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優しい嘘は悪魔の囁き  作者: Peco*
9/16

狂気

 桜井がホテルへ到着すると、ちょうど真理子と華子が化粧室から出てきた。ふたりは一服したあと、身だしなみを整えるために化粧室に寄っていたのだ。

 真理子は桜井に華子を紹介すると、桜井は「……どうも」と、愛想のない返事をした。


「どこに行ったのかしら?」

 華子が辺りを見渡すと、ロビーのソファーに腰を下ろしてスマートフォンをいじる村上の姿があった。

「村上クン!」

 名前を呼ばれた村上は急いで駆け寄り、慌てて挨拶をした。


 ホテルの中華料理店で円卓を囲んでの食事会。ビール(村上だけはウーロン茶だった)で乾杯すると、

「結婚をサポートする婚活ビジネスが熱いそうですよ」

 と、真理子が切り出した。すると、村上がすかさず鞄から資料を取り出して桜井に手渡した。


「ウエディングプランナーの仕事は、まず成婚率を向上させないと成り立ちませんわ」

 桜井は資料にサッと目を通すと真理子に渡した。

「それで、実際の婚活市場はいかがですか?」

「婚活パーティーは成婚率がとても低くて……」


 結婚を真剣に考えている人や結婚相手を探している人が集まる場所なのだが、『結婚したい』人ばかりが集まっている訳ではないと、華子は話を続けた。『いいな』と思っていた人が実は既婚者だった……という被害相談の報告が何件もあったと、華子は大きくため息をついた。

 

「身分証で本人確認はしていますが、あくまで形式上であって」

「確かに、配偶者の有無までは難しいですよね」

 桜井は料理にほとんど手をつけず、紹興酒しょうこうしゅばかり飲んでいる。

「女性は無料で招待してもアンケートには非協力的で」

 華子がそう嘆くと、

「だったら適任者がいますわ。ねえ?」

 真理子は桜井に視線を送った。瞳のことを指しているのだろうとすぐにわかったが、桜井は聞こえないフリをした。

「とにかく、まだまだ解析が必要ですわ」


 真理子は華子と村上がお揃いのリングをつけていることに気がついた。注意を払って観察していると、華子はさりげなく村上のことを気遣い、おしぼりを渡したり料理を取り分けたりと、世話を焼いていた。


 食事の終盤で華子が化粧直しのために席を立つと、村上も続いて離席した。

「今日は機嫌が悪いのね」

 真理子は桜井をたしなめたが、何の効果もなかった。


 食事会が終わってホテルのロビーで挨拶をしていると、華子が

「よかったら、次のお店で……」

 と、誘いをかけた。しかし、桜井は「これで失礼するよ」と、ぶっきらぼうにねつけた。


「じゃあ、俺が送ります。ここでお待ちを」

 そう言い残して村上は駐車場に車を取りに行った。真理子は「態度、悪いんじゃ……」と耳打ちしたが、桜井はそれを無視してゆっくりとエントランスに向かった。


「それじゃ、私たちだけで参りましょうか?」

 華子が「その前に一服」と言うと、ふたりは揃って喫煙ルームに直行した。


「社長さん、いつもあんなに不愛想なの?」

「そうですね。私は慣れていますけど」

 真理子は意味深に微笑んだ。

「もしかして……、お相手はあの社長さん?」

 華子が追求すると、真理子は誇らしげに

「えぇ」

 と、答えた。


「乾杯」

 ふたりはバーカウンターに並んで座り、カクテルを軽く持ち上げて乾杯をした。

「華子さんは、ご結婚なさってるんですよね?」

 真理子は自分の左手の薬指を指差し、華子にアプローチした。

「あぁ、これ? これは会社からの支給品よ。結婚指輪をしてると、それだけで信頼度がアップするでしょ?」

 と、いたずらっぽく笑った。

「それで、村上さんも?」

「まあね。彼も独身よ。でも、彼とは……事実婚ってとこかしら」

「事実婚?」

 華子はマティーニに入っているオリーブをかじって「結婚は一度だけでたくさん」と苦笑いした。

 

