それぞれの色々な事情(1)
ゲイルは自分が暴行を受けたことは伏せ、邸に来る前に話したよりは詳しく過去のことを掻い摘んで語った。
心当たりのある男女二人ともがかなりの権力を持っていること。
他国の検問所なり運搬役人なりを脅すなりなんなり出来てしまうのは、恐らくアシュに頼まれた王弟フラウだろうとゲイルは思う。
狂気にのまれてなければそこまで出来ない。
それを聞いたイリヤはかなり憤った。控えめに言って失言、遠慮なく言えば罵詈雑言がその可愛らしい口から次から次へと飛び出すので、ノーラが奥から慌てて走って来て手でその口を覆った。
ナイナは神妙な面持ちでゲイルの話もイリヤの暴言も黙って聞いていた。余計な茶々も合いの手も入れずに。
ゲイルはといえば推測し納得するしかない。
東南の小国の西の国境検問所はイカれた王弟の息が掛かっていて、ゲイルの身ぐるみを野盗のように剥がし、行き倒れた風に見せかけてその荷やなんかを遺品だと偽ったの「だろう」。
更にゲイルが寄りそうな他国の国境検問所にも買収したのかそれなりに圧を掛け、詐欺師のように扱わせたの「だろう」。
きっとゲイルを犯罪者扱いにして、自分たちの国に連れ戻るように言い含めていたはず「だろう」。
全て仮定、これが事実であってもイリヤたちに何か出来るわけもなく、本人も求めていない。
言いきってしまえるほどの証拠もない。
もしもの話なのだから。
それに、ゲイルが好かれた女がかなりイカれていて、その婚約者も中々のイカれ具合だったことについても仕方がない。巡り合わせが悪かったとしか言いようがなかった。
だがもう彼らと縁は切れている。
ゲイルは社会的に死んでいるし、立場も国も違う。きっともう二度と会うことはない。
あの日から夢に魘され、眠りを恐れない日はなかった。そのまま狂えてしまえば良かったのかもしれない。
恨む気持ちも、理不尽な思いも、屈辱も恐怖も。
それらはまだゲイルの深いところで煮え滾ったままだ。復讐の道は選んでいない。選べもしない。現実的に出来ないからだ。
(彼らの話はもう俺とは関係ない)
忘れられない男たちはもう関係のない奴らだ、このまま小国の王弟とその婚約者についても奴らと共に記憶の沼に沈めていけばいい。
過去も存在も消せないが、汚れた沼の底から湧く泡のように何度浮かんでもそれを何度も潰せば良い。
嫌な記憶も俺の奥の奥の奥底で薄まって、なかったことになっていけ、と彼はやっと今心から願うことが出来た。
気を取り直したゲイルは、目の前でぷりぷりと怒るイリヤの結婚相手の噂を思い出した。
彼はずいぶんと話題の人物だった――ごく一部の中で、だが。
「……イカれてるなら、ここの領主もイイ勝負だろう」
「他人に迷惑をかけて自分の愛を通してる、って点ではそうね」
イリヤは行儀悪く、フォークで一口大に切られたケーキを勢い良くぐさりと刺した。
「……愛なあ」
イリヤが婚約中にダナレイを調べた結果、報告書を読み進める毎にしょっぱい顔になっていったのを誰も責められない。
仕事は代官任せ。本邸である領主館には、年齢の違う女を何人も囲っている。
女たちはひっきりなしに入れ代わり立ち代わることもあったが、イリヤが婚約者になるしばらく前から現行メンバーで落ち着いていた。
彼女たちは下級身分の家の娘たちで、大抵が困窮しているとか没落しそうだとかの理由がある。
独身のダナレイは領主だが、身分にかなりの差があるというほどでもない。彼女たちの誰かを妻にしていてもおかしくはなかったし、むしろイリヤのやったように誰かを本妻にして後は妾にすれば良いだけなのにそれをしない。
そこには一人の女性の存在が関わっている。
イリヤはその存在を知ってはいたが、まさかダナレイは彼女を妻に――それが出来なくなったために妾にしようと思っていなかった。
「私も見誤るぐらいの、深い深い愛よ。相手はそれをどう受け止めているか知らないけどね。そこは有名だったのでしょ? あなたも知っているくらいだもの。王都住まいの方々には公然の秘密だって」
