた。
しかし両親はそんなルーティスの様子を取り合わなかった。
「侯爵夫妻がリラを高く評価してくれてね」
「そうなのよ。私たちもびっくりしたわ」
「姉上なんだから当然でしょう」
ルーティスは自慢げに胸を張る。
ゼリア侯爵夫妻に評価されるのはいいらしい。
いやルーティスだから単純にリラージュが褒められて嬉しいだけかもしれない。
ルーティスはそういう子だ。
だからといってリラージュを褒めた相手に対して判断が甘くなるということもない。
だから両親も目こぼししているのだろう。
さらに父が言葉を重ねる。
「それに見合い相手の令息がリラを気に入ってくれたようなんだよ」
「は?」
何故かルーティスの口から低い声が漏れた。
リラージュは目を瞬かせる。
先程より明らかに機嫌が悪い。
「ルティ?」
「どういうこと?」
ルーティスの声が低い。
「二人で散歩をした時に気に入られたようなんだよね」
父が朗らかに言う。
「何それ。何でそうなるの?」
「お見合いで二人で庭を散歩するのはごく一般的なことだよ」
「それはわかっているよ」
じゃあ何でそんなに機嫌が悪いのだろう?
リラージュは首を傾げた。
「リラと二人で話して気に入られたんだよ」
「だから何で……」
そこまで言ってばっとルーティスがリラージュを見る。
その勢いに少しだけ身を引いた。
「姉上はきちんと淑女然としていたんだよね?」
「ええ、もちろん」
リラージュは頷いたのだが、ルーティスは壁際に控えるララを見る。
「ララ、どうだった?」
リラージュもララを見る。
ララはリラージュがお菓子を食べていたこと以外は報告していないのだろうか?
時々淑女の仮面が外れてしまうことがあった。
それを報告されてしまうだろうか?
そうしたらルーティスに怒られるだろうか?
ルーティスにはきちんと淑女然としているように口酸っぱく言われていたのだ。
でもリラージュだって頑張ったのだ。
淑女の仮面が外れたのも最低限、だったはず。
ララは落ち着き払って答える。ただリラージュのほうは見なかった。
「基本的に淑女であらせられました」
「基本的に?」
ルーティスが軽く首を傾げる。
ララが一瞬だけリラージュを見た。
「ほんのたまに淑女の仮面が外れておりました」
ルーティスがリラージュを覗き込むようにして首を傾げた。
「姉上?」
「わ、私は頑張ったわ」
リラージュはリラージュなりに頑張ったのだ。
「リラ様は頑張っておいででしたよ」
すかさずララも口添えしてくれる。
「あれほど言ったのに」
「ごめんなさい」
「ルティ、そこまでにしなさい。リラがきちんとできたからこれからの成長の見込みも込みで向こうも気に入ってくれたんだろう」
父がルーティスを窘める。
ルーティスは口を曲げて黙り込む。
父が溜め息をついた。
「どこに出しても恥ずかしくないようにリラを教育したのはルティだろう」
「それはそうだけど。それは姉上が馬鹿にされないようにで、嫁に出すためじゃない」
「え、そうなの?」
初めて知る事実だ。
「そうだよ。姉上には婿を取ってもらって僕たちの補佐をしてもらおうと思っていたんだ」
「聞いてないんだけど」
そんなことルーティスもアンドレアも言っていなかった。
「ん、言ってなかった?」
本気で言い忘れていたのか、空惚けているのかわからない。
「聞いてないわ」
「そう。そのつもりなんだよ」
それを今言われても困る。
「もう遅いわ、ルティ」
「遅くないと思うよ」
いや、もう遅い。
リラージュは今日見合いをして、先方の感触も悪くないのだから。
それをわからないルーティスではないはずだ。
「遅いわ。ルティだってわかっているでしょう?」
「わからないよ」
「いえ、わかっているはずだわ」
「わからない」
ルーティスが駄々っ子のように言う。
珍しい。
いつだってルーティスは落ち着いていてどちらが年上かわからないとよく言われたものだ。
だが今のルーティスはただ自分の気持ちを押し通そうとする子供のようだ。
どうしてしまったのか、リラージュは困惑する。
「まだ遅くはないよ」
「ルティ、諦めなさい」
にこやかに微笑った母がぴしゃりと言う。
ルーティスは反論しようとして、母の表情を見て口を閉じた。
母の笑顔には反論を許さない圧があった。
だがそれでもルーティスは頷くことはなかった。
「ルティ」
名を呼ばれてルーティスは母に視線を向けた。
だが口はぎゅっと閉じられている。
「私たちも何も聞いていないもの。それならリラには良いところに嫁いでもらいたいと思うのも当然でしょう」
リラージュは頷いた。
ルーティスは口をぎゅっと閉じて何も言わない。
口を開かないところをみると反論できないのかもしれない。
嫁ぐなら良いところに、というのはルーティスの気持ちでもあるのだろう。
ただ、嫁がせたくないだけで。
リラージュにはルーティスの気持ちには応えられない。
事前に聞かされていれば別だが、今聞かされたところで遅いのだ。
それは恐らく両親にしても同じこと。
母は容赦なくルーティスに告げた。
「根回しをしなかったルティが悪いのでしょう?」
何も反論できないらしいルーティスが項垂れた。
「諦めなさい、ルティ。向こうから改めて婚約の打診が来たら受けるわ」
ルーティスは答えない。
もう決定事項だからルーティスが納得しようがごねようが覆らない。
それでも家族はルーティスが受け入れるのを辛抱強く待った。
しばらくしてルーティスは本当に小さく頷いた。
その後無事に婚約が交わされ、リラージュはフェラルードの婚約者となった。
読んでいただき、ありがとうございました。




