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それぞれの色々な事情(2)



 執着心といえば兄の方がヤバいかもな、とナイナは思う。


 いつも彼女のせいで義姉が傷付いていたから、兄は彼女を嫌っていて、でもまだ子供だからと酷い拒絶はしなかった。代わりに何とかしろという目で彼を見てきたし口にも出していた。


 思い出した兄の険しく昏い目に小さく身震いして、ナイナは話を続けた。


「……だけど、あぶれた人を放っておくわけにはいかないだろ? 村は若い連中には結婚してもらって、子供が欲しい。だって皆で働かなきゃ食っていけないんだから。それに、ジジイになれば面倒見る奴も必要だろ? あぶれてなくても奥さんや子供に先立たれたのもいるけど。とにかくそういう奴らは村でもある程度の世話はするけど、昼も夜もってわけには行かない。皆、家のことでやることあるし、自分ちにも年寄り抱えてたりするんだから。だからなるべく独り身には結婚させる。やもめでも本人が若ければ相手を見つけるし。だけど相性はどうにもなんないだろ? どうしてもこの二人ダメだってなったら別れさせて、違う人を宛がうんだ。特に想いあってる相手がいない場合ってことになるけど」

「意外と現実的だったわ……」


 呆然とイリヤが呟くと、ゲイルが笑う。

 ナイナはお茶をずずっと音を立てて啜って、苦いと顔を顰めた。


「民はもっと夢見がちだと思ってたのか?」

 ゲイルは蜂蜜の入った小さなポットをナイナに勧めながらイリヤに問い掛ける。まあね、と返事をしたイリヤは呟くように語る。


「……『山神さま』とか『祝福』とか。それにホントに神さまの御業だとしか思えないこともあるわけじゃない? 本来暖かい時期にしか実らない果物とか、咲かない花が咲き狂うとかね。だから、何となくそういう……何て言えば良いのかな? 神の世界的な――」

「もしかして神の花園(かえん)?」

「――それ」

 ゲイルの言葉に、イリヤは頷いた。


 神の花園は、国教で説かれる死後の世界だ。

 信ずる者たちの魂は死ねば空を飛ぶ。この世に生まれ落ちるまでと同じく十月十日かけて空を駆け、神の花園に迎え入れられる。


 そこでは衣食住への困窮などなく、生きる上で感じる苦しみもなく、花園で何の争いもなく安寧に暮らせるというものだ。


 その花園に村を自然と当てはめていたのだと自覚した。


 イリヤの知る国の常識と違って、村には村の暮らしがある。日々穏やかでどこか自由に見えるそれに何となくの羨ましさがあった。


 だから村人たちは争わず、苦しまず、のんびりと暮らしていて、愛し合い、神から祝福を受け愛された新婚夫婦は何の憂いもなくただ幸せで。


 けれど実際のところ、村と自分たちは変わらないのだと突き付けられた気がした。


「ナイナを見てると自由でいいなあって思ったんだもの」

「俺が自由?」

 ナイナは目を丸くする。ゲイルはイリヤの言うことに、ああ、と思い当たった。


「……分かる気がする。だけど、国や所属する集団の中で生きていくなら本当の自由なんてないからな。村もそういう掟や何かあると分かっていても、外から見ている分にはナイナたちは平和だし身分制度もないから自由そうに見える」

「んー……。俺はゲイルさんの生き方が自由でいいなって思ったけどね」


 ナイナはへらりと笑った。

 もし、ゲイルが良いと言い、ナイナが好きな子――モイという――も良いと言うなら三人で村の外へ行こうと決めていた。

 ゲイルから旅の話を聞いて、大変な目に遭っても三人なら上手く行くんじゃないかと考えて。

 モイがこのまま兄を忘れられなかったら辛いだけだし、他に村の中で好きな男を作られでもしたら、祝いはするけれどやはり辛い。他の女には興味がないから、さっき自分が語ったような押し付けられる結婚をしてもダメになる未来も見えた。


