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寒雪季の事情(1)



 イリヤはアロネ、そして護衛のエドとキャス――この二人は夫婦で領主夫人の護衛の任に就いている――を連れ、村へ下りることにした。

『別邸の守りはノーラの夫ひとりで大丈夫だから護衛二人をちゃんと連れていけ』と皆に押し切られた結果だ。


 イリヤたちは試作と称して沢山の焼き菓子を作成したが、それらはイリヤの背後に置かれた大きな(とう)かご四つに収納され、美味しそうな匂いを漂わせている。


 一つでも抱えきれない洗濯かごほどの大きさの薹かごが四つもあるのはこの村にはなさそうな物、お祝いとして手土産としておかしくないものをということで張り切った結果だったが、イリヤもアロネも――別邸に住む者らは生まれて初めてあれだけの菓子と果実、むせ返る蜜糖の甘い香りに包まれる経験をしたのは初めてで、かなり気分が高揚していた。


 花や鳥といった華やかな意匠の抜き型で型どられた可愛らしい焼き菓子、果実を多く乗せたパイ、この国では取れない果実を使った手間と時間の掛かる酒を惜しみなく浸したバターケーキを選んだ。

 新婚夫婦には菓子の他にこの酒を少し譲るとイリヤは決めた。

 貴重な酒なので、家事使用人(コック)見習いたちはそれをいくら主人の言い分とは言えいささか渋ったのを『山神に愛されている二人を祝うんだから奮発したほうがいい』と言って説得したのだ。


 イリヤはまだ見ぬ新婚夫婦がこの贈り物を気に入ってくれるかどうかを何度も何度もアロネに問いかけた。

 その度アロネは優しく微笑んで頷いた。


(さすがに聞きすぎかな。でも久しぶりに誰かに贈り物なんてするから……)

 イリヤは少し恥じながら、彼女が乗る荷車を牽く馬と同じく前方に視線を向ける。


 馬は三頭。

 一頭はエドが乗り、先導している。もう一頭がイリヤの乗る荷車。後ろを守るキャスが乗っている一頭。


 元々は四頭立て六頭立ての馬車を牽いていた馬たちだが、村まではともかく別邸への道は狭くて馬車を諦めた。

 それでも一応領主であるダナレイの持ち物でもあるので捨ててしまうわけには行かないので、馬車のキャビンは村長に預かってもらい、相当数いる馬も交代で別邸と村を使用人たちが行き来させることにしたのだ。


 療養という名目なので、ダナレイの機嫌次第でいつまた移動になるかなど誰にも分からないのだから、すぐにでも動けるようにしておかないといけない。

 村に馬はいなかった。商人などが連れてくるくらいで珍しいらしくちょっとした人気者になっている。荷車を借り、馬には餌をもらって遊ばせておくのも何だからと畑を耕す手伝いをさせてみたらしい。重いものを運ぶための馬だし元来賢い生き物なので、家畜を大事にする村人たちと上手くやっているようだ。

 まだこちらへ来て半月だというのに彼ら()はイリヤたちよりよほど馴染んでいる。


 馬の(たてがみ)が風に靡くのを眺めながら、イリヤは荷車が大きく揺れるのと同じように胸の奥がわくわくと跳ねている。


 久々に他人と会うことへの緊張と、逆に楽しもあって気分が高揚しているからだろう。

 これまでのイリヤは別邸に来る以前から、他人――アロネや別邸にいる使用人以外に会う気など起きなかった。


 一応は領地とそこに住まう民のため、領主の妻なのだから、と動いてきた。民から代官の不正や不満を訴えられたり、代官らから民が納税を怠り団結していると縋られた時には、不本意ではあるもののダナレイの指示を待ったりもした。全て代筆で『見て見ぬふりをしろ』『余計なことはするな』と返って来るもその通りに出来るはずもなく。


当然放っておくわけにも行かず、解決のために奔走する。

失敗すれば「だから言ったのだ」と居丈高に鼻息荒くするダナレイが脳裏に過り、絶対何とかしてやる、という気持ちでやってきたのだ。

嫁いでから領地を転々とさせられ、その度あちこち駆けずり回って調査したり、取りなしたり、脅したりで心が摩耗し疲れきっていた。


 彼女は時々、自分の意地を通すのをやめたくなる。


 アロネもシャルもノーラも、イリヤの事情を知る代官や――彼女を知る者、皆一様にダナレイとの意味のない茶番劇のような現状(舞台)に幕を引いて終わらせてしまえば良いと言う。


 悩むイリヤに、父からの家族としてではない正式な書簡が届いたのはいつだったか。

 なぜか(・・・)彼女の置かれた境遇を他国が知り、離縁していないのにもかかわらず縁談が舞い込んでいるという内容のそれ。


 母の生国である遠い彼の国ならばまだ分かる。

 元王女である彼女の怒りは、仲の良かった姉――現在の女王の怒りでもあった。それはもちろん実の姉妹だからという甘い理由だけではない。


 遠い国からすれば、一度ならず二度も煮え湯を飲ませるのかという過去を蒸し返す話になる。


 イリヤたちの不仲は両国の問題でもあり、この国に対して付け入る隙となることがダナレイには分からないのだろうか。分からないから手に入らぬ女に執心しているのだろう。


 母はもしかしなくてもこの国を混乱に陥れたいのだろうとイリヤは思っている。


 王女としての矜持(プライド)はズタズタにされ、それでも何とかやっていたのに娘は明らか不幸せな結婚を王家に強いられ、更に尻拭いまでさせられそうなのだから当然かもしれない。


 他人に会いたくないのはそれ(・・)もあって。

 誰かがイリヤを監視して、違う誰かはイリヤの情報を流していて、捕まえようとしてもそれらはすぐに尻尾を隠してしまう。


 荷台にはイリヤが身体を痛めないように分厚い敷物が敷かれ、手土産が壊れてしまわないようクッションが敷き詰めてある。慣れ親しんだ馬車のように快適とまでは行かないが、揺れても衝撃で落ちそうになることはない。使用人たちも乗るので、落ちないよう手すりまで付いている。


 馬の走りはそれほど速くない。

 緩やかに流れる景色に視線を変えて、イリヤはほう、と憂鬱な色を乗せた息を吐いた。


(……多分、寄せられている縁談は今も有効だろうな。今よりはよほど良い待遇になるかしら。でも私自身が愛されるかどうかは分からない……)

 彼らの誰を選んでも、妻を全く顧みないダナレイ()と違って、上っ面をなぞるように表面だけイリヤを愛する演技をするのだろうと想像する。

 表向きは愛されないイリヤを憐れみ、自分こそイリヤに相応しい、愛を語ってみせるという理由があるのだから、その通り語るように騙るのだろう。


 ダナレイとの喜劇が終わっても、次はより難易度の高い仮面劇が始まるだけ。それもこの国を戦の炎で焼く可能性の高い悲劇。

 だからこそイリヤはまだ(・・)自由の利くダナレイとの結婚を継続している。どちらがより幸せか不幸せか、それは較べてみないことには分からない。ドレスやアクセサリーと違って夫はあれこれ試してみるわけにもいかない。


(できれば――できれば次は愛とまでいかなくても、せめて好ましく思えて信頼できる人と……)

 そんなことをつらつら考えているイリヤをアロネが心配そうに見ていた。






 





ごぶさたしていてすみません

肘から手首にかけて障りがありまして、日常生活も何とか何とか

他の作品ともども期間は空きつつもゆっくり更新するつもりではあります


評価やイイネ、ブクマ下さってる方ありがとうございます(感涙)


©️2023-2024-桜江

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