第23話 まんまと騙され、聖女は笑う
『あいつらの狙いは間違いなく俺だ……。こっちの居場所がバレている限り、絶対にどこまでも追いかけてくる……』
この推測はまず当たっていると考えていい。彼女たちの猛獣のような眼光が何よりの証拠だ。
「なぁ、ヘル……。どうやったらこの地獄を抜け出せると思う……?」
「そうですね……アトスが頑張って二人に分身して、一人を生贄にするのはどうでしょう? それなら片方は生き残れますよ」
「そんな器用なこと出来るか! それに結局は一人犠牲になるってのも何か後味が…………そうだ!」
一つ、いい案が思いついた。俺は少し離れた場所をちらりと見て、ヘルに耳打ちをする。
「ヘル、俺が合図を出したらさっきミディの魔法防ぐ時に使ってた霧を目いっぱい出してくれ。物は溶かさない程度に、周りの動きを阻害する感じで頼む」
「……さっきから、私のアイデンティティ奪ってばっかりじゃないですか? これでも腐蝕が取り柄のボスモンスターなんですけれど、私」
「職務放棄してた奴が今更そんなこと言うな。被害ゼロで無事逃げ出せたら、その時はちゃんと言うこと聞いてやるから。それじゃ――いくぞ!」
* * *
『アトスさんのあの顔……きっと何か企んでますね』
私は警戒を強めるべく晄の鎖を更に展開、少しでも動いた瞬間に射出するよう構える。
|リプレさん・ミディさん《二人》も同じことを思っているらしく、その場でステップを踏んですぐに距離を詰められるようにしたり、杖に魔力を込めて妨害出来るようにして各々追撃の準備を整えている。
アトスさんの一挙手一投足に私たちは全神経を集中させ、その度に空気が緊張で張り詰めていく。
そんな時だった。
「――魔蝕の霧」
アトスさんの隣に居座る人型モンスターの周囲から黒紫の気配が立ち昇る。異質な霧は拡散した後その場に沈み込み、アトスさんや私たち、周囲の冒険者さんたちを含めた全てを包み込んだ。
「これは……!」
霧が肌に触れた瞬間、身体がぞわりと震えた。霧に溶け込んだ何かが体内へと入り込み、内側から少しずつ少しずつ蝕んでいく――そんな嫌な気配が喉元を這い上がってくる。
「――聖光の加護」
すぐに状態異常を防ぐ魔法を唱えると、私たちの周りを薄い水色の膜が覆う。体を這いずり回る不快感がすうっと消えると、すぐに周囲を見渡した。
「アトスさんは……!?」
「どこいったの!?」
「……消えた……?」
三人がそれぞれの方向に目を走らせるが、アトスさんの気配は霧の中に完全に紛れ、まるで最初からいなかったかのように姿を消していた。
『どこに行ったんですか、アトスさん……!』
霧が邪魔をしているせいで視界も魔力感知も、何もかもが頼りにならない中でアトスさんの気配を必死に探り出す私たち。
――俺はここだッ!
感覚を限界まで研ぎ澄ましているこの状況で、その声を聞き逃すはずがなかった。
「! 今の声は……!」
「アトス……そっちね!」
「先は、越させない……!」
三人同時に動き出し、方向感覚の狂う中でも真っすぐ声のした方へと走り出す。すると霧の海に一つ、黒い影が浮かび上がってきた。
「見つけました――ッ! もう逃がしません……!」
何とか一番乗りで黒い影を捉え、彼の外套越しにその体を掴む。その瞬間――気づいた。
「――ッ! 誰ですか!?」
隠されたその姿を見るべく手に持った外套を引き剝がすと、そこにいたのは手足を縛られ、荒い息を吐きながら蹲っている男――ウーフェさんだった。
「……え?」
「……は?」
遅れて後から来た二人も困惑の声を上げる。
「……なんで、あんたがここにいんのよ……ッ!」
リプレが目を見開き、怒りを露わにして拳をわなわなと震わせる。
「それ……アトスの付けてた外套……? ってことは……」
「……えぇ、囮です。まんまと騙されました……」
周囲を見るに一方向にだけ霧が引っ張られた跡があった。おそらくアトスさんはここで囮を作ってからわざと声を上げ、私たちを誘き寄せているうちにこの場を立ち去ったのだろう。
「あぁっ……もう! あんたがこんなところで紛らわしいことしてるからじゃない!」
「ごへっ!?」
リプレさんがウーフェさんの胸倉を掴むと、そのまま何処かへ投げ飛ばしてしまった。
「……幸い逃げた方向は分かるんだし、今ならまだ間に合うかも……!」
霧が晴れ、辺りを見渡したリプレさんが霧に残されていた跡を追って走り出す。
「確かに、まだそう遠くへは行っていないはず…………。待ってて、アトス…………今行くから……」
続けてミディさんがリプレさんの後を追いかける。
「…………」
残されたのは私と、アトスさんの残した外套。
「………………ふふっ……」
霧の外に出た私は新鮮な空気を吸い、腕の中の外套に残る微かな温もりを感じながら二人の後を追いかけた。
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