 ナイナとモイとのことを親が反対すると思うのは、兄が嫌がっていることを知っているから。

 これから先、家の中心となり両親の面倒を見ていく兄が「嫌だ」と言えば通る。理不尽なことなど言わない兄だからこそ、よっぽど無理なのだろうとなる。


 モイと義姉は実の姉妹だが、二人の親は義姉に辛く当たることが多くあった。そのせいで兄はモイを含めた義家族を敵視している。結婚式までは仲良くするが、その後は付き合わないと言っていた。兄に義姉ではなくモイはどうかとこっそり言ってきたのを知っている。兄の「よっぽど」に触れたのだろう。


 兄夫婦は「山神の祝福」を受けている。兄が付き合わないと決めれば他の家も村長だって追従するだろう。村としてはそれが村八分の理由になる、十分に。

 もしナイナがモイと――となれば、これから村八分になる可能性のある家に入るかもしれないと家族は必死に止めることは間違いない。もちろんナイナも自分のことでなく他人のことならば止めていただろう。彼女は諦めろ、と。


 義姉だってそこまで妹と両親を憎んではいない、と間近で見てきた身としては思う。

 どちらかと言えば面倒臭いから距離を置きたい程度のはず。ナイナとモイがくっついたら、喜んでくれるだろうとも思う。

 そして、そんな義姉を丸め込んで彼女の実家を村八分に追い込む気だろう兄こそが恐ろしい。


「――掟たって、それを破って追い出されても、俺たちは死なないために何をしたら良いのかくらいは知ってる。外で身ぐるみ剥がされて、偉い人から嫌がらせされちゃったゲイルさんほどじゃあない。村に居続ける方が苦しいかもね。でも、他と比べて厳しいかどうかは俺には分かんないや」


 ゲイルとイリヤには身分がある。それはナイナには分からない。偉いのは山神さまだが、村長や親や年長者、年寄り連中の言うことだって基本聞かなければならない。でもそのどれにも絶対逆らってはいけないというほどでもない。


 現に、独り身を貫き通す者だっていて――偏屈(ジジイ)などと呼ばれているが――、我慢ならなければ村を出て行ったとしても何か祟りがあるわけでもない。出て行った村の女が小さい子供を連れて帰って来ることだってあるし、男が外の女を連れて帰って来たことだってある。

 子供が親の言うことを聞かなければ山に捨てられ悪魔に連れていかれたり食われてしまう、は山神と悪魔を使った子供騙しの脅しだとナイナも知っている。


 山神を畏れ敬いはするけれど、身分の序列のようなものはない。ナイナだって年寄りになる頃には孫たちに言うことを聞けと説教したり、悪魔が来るぞと言うようになるだろうことも想像がつく。


 だから身分というものがなぜそんなに大事なのかが分からない。そういう意味では俺は自由なのかもな、とナイナはそう考えて納得した。


 一方、その身分を大事にしているイリヤはゲイルの言葉に感じ入った様子で頷いていた。


 イリヤから身分を取ってしまえば、どう生きるか分からなくなってしまう。

 ある程度は一人で出来るけれども、着の身着のままなんて無理だし、食事の準備も出来ないし、掃除だってしたことはない。お手伝い程度はしてみたいと思うけれど、やっていいとは言われたことがない。当然命令されることもない。


 あの最低最悪な夫のダナレイでさえ、イリヤを領主夫人という身分以下で周囲に扱わせることはしない。まあダナレイはそこに思い至らないだけなのかもしれないが。

 イリヤにとって身分は自らを縛る鎖ではなく、生きるために必要不可欠なものだ。


 自分で身分を捨てたわけではないゲイルも、他人が勝手にそれごと自分自身の存在を消してしまっていても、身分というものに縋っているところはある。


 どれだけ物乞いのように扱われても、もう家は弟が継いでいて自分は死んだ人間で必要ないのだと分かっていても、心の奥深くには由緒正しく連綿と続いた家の血を持っているのだという矜持を無くすことはなかった。


 あれだけいらないと思っていた――家や後継の座や身分といった――ものは、彼にとって全て懐かしい故郷のものだ。


 三人はそれぞれ思いに耽り、押し黙っていた。






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