第39話 一歩前進
――十分後。
「…………気は済んだか、お前ら……?」
「――はい!」
揃って頭に大きなたんこぶをつけてやった後だというのに、ヘルとミディは肌をツヤツヤにしながら満足気に返事をしてきた。
「はぁ……疲れた…………」
ガッチガチに足を固めたおかげで何とか大切なものは守ることが出来たが、それ以外はえらく好き勝手にされたものだ……。正直、途中から何をされたのか全く覚えてない。
俺は背中に付いた土を払い、乱れた服装を元に戻す。さっきまでの険悪さはすっかり鳴りを潜めたのか、イタズラ好きな小悪魔二人は隣あって楽しそうに笑っている。
『……まぁ、必要な犠牲だったと割り切るしかないか』
元々二人を焚きつけた理由は目の前の和解だったのだ。予想以上に火が強くなってしまっただけで、目的は無事達成出来たのだから良しとしよう。
「そういえば……あなたは自分がどうしてあんなことになったのか、覚えていないんですか?」
会話が弾んだ流れで、ヘルが一番気になっていた事をさらっと口にする。
「うん……。ダンジョンを出た次の日――アトスを助けに戻ろうとしたところまでは覚えてるけど、そこから先は頭がモヤモヤして…………。それに、アトスが死んだって知ってからは何もかもどうでもよくなって……一日中魔法ばっかり撃ってた気がするから……」
「ダンジョンを出た次の日――ってことは、おかしくなったのはここ最近の話じゃないってことか?」
「……どうだろ……。最近は特にアトスのことばっかり考えて頭がぼーっとしてたから、もっと分からないかも…………」
「……つまり、これといった手掛かりはないという事ですね」
「そうみたいだな……」
ミディの変貌ぶりからして、ただの噂や出任せから拗れただけとはやはり考えづらい。せめて嘘の出処とかが分かれば、あいつらを戻すのが楽になると思ったんだが……。
『そもそも、俺が死んだって嘘をついたところで何になるんだ……? 別に誰も得しないだろうし、もし文句があるなら直接言えばいいだけの事だ。こんな一見無意味そうなこと、一体誰が何のために……?』
――パン! パンッ!
思考の螺旋に囚われ始めたところで、ヘルが手を鳴らして俺たちの意識を現実へと引き戻す。
「今はこれ以上考えても仕方がありません。まずは一人だけでも元に戻せたことを喜びましょう、主人」
「……そうだな。俺たちの手で元に戻せるって分かっただけでも、成果としては十分だ」
未だ見えてこない真相に頭を悩ませながらも、俺は「一歩前進した」という事実を強く噛み締めた。
「…………ところでさ、さっきから何か変な匂いしないか?」
現実に引き戻された反動か、ちょくちょく気になっていた事柄が浮き彫りになって俺を刺激する。
「言われてみれば……確かにちょっと焦げ臭いですね」
「…………焦げ臭い?」
何か大切なことを忘れてしまっているような違和感を覚え、俺は周囲を軽く見渡してみる。
すると、少し離れた場所――さっきまでミディと戦っていた辺りの木々が赤光で照らされ、隙間から黒煙が立ち上るのが見えた。
「……そういえばさ。戦闘後の後始末――って、誰かしたか?」
「……してないですけど」
「……私も……」
俺たちは冷や汗をかきながら、匂いを辿って恐る恐る戦闘跡地へと向かう。「パチ……パチ……」と弾ける音を聞いて疑念は疑う余地を失い、温まる汗と共に現場へ急行した結果――。
「か――火事だぁーーーーーッ!!!」
森の一角が今も尚、赤い炎に包まれていた。火は倒れた木々から他の木へ次々と燃え移り、今正に森全体を薪にして灼熱の花を咲かせようとしている。
「なんということでしょう……。緑ばかりで味気なかった動物たちの住処が、匠の鮮やかな手腕によって彩り鮮やかな焼け野原へと大変身――!」
「言ってる場合か!!!」
ミディを元に戻したのも束の間――今度は自然の生命を救うため、俺は森中を奔走して腐食の霧をばら撒き、どうにか火の手が回るのを食い止めた。
だが、この行動がまたも誰かの誤解を招いているとは――当の本人は思ってもいなかったのである。
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