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会いに来た弟は通常運転です。

次の日。


「姉上、元気にしていた?」


聞き慣れた声にそちらに視線を向けた。


「にゃー(ルティ)!」


黒髪に若草色の瞳の青年は弟のルーティスだ。

たっと駆け寄る。

しゃがんで受け止めたルーティスにそのままひょいっと持ち上げられる。


「姉上は猫になっても呑気な顔をしているね」


この辛辣さはルーティスの通常仕様だ。

別に姉弟仲は悪くない。

むしろかなりいいほうだ。


それはそれとして。


辛辣なことを言うルーティスに高速ネコパンチを連打で繰り出す。

だが全くダメージはなさそうだ。


「はいはい気が済んだ? なら帰ろうか」

「にゃー(うん)」


ルーティスがそう言うのならもう帰っていいのだろう。


ルーティスの肩に前肢と顎を乗せてぐでんとなる。

何だか凄く安定する。


頬を緩ませて見ていたフィフィがはっとした様子で声を上げる。


「お待ちください。若様の許可なく連れ出すのはお()めください」


ルーティスは不思議そうに首を傾げる。


「何で? 家に帰るだけだよ」


フィフィは(ひる)んだようだ。

別にルーティスは怖い顔はしていないのに。

どうしてかしら? と不思議に思う。


ララは壁際で静かに控えている。

ララはあくまでもグーリエ家の使用人だ。

こういう時は次期当主であるルーティスにつく。


果敢にフィフィが声を上げる。


「せ、せめて若様が帰るまでお待ちくださいませ」


今、フェラルードは所用で出掛けている。

犯人を炙り出すために屋敷にいるのではなかったのかと思ったのだが、どうしても外せないこと、らしい。


「こんな時にいないの?」

「所用があって出掛けています」

「ふーん。まあ、姉上を保護してもらったし、挨拶だけはしておいたほうがいいか」

「にゃー(そうね)」


お世話になったのだ。挨拶は必要だ。

ルーティスはリラージュを抱いたたまソファに座る。

静かに入ってきたファラがルーティスの前に紅茶を置いた。


「リラ様、熱いので触らないでくださいね」

「にゃー(大丈夫)」


リラージュはルーティスの膝の上に下ろされた。

優しく撫でられているとルーティスの問いが降ってきた。


「姉上、大丈夫? マカロンが食べられなくて変になっていない?」


ぐっと口を引き結ぶ。

悲しいことを思い出させないでほしい。

じわりじわりとマカロンを食べられない悲しみが心に広がっていく。

耳も尻尾もぺたんと垂れた。


「ん? どうしたの?」


リラージュは悲しみのあまり答えられない。

代わりにララが伝えてくれる。


「ルーティス様、あまり触れないで差し上げてください。リラ様は食べられなくて一度泣いていらっしゃるので」


ルーティスの顔色が変わる。


「姉上、泣いたの?」

「にゃー、にゃー……にゃー……。にゃー……(だって、マカロンが……マカロンが……。うぅ……)」


また涙がこぼれそうになってしまう。


「ほら泣かないで」

「にゃーにゃー。にゃーにゃー(ルティが悪いのよ。思い出させるから)」

「それはごめん。姉上がマカロンを食べられなくて大丈夫なのか心配だったんだ」

「にゃー、にゃーにゃー(だ、大丈夫じゃない)」


ルーティスが優しくリラージュを撫でる。


「そうだよね。でもよく我慢しているね。偉いよ、姉上」

「にゃーにゃーにゃー(他人事だからそんなふうに言えるのよ)」

「何言っているの。僕だって我慢しているんだよ」

「にゃーにゃーにゃー(ルティはマカロンを食べなくったって平気じゃない)」


ルーティスは苦笑する。


「うん、僕はマカロンが食べられなくても平気だよ」

「にゃーにゃーにゃー(そんなルティに私の気持ちはわからないわよ)」


ぷいっとそっぽを向く。

マカロンを食べられない悲しみを一緒にされたらかなわない。

よいしょとルーティスに持ち上げられる。


「ねぇ、姉上、僕に会えなくて寂しくなかった? 僕は姉上に会えなくて寂しかったよ?」


わざわざルーティスの顔の前まで持っていかれて言われる。

リラージュは口をつぐむ。


リラージュの傍には常に誰かいてくれた。

寝る時でさえフェラルードが一緒にいてくれた。

寂しくなる暇なんてなかった。


「姉上にとってのマカロンが僕にとっての姉上なんだよ?」


手を伸ばしてぽふぽふと頭を撫でてやる。


リラージュがフェラルードと婚約した時も大騒ぎだったのだ。

計画が狂ったと随分と不機嫌だった。

これで本当にリラージュが嫁入りした後は大丈夫かと不安を覚えるが、今は考えないことにする。


「ふふ、猫になっても姉上の手は気持ちいいね」


機嫌を直したルーティスがリラージュを膝の上に下ろした。

そのまま前肢を握り、ぷにぷにと肉球を押す。


「気持ちいい。癖になるね、これ」


リラージュはされるがままだ。

今まで誰もそんなことはしてこなかった。


ぷにぷにぷにぷに。

ぷにぷにぷにぷに。


ひたすらリラージュはされるがままだ。


ぷにぷにぷにぷに。

ぷにぷにぷにぷに。


「はぁー癒される……」


ぷにぷにぷにぷに。

ぷにぷにぷにぷに。


リラージュはルーティスの好きにさせておくことにした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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