弟と婚約者の間で火花が散りました。
ルーティスと遊びながら過ごしていると部屋の扉が開いた。
さっとルーティスがリラージュを抱き上げる。
フェラルードが入ってきて素早く扉が閉められる。
「ああ、ルーティス、来てたんだ」
フェラルードがにっこりと微笑う。
ルーティスも同じようににっこりと微笑った。
「姉上が世話になったね。それでは失礼するよ」
「にゃー、にゃー(フェル、またね)」
リラージュもルーティスの腕の中から元気に挨拶をする。
フェラルードは腕を組んで扉に寄りかかった。
これでは帰れない。
「ちょっとどいてくれる? 帰れないんだけど」
「リラを離してくれたらどくよ」
「何で僕が姉上を離さなくちゃいけないんだ?」
二人の間で見えない火花が散ったような気がする。
この二人はいつもこうだ。
間に立つリラージュはなかなか大変なのだ。
「にゃーにゃー(一旦座りましょう)」
両肢でびしっとソファを指す。
リラージュとしてはびしりと決めたはずなのに、何故かフェラルードとルーティスは相好を崩した。
リラージュはきょとんとする。
「わかったよ、姉上。一時休戦だ」
「そうだね。僕にも異論はないよ」
とりあえず二人で仲良くしてくれそうだ。
二人が大人しくソファに向かったまではよかったが、そこでまたリラージュの席を巡って二人の間に火花が散りかけたところでーー
「リラ様はこちらにどうぞ」
さっとララが一人がけのソファにリラージュの席を作ってくれる。
「にゃー、にゃー(ララ、ありがとう)」
ララは微笑んで壁際に下がっていく。
リラージュはルーティスを見上げる。
「にゃーにゃー(あそこに下ろして)」
ルーティスがぎゅっとリラージュを抱きしめる。
「可愛い。離したくない」
「離しなよ。僕だって我慢しているんだから」
リラージュはたしたしとルーティスの腕を叩く。
「にゃー(ルティ)」
「わかったよ」
渋々と、本当に渋々とルーティスはララが整えてくれたソファへと下ろしてくれる。
フェラルードとルーティスが向かい合わせに座る。
ファラが二人の前に紅茶を置いた。
「それでいきなり連れて帰るつもりだなんてどういうことだい?」
すぐさまフェラルードが切り出す。
「何の問題がある?」
ルーティスは心底わからないという顔で聞き返す。
「元の姿に戻るまでは預かるということで話がついていたはずだろう?」
ルーティスが目を細めて冷ややかな表情で言う。
「昨日丸一日時間をやったのにまだ解決してないなんてね」
ルーティスならすぐに飛んできそうだと思ったが、今日まで来なかったのにはルーティスはなりの考えがあってのことだったらしい。
「魔女の呪いだよ? 期限にならないと解けないと知っているだろう?」
「仕掛けた相手を見つけて魔女に呪いを解かせればいいだけでしょ」
「まだ罠にかかっていないんだ」
「じゃあ、今日出掛けていたのもその一環だったわけ?」
「いや、別件」
「早く呪いを解いて返してほしいんだけど」
ルーティスは舌打ちせんばかりだ。
さすがに品がない。
「にゃー(ルティ)」
「ごめん、姉上」
「にゃーにゃー(わかればいいわ)」
フェラルードが表情を緩める。
「珍しいね。リラが叱るなんて」
「僕も久しぶりに怒られたな」
「にゃーにゃーにゃー(だってルティは叱らないといけないようなことはしないもの)」
「そりゃあね、姉上の模範にならないといけないから」
「にゃーにゃー(順番が逆だわ)」
普通模範になるのは姉のほうだろう。
「問題ないよ。僕の我が儘だからね」
「にゃー……(そう……)」
ルーティスの我が儘と言われてしまえばそれ以上は言いにくい。
それを熟知しているルーティスはリラージュに軽く微笑い、フェラルードに視線を戻した。
その視線はすぐに冷ややかなものになる。
「話を戻すけど、そもそも何故同衾しているのさ。姉上はまだ未婚の身なんだけど?」
「何かあったらと心配だからね」
「何度でも言うけど、姉上は未婚の身なんだけど?」
「いくらなんでも猫には手を出さないよ。そんな変態じゃない」
「それは関係ない。これは姉上の名誉に関わることだ」
「大丈夫。外には漏れない」
フェラルードが部屋を見回せば、皆がしっかりと頷く。
「そうだとしても、さ、姉上の不名誉なことには変わりないよ」
「猫だから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない」
ルーティスとフェラルードの話し合いという名の言い合いはリラージュが口を挟む余地のないほど白熱している。
リラージュはただひたすら聞いていた。
もちろんちゃんと聞いてはいた。
聞いてはいたけれど……
気づけばこくりこくりと舟を漕いでいた。
「リラ?」
「にゃーにゃーにゃー(ちゃんと話は聞いているわよ)」
慌ててぱちりと目を開けて主張する。
「うん、そうかい」
「確かに姉上には退屈な話だったかもね」
「にゃーにゃー(ちゃんと聞いていたわ)」
「うん。そうだね」
「大丈夫。姉上が寝ていてもこちらで話し合いはしておくから」
「にゃーにゃー(寝てないわ)」
いくら言っても二人とも微笑うばかりでちっとも信じてくれない。
ぷくりとして丸くなった。
だったらもう二人で好きなだけ話し合えばいい。
(私は本当に寝てやるんだから)
リラージュは目を閉じた。
そんなリラージュを全員が表情を緩めて見ていることに本人だけが気づいていなかった。
「わかるだろう? こんな可愛らしいリラに何かあったら大変だ」
「確かに」
「それに呪いの対象は僕だったはずだ。短時間なら大丈夫なことは判明したけれど、長時間離れていて大丈夫な保証はない」
「あー、そういうことか。わかった。もうしばらく姉上を預けるよ」
急速に話がまとまった。
耳だけ二人の会話に向けていたが、話がまとまったからと言って顔なんて上げてあげない。
「姉上」
いきなりルーティスに抱き上げられた。
「またしばらく離れ離れになっちゃうから姉上を補充させて」
「にゃあ?」
ルーティスは元のソファに座ると膝の上にリラージュを下ろした。
そのまま背中を撫でたり、肉球をぷにぷにと押したりと構い始める。
「まあ仕方ないかな。貸してあげるよ」
「姉上はお前のものじゃない」
フェラルードに文句を言いながらもルーティスの手は止まらない。
リラージュはされるがままだ。
こうなったルーティスは止まらない。
リラージュはルーティスが満足するまで付き合うことにした。
ルーティスは散々リラージュを愛でてから帰っていった。
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