 華子は大学時代に交際していた年上の男性と卒業を機に結婚したのだが、仕事と家庭の両立がうまくいかず、2年もしないうちに離婚していた。学生のときは大事にされているように思えたけれど、結婚をした途端にあらゆる家事を押し付けるようになり、義両親にも酷使されたと過去を振り返り憤慨した。


「村上は39歳だから、7歳離れてるの。あなたたちは?」

「私は45歳で、彼は50歳」

「離婚した夫と同じ年齢差だわ。でも、あなたたちは、きっとうまくいくわ」

 カクテルを飲み干しピックをカクテルナプキンにそっと置くと、

「……説得力ないか」

 と言って華子は笑った―。



「モニターの件、どう思います?」

 真理子は仕事の合間に婚活パーティーの資料を桜井のデスクに置いた。

「瞳さんだったら、申し分ないと思いますけど?」

 桜井は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をした。

「彼女にはやらせない」

 それだけ言うと、桜井は黙々とやるべき仕事を遂行した。


 仕事を終えてロッカールームで身支度を整えていると桜井から連絡があり、瞳は桜井が暮らす都心のデザイナーズマンションを訪れていた。そこはSコーポレーションが所有しており、最上階のワンフロアを占有した部屋はエレベーターと玄関が直結していて、扉が開くとすぐに玄関ホールになっていた。


「誰でも入れる訳じゃ……ないよね?」

 瞳は首をかしげた。

「これ」

 桜井は専用のカギを使わないとフロアのボタンを押せないことを説明して瞳に渡した。


 ラグジュアリー感のある、まるでホテルのスイートルームのような部屋には無駄なものがなく、家具はモノトーンに統一されていた。スタンドライトで壁や床を間接的に照らしていて、テーブルライトはオレンジ色の落ち着いた光を放っていた。


「私、30日が誕生日なんです」

「月末か……。その日はちょっと遅くなるかもしれないけど」

「いえ、いいんです。お忙しいですよね」

 瞳は慌てて否定した。

「なるべく早く終わらせるよ」

桜井は瞳を抱き寄せた。


「その前に……」

 桜井は離島への視察の予定があって、瞳を誘った。

「無人島? 買ったの?」

「いや、違うよ」

 桜井はクスッと笑った。島民500人ほどの小さな島の未開発地区にリゾートホテルを建設することになっていた。

「今回はコンサルティングの仕事なんだ。立地は悪くないし、集客も見込める……」

「いろんな仕事があるのね」

 瞳は桜井のことを見つめた。

「いいの? 私が一緒でも?」

「あぁ。ただ、何もないところだから、退屈させるかもしれないけど」

 桜井は瞳をソファーにそっと押し倒すと、ふたりは唇を重ねた―。



 桜井は瞳のためにジュエリーショップでサファイヤの指輪を購入した。サイズに迷ったが、後からでも直せると聞き、とりあえず9号の指輪を選んだ。


 数日後、社長室の電話が鳴った。桜井が外出していたので真理子が出ると、相手は銀座のジュエリーショップだった。用件を尋ねると、指輪の刻印が仕上がったとのことだった。真理子は「すぐに伺います」と返答して電話を切った。

 ショップで指輪を確認すると、『М to H』と刻印がされており、真理子は指輪を持つ手を震わせた。注文書を盗み見ると、誕生日9月30日と記入されていた。

「これでいいわ。包んでちょうだい。ただ、もうひとつお願いしていいかしら?」

 そう言って、桜井が購入した十分の一ほどの価格で似たような指輪を選んだ。

「こちらはシルバーになりますが……」

「いいのよ。普段使い出来るでしょ? 同じように刻印してちょうだい」

「はい。承りました」

 そして最後に「確認の必要はないから、包装してから連絡くださいね」と、念を押してショップを後にした―。 

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