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第38話 強者故に、骨の髄まで

 悲しきかな。平穏とは、俺たちが思い描くよりもずっと儚いものなのだ。


「だ・か・ら! さっきからベタベタし過ぎだって言ってるんですよ! 少しはその胸みたいに慎みを覚えたらどうなんですか!?」


 俺の右腕にべったりと張りつくヘルが罵倒の言葉をガッチガチに固め、俺を挟んで反対側へと投げつける。


「そっちだって、さっきからずっとアトスのこと狙ってるくせに……! そういう台詞は、その見え見えの下心を自重してから言って…………!」


 同じく左腕にぴったりと抱きつくミディが敵意という棘を打ちつけた言葉で迎え打ち、俺に構わずフルスイングで対抗する。


 白熱する口論。薄くなる空気。ぎゅうぎゅうと圧迫され、見るからに血の気が引いていく俺の両腕。


「お前ら、少しは仲良く……」


「――アトスは、私と一緒…………周回遅れは大人しく引っ込んでて……」


「――まだそんな戯言を口にしますか……。どうやら、まだ頭の方が十分には治ってなかったみたいですね。いい機会ですから、私が直々に治してあげましょうか?」


「上等…………」


 互いに一触即発の空気。俺は半分呆れながら拘束された腕を引き抜き、二人を向かい合わせる。


「そんなに喧嘩したいなら、一度思う存分やってみたらどうだ? 勝った方の言うことなら聞いてやるぞ?」


「…………へぇ、意外ですね。てっきり止められるものかと思いましたが……まぁ、それならお言葉に甘えて――」


「――思いっきり、やる…………」


 拳を構え、ジリジリと距離を詰める二人。殺気だけでも相手を殺せてしまいそうなくらい気合いが入っている。


「「――いざ!!!」」


 同時に飛び出し、互いの拳が交差する。その瞬間を目の当たりにしても尚、俺は二人の心配なんて微塵もしていなかった。何故なら――。


 ――ポコポコポコポコ…………。


 今のこいつらには相手を痛めつけるだけの(パワー)なんて、何処にもないのだから。


「「んぬぅ〜!!!」」


 ――ポコポコポコポコ…………。


 どれだけ力を振り絞ってもせいぜい子どものこねる駄々程度にしかならない拳は、それはまぁ可愛らしい音を立ててみせた。


「いいぞ〜、二人とも〜頑張れ〜」


 まるで子どものかけっこを陰から見守っているような気分だ。当人たちは至って真剣なのに、こちらとしてはまるで緊張感がない。


 小動物の争いを野次馬感覚で見ていると、いつの間にかヘトヘトになった二人がバランスを崩して仲良く揃って転倒する。


「いったたた! ちょっと! 何するんですか!? 早くどいてくださいよ!」

 

「そっちこそ……! さっきから、足が引っかかってる…………!」


 最早俺の事などそっちのけで言い争いを始めた二人に俺は思わず吹き出してしまった。


 ――譲れないものがあるなら、一度思う存分戦ってみるべし。


 力が物を言うモンスター同士の仲介によく使っていた手法だが、こうして見ると人間もモンスターもやっぱり大して変わらないな。


「ほらほら、お前らもっと頑張れよ。このままだと引き分けだぞ~?」


 ……っとと、いかんいかん。つい愉しくなり過ぎて煽ってしまった。ま、今のあいつらなら二人同時に相手しても片腕一本でどうにか出来るだろうし、問題ないだろう。


『…………なんか私たち、主人(マスター)――いえ、アトスの掌の上で踊らされてませんか?』


『……うん、そんな気がする…………。アトスの顔、いつもと違って見ててイラッとするから……』


 何やら小声で話し始める二人。これは、いよいよ俺が標的になる番か……?


「――それじゃあ、手筈通りにいきますよ?」


「――うん…………」


 目線で合図を送り合う二人。俺は多少身構えながら二人の動向を見守っていると、案の定俺に憎悪(ヘイト)を向けて襲いかかってきた。


 ――バタンッ!


「……中々息のあった連携だな。喧嘩はもういいのか?」


 同時に突進をくらって地面に押し倒された俺はあくまでも余裕を崩さず、堂々と二人に語りかけた。


「えぇ、引き分けで手を打ちました。次はアトス――あなたが恥を見せる番です」


「……私たちを弄んだ罪、償ってもらう…………」

 

「なんか、物凄く人聞き悪くなってないか……? まぁ、別にいいぞ? へなちょこになったお前ら二人なんて、腕を持ち上げて一振りするだけで簡単に……」


「――うん、簡単に吹き飛ばされる…………間違いない……」


 ……ん?


「今の私たちは、言ってしまえば服に掛かってしまったただの落ち葉に過ぎません。サッと払うだけでも、遥か遠くまで飛んでいってしまうでしょうね……。さ――どうぞ?」


 ……こいつらまさか、自分たちの貧弱さを逆手にとって俺を脅そうとしてるのか?


「なるほど……考えたな。だけどな、その程度の力加減なら別に苦でも何でも……」


「――忘れてませんか? 今アトスの身体には、私の力の()()()()が流れているんですよ?」


 …………あっ。


「今の私たちとアトスでは、もしかしたら百倍くらい力の差があるかもしれませんね……。それに――」


 ニヤリと笑うヘルの隣で、ミディがか弱く震える手を天に掲げて魔力を煌めかせた。


「――力身(バルク)……」


 魔法が成立すると共に、俺の身体が内なる力を解放する。


「筋力増強の魔法……? って、こらミディ! 魔力ないクセに魔法なんか使うな!」


「……ごめん…………けど、これが()()の…………ふへへっ……」


 魔力切れで辛そうになる顔の奥から歪な悦びが垣間見える。……正直、俺には全く理解出来ない世界だ。


「これでアトスは正に敵無しですね。さ、思う存分やってください」


「くそっ、こいつら……! 汚いぞ! 俺がちょっとでも心を鬼にすればお前らが負けるくせに……ッ!」


「でも、それが出来ないのがアトス…………でしょ?」


 悔しがる俺の目を見て喜ぶミディはか細い指で俺の腹をトントンと叩く。


「抵抗しないのですか? ……なら、へなちょこなりに少しは足掻かせてもらいましょうか」


 一方でヘルの指先は俺の足先へと向かい、途中で獲物を見つけたのか太腿辺りで不規則に動き回る。


「なっ、何する気だお前ら……!? や、やめっ、やめろ――ッ!」


 俺は強者であるが故に、強者のまま弱者である二人に骨の髄まで味わい尽くされた。



 

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