エピローグ:新しき世界
「徳の人が『絶対善の荒振る力のみが絶対悪の堕落した力を打ち倒せる』と認めているとしても、法律は、この善を罪として罰せざるを得ないのである」
ハンナ・アレント「革命について」より
ようやく……聴力が回復した……。
嫌な予感しかしねえ……。
「門司第1小隊、聞こえるか? おい、他の小隊の奴でもいい……だ……誰か……生きてる奴、居るか?」
ウチの隊長の……慌てまくってる声……。
『門司第2小隊以外のレンジャー隊メンバーとの通信リンク切れました』
オフィスに居る重松さんから……非情な連絡。
「他のチームが居る辺りの防犯カメラの映像は?」
『周囲の、ほぼ全ての防犯カメラとも通信不能です』
「ど……どうなってんだ?」
「簡単だ……『受け取れば、韓国のヤクザの風下に立つ事になるが、受け取らなければ、他の誰かの手に渡り、自分達が跡目争いで不利になる』……そんな厄介なプレゼントは、どう扱うのが最適解だ?」
流水紋の強化装甲服が、そう言った。
「おい、訊いていいか? おめえなら、どうすんだ?」
「プレゼントとプレゼントを受け取ろうとした阿呆を、まとめて始末する。それで、味方にすべきじゃない阿呆どもの粛清と、自分達を支配しようとしたヤツへの宣戦布告が同時に出来る」
そう言う事か……。
他のチームは……今、ここで起きたような爆発に巻き込まれ……多分、全員死亡。
仲間を見捨てろって言ったのは……タチの悪い冗談じゃなくて、本気だった。
全員を助けられる訳じゃない……その場合、まず、見捨てるべきは……あたしらのチーム以外の「レンジャー隊」だった。
そもそも、全員を助けられる訳じゃなくなったのは……多分、あたしらを助ける為に、爆弾避けに準備した無人トラックを一台無駄にしたせい。
こいつらから見て、足手纏いで役立たずな、あたしらと一緒に行動したのは……いや、待て……。
「も1つ訊いていいか? 何で、他のレンジャー隊を見殺しにして、あたしらだけを助けた」
「簡単な話だ。あんた達の組織の為だ」
「はあ?」
「どんな組織であれ、卒の無い秀才と、有能なはぐれ者が揃ってこそ、健全に機能する。そして、卒の無い秀才は育てる事が出来るが、有能なはぐれ者を得らるかは、運任せだ。あんた達の組織にとって、より貴重なのは、死んだ連中ではなく、あんた達だと判断した」
「ふ……ふざけんな……お前が、やったのは……」
あたしは、背中の大型アームを展開する。
「命の選別じゃねえか……」
自分でも、びっくりするほど……感情がこもってない、淡々とした声だった。
「そうだ。命の選別だ。倫理的には誉められた真似じゃないが、私の判断と、災害現場で負傷者に黒タグを貼る医師や、生活保護の申請者に『残念ですが』と告げる市役所の職員とに何の違いが有る?」
「おい、煽るんじゃねえ」
ファイアーパターンの強化装甲服の魔法使いが、そう言った。
「伯父貴に言われた事が有る……『一度、お前の親父と、本気で兄弟喧嘩をしておくべきだった』ってな……」
「そっか、じゃあ、貴重な機会だ。せいせい楽しめ」
「いい覚悟だ……ブッ殺してやる……」
その時、隊長と大石と池田が、あたしに飛び付いた。
「何考えてがる?」
「やめて下さい……」
「あのですねえ……」
池田は、新人達に聞こえないように、小声で……。
「血ぃ繋がってないとは言え、あいつ、あんたの妹でしょ。姉と妹で殺し合いする気ですか?」
「離せ……離せ……離せってんだよッ‼」
「そいつから離れてもらえますか? すいませんが、この喧嘩を邪魔する者も排除対象と見做します」
3人は、しぶしぶながら、あたしから離れ……。
「うりゃあッ‼」
あたしは、右の大型アームのストレートを放ち……。
だが、妹は、その大型アームを掴み、背負い投げの要領で……。
「右アーム、緊急除装ッ‼」
妹は……それで、バランスを崩しかけ……。
あたしは、そこに、左アームのフックを放……しまった……。
右アームを失ない、重量バランスが大きく崩れた状態で、派手な動きをする……当然、強化装甲服の制御AIも、着装者のあたしも、上手く対応出来る訳が無い……。
妹は……あっさり、後方に飛び退いて、あたしの攻撃を避け……。
待て。
何か変だ……。
こいつの場合、こんな状況では逆に前に出て、次の攻撃に繋げる。
何故、背後に飛び退いた?
それに……何で、あたしの右アームを手に持ったままなんだ?
ガンッ‼
パイルがアスファルトに撃ち込まれる音。
妹は、そのパイルを軸に、体を水平方向に回転される。
動力が切れた大型アームが……肘関節から、ヌンチャクのようにしなり……。
しまった……。
ドンッ‼
あたしは、妹の攻撃が命中する直前で、左アームで思いっ切り、地面を叩く。
その反動で、あたしの体は宙に浮き……。
妹が、右アームを投げ捨てると同時に、自分の腕の隠し刃を展開させる。
「アームユニット、緊急除装‼」
妹の腕の隠し刃が左アームを両断するのと、あたしが強化装甲服の制御AIに命令を出すのも、これまた、ほぼ同時。
あたしは、何とか着地し……だが、妹の刃が……あたしの頚動脈へと迫っていた。
「いい加減にせんねッ‼」
その怒号と共に、もう1体の流水紋の強化装甲服の手が、妹の腕を止めた。
「やれやれ……どっちみち……今からが始まりか……」
「始まり……? 何の事だ?」
「九州3大暴力団は壊滅した……が……残党どもは、私と同じタイプの狂人の元に統合されるだろう。戦いのルールが変った……本物の化物が統合する少数精鋭部隊、パワーダウンしたように見えて……やり口の悪辣さとフットワークの軽さは……今までより遥かにタチが悪くなる」
こいつの事は、大嫌いだが……その分析にだけは同意せざるを得ねえ……。どうやら、あたしらは……立ち合い見届ける羽目になったらしい……政令指定都市まるごと1つを……下手したら九州全体を呑み込む闇黒新世界の誕生を……。