「……ああ、だからイリヤとあのダナレイが結婚したと知って驚いたんだ」
「……え、リョウシュってそんなヤバい奴なの?」
ナイナがそうゲイルに聞くと、彼は首を横に振ったがイリヤは大きく頷いた。
「どっちなんだよ」
ナイナの言葉にゲイルは苦笑する。
「俺は大したことのない男だと噂で聞いていたんだがな」
ゲイルはダナレイという男に直接会ったことはない。
彼は王都の修学院に在籍したこともなく、地方領主の一人なだけだ。
学友だったグリエルが近い将来相続するだろう領地を彼の家の代わりに治めているだけの人物。そのグリエルだって会ったことはない。彼の父親にすら会ったことがない。
そのダナレイがイリヤの夫とは。
「イリヤは過去も現在も巻き込まれた当事者だからなあ。そりゃあ好きになれないだろう」
「あら、私だってきちんとした扱いをされるんなら好きになる努力をしようと思ったわよ」
「……どういうこと?」
ナイナが首を傾げた。
「ナイナ、私のことはどう聞いてる? 領主の奥さんだって言われなかった?」
「うん、そう聞いてる」
「それはそう。だけど私たちは結婚はしたけど夫婦じゃないの。好きあってるわけじゃないし、むしろ憎まれてる。王さまに無理やり決められた結婚だったのもあるし、夫にはずっと好きな人がいたの」
そう考えると、ダナレイも可哀想な被害者だと言える。だけどそれはイリヤと共に同じ場所に立って寄り添ってくれていた場合だ。
イリヤを敵認定して一方的に疎み、話し合いもせずに避け続ける。
根気よく対話するという方法もあっただろうが、こちらだって頭を下げてまで話す気になどならない。
最近丸くなったが、イリヤは本来母譲りの勝ち気さと矜持の高さがある。身分を盾にどうこうするつもりはないけれど、知っていながら察して振る舞えない者に対する礼は持ち合わせていない。
だから身分を知らない平民や、知っていて弁えることの出来る者には普通に接していられる。
知らなければならない立場の癖に全く知ることをしないとか、下に見る輩にはそれなりの態度しか取らない――イリヤの父はそれを諭し苦言を呈することが多いのだけれど。
「……大変なんだね、外の人は。まあでもさ、好き合ってない同士の結婚は村でもよくあることだよ。大概は仲良くしてるけどね。あんまりダメだったら、他に回すし」
「えっ、村もそうなの?」
イリヤは驚いた。
平民でもお見合いや、仲人業なり紹介があって結婚することは多くあるとアロネからも聞いていた。
けれど、この何でも自由そうな村でもそういうことがあるのかと思ったのだ。しかも他に回すとは――。
「そりゃそうだよ。男と女の数が同じで、皆が皆ぴったりキレイにくっつくことってないだろ? ゲイルさんの話にあった女の人だってそうだし。ゲイルさんのことを好きでもゲイルさんはそうじゃない。だから、ゲイルさんが違う人と両想いとなるとその人はあぶれちゃう。じゃあどうするって言うと、まだ誰とも結婚してない人や、やもめに宛がわれるんだよ。それにどうせ結婚なんて早い者勝ちだし」
ナイナには覚えがある。
ずっと好きな子は彼の兄のことを好いている。
それはもう誰から見てもそれと分かるほど。
けれどその兄にも別に好きな人がいて、兄の想いはめでたく成就した。
兄は自分の気持ちを全く隠してなかったし、周囲の男共を昔から牽制しまくっていた。
ちなみに彼女はちょっと兄に付きまといすぎて、村の若い連中から「あいつはないわー」と引かれてしまっているので、今のところ恋敵もいない。ただ、この先は分からない。
もしかすると彼女は兄のことを忘れられないままかもしれないが、彼女はゲイルが語った執着心の塊のような女になる可能性はないとナイナは思いたかった。
読んでくださってありがとうございます
※ナイナとモイについて気になった方へ
タイトル目次ページ上部にあるシリーズリンク先の「山神の縁結び」をご覧ください。




