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招かれざる招かれし者の事情(1)



 村長宅に持ち込んだ祝いの品は、イリヤたちからすると質素なものだったが殊の外喜ばれた。


 村にも甘味はあるが、イリヤたちが馴染んでいるタルトやケーキのようなバターや砂糖をたっぷり使ったものは珍しいらしい。

 時折やって来る商隊の持ってくる荷の中にあれば、村の子供たちのために購入しているのだそうだ。


 村でおやつに食べる焼き菓子と言えば、木の実をあく抜きして平べったく焼いて果実を挟んだり、蜂蜜をかけたりしたものが一般的だという。

 あとは祝いの日には小麦を挽いて山羊や羊、牛などの家畜の乳と混ぜて蒸し、やはり果実や肉を煮たものなどを挟んだものが振る舞われる。

 祝い返しだと邸の人数分の蒸しパンが入った袋を手渡された。


 村のものとは違う造りの酒ももちろん非常に喜ばれた。


 イリヤたちが村長夫婦とそういう会話をしている間、ゲイルはナイナと共に村長の息子らと連れ立ってどこかへ向かって行く。

 それを目で追っていたことに気付いた村長が人の好い笑みを浮かべてイリヤに言う。

「ナイナがずいぶん彼のことを慕っているんですよ」

「……そうなんですね。彼らはどちらへ?」

「彼――ゲイルと言いましたか。あの方は魔よけをとても気に入っておるようで。結婚式が終われば片付けてしまいますんでね、その前に全部見てみたいと」

「全部? 幾つもあるんですか? 魔よけって、あの悲しげ……いえ、綺麗な音のする。結婚式の夜に鳴っていたあれですよね?」

 言い直したイリヤに「悲しげできっといいんですよ」と村長は言う。


「悪魔に花嫁が連れ拐われてしまわないよう、悪魔の嫌がる音を交代でウチが二つと、結婚した夫婦の家それぞれが二つの合わせて四つ出している。今回は山神さまの祝福のあった夫婦だから、念入れて六つだったな。それぞれが悪魔の嫌がる音――それが悲しげな音、不吉な音、寂しい音に聞こえるんでしょう」

「お祝い事なのにですか」

「私たちに取っちゃあ、めでたいことだけど。悪魔にとっちゃあ悔しいことですからねえ。賑やかで楽しげだと悪魔も喜んじゃうじゃないですか?」

 村長の妻がそう言って、あははと屈託なく笑った。


 イリヤもつられて笑いながら、悪魔はやはり山神のことなんじゃないか、そうちらりと思う。

(でも花嫁を拐いに来るのが山神なら、わざわざ実りの贈り物なんてするかしら? でも、花嫁の気を引きたくて祝福という恵みをもたらして恩を売るとか?)

 どうもその辺りが眉唾なのよねえ、と考えるも罰当たりよね、と頭を振った。


 実りの恵みを疑っているわけではなく、山神はきちんと「ある」のに、悪魔はふんわりとしたものでしかないからだ。


 まあ、そんな疑問を抱く謎のようなものがあったとしても、イリヤには全く関係がない。

 ちょっとした好奇心もあったのだ、季節の常識をねじ曲げあれほどまで祝福を贈る神に愛される夫婦というものに。自分たちと正反対の二人に。


 そうしてひとしきりたわいもない話をし、祝いの贈り物である薹かごや酒樽は中身が空いても返さなくてよいので好きに使ってくれと頼んで村長の家から引き上げた。


「ほんとは新婚のご夫婦に会ってみたかったのよね」

 それはまだ蜜月中で無理だから、祝いは村長が代わりに届けると言ってくれた。


「まあ、国でも蜜月は十日間と決まっているし、民だとその期間はあったりなかったりと言うし。しょうがないわよね」

 村での蜜月は名の通り一月近くなのだという。

 だからわりと仕事などやることが少なく、家籠る寒雪季に行われることも多いのだとか。

 魔よけを鳴らす側からすれば、寒く凍える雪中の夜明かしなので非常に嫌がられるのだが、お互い様と思って我慢しているらしい。


 実り月の結婚式は山神の祝福と密接に繋がっているとも聞いた。

 信じるものの違いにより異なる常識を知っていくのはゲイルほどではないにしろ、イリヤも面白いなと感じる部分はある。


 ダナレイを切り捨てて『次』を期待していたイリヤだったが、今日は「このままこの村でのんびり世俗から離れて一生過ごすのも悪くないかも」と思う気持ちもある。


 ゲイルに会えたことも大きいかもしれない。

 死んだと思っていた人。


 あの頃のイリヤはすごく子供で、十歳上のゲイルはすでに十六歳だったか。

 初恋とは言っても、歳上の素敵なお兄さんという淡いものだ。


 彼は家を継いでも結婚してもおかしくない年齢だったが、身分ある裕福な家の青年にありがちな教養旅行(グランド・ツアー)に出て行った。予定は三年だったが、五年経っても帰って来ず、しまいには行旅死亡人になった。


 もうイリヤの中で彼のことは『そういう人がいた』という記憶しかない。顔も声も忘れているし、優しかったことや、ゲイルに構われたくてまとわりついていたことは覚えているものの。

 ゲイルにとっては十六歳の頃なのだから、イリヤの面影を覚えていてもおかしくないが、イリヤにはそれがない。辛うじて彼の名だけが知識として残っていただけ。


 それでも今、じわじわと同郷の――厳密には隣領だが――自分を良く知っていた者、それも死んだと思っていた人と再会できたことは喜びとなって彼女の中を満たし始めていた。


 さっきは彼に対し怒ってしまったが、それを本来ぶつけるべき対象はカイユである。ゲイルではない。

 理不尽な怒りだと分かっているが、どうしようもなかった。


 ゲイルが生きていて良かったと思うより先に、あなたのせいでみんな滅茶苦茶になったという負の感情が先走る。

 カイユは行方知れず。マイルはせっかく努力して築いた場を捨て、慣れた王都暮らしから離れることで妻子と揉めたかもしれない。


 両家は仲が良かったのに、結婚がダメになったせいで、お互いの両親間に見えない溝が出来た。

 更にそこを王に付け入られてダナレイと婚約することになって。

 ダナレイは婚約時からイリヤを大事にすることも顧みることもなく。結婚しても変わらず。

 国家間の問題になりそうだということも理解せずに妻を蔑ろにして。

 その(自分)は民のため領地のため、戦を回避するため。

 何なら今すぐ離縁を申し立ててやったっていい。王に睨まれたってどうってことはない。この国を捨てて自国に戻って、盟約の破棄をネタに滅ぼしてもらったっていい――そんな簡単に行くわけがないからイリヤは悩んでいる。


 ――何であなたはそんなに楽観的で暢気に構えていられるの?


 と。


 ゲイルが酷な内容をあえて愉快な喜劇風に語ったことも分かっている。

 きっと途中で心が折れるようなこともあったろう。

 彼だって帰ってきたかったからこそ、密入国という危険を犯してまで戻ってきたのだ。

 それを思いやりこそすれ、腹立たしいと思ってしまったことは理不尽以外にどう言えば良い。


 ぶつけてしまったものは仕方がない。後で謝るしかないわね、と喜びに侵食されていた心が後悔に塗り替えられていく。

 ゲイルに会ったらまず謝る。そして今度は自分や彼の家族の話を、とイリヤは思った。


 そして――。それから?


 それからどうするのが良いのだろうか。

 ゲイルは両親に会いたがっている。だから領地に戻りたいのだ。そのために力を貸そう。まず父に手紙を書かねば。イリヤは決意を胸に両こぶしをぎゅっと握った。








 

 

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