ローザはBLTサンドを愉しみたい
気持ちのよい初夏の昼下がり。
黄金色に実った麦畑で昼食休憩中だった農夫のカールは、あぜ道を進む人影に気付き、ぱっと顔を輝かせた。
「おい、ティモ、見ろよ。ローザ様が来てるぜ!」
「えっ!? どこだ!? うおっ、まじだ!」
仲間のティモに呼び掛けると、すぐ近くで硬いパンを齧っていた彼も慌てて振り返り、目を瞠る。
それから、二人は揃って相好を崩した。
「……はぁー、元々お綺麗だったのに、王都に行かれてからの一年でより一層お美しくなられたなぁ」
視線の先には、日よけのフードをかぶった、細身の少女の姿があった。その少女は、名をローザ・フォン・ラングハイムという。
カールたちの住まうこのラングハイム伯爵領の若き後継者の姉であり、彼らが一心に慕う相手であった。
その忠誠心たるや、彼女の父親が不祥事を起こした際、彼女が領地を返上しようとしたら、ラングハイムの成人領民すべてがローザたちの伯爵領権維持を願って総数約三千にも及ぶ署名を提出したくらいだ。
そんなローザと弟のベルナルドは現在、王都に住んでいる。
年若い伯爵家後継者に、社交界的経験を実地で積ませるための措置だという。
また、ローザは王女の相談役として抜擢されたと聞き、領民達は寂しさと同時に誇らしさをを感じたものだ。
「俺ァ、ローザ様を見るたびに、心が浄化されるのを感じるよ。ああいうのを、穢れなき天使っていうんだなぁ。今回だって、自らがラングハイム領を視察できるようにって王妃様に直訴して下さったらしいぜ」
「ああ、俺たちの様子や孤児たちの学習状況、王都から療養にきた令嬢の様子を、自分の目で確認したいと言ってくださったんだよな。ほんとうに、『薔薇の天使』って二つ名がぴったりのお方だよ」
「それな。今日の昼食も硬えパンかと嫌になってたが、ローザ様のお姿を見られて元気百倍だよ。彼女こそ、貴婦人の中の貴婦人だ」
カールとティモはうんうんと頷き合う。
それが視界に入ったのか、あぜ道を歩いていたローザが振り向き、嬉しそうに手を振った。
二人はぶんぶんとそれに手を振り返し、それから同時に溜息をついた。
「ああもう……かわいいかよ」
「ほんと、どんな仕草も絵になるよな。三歩ほど前を歩いている男三人も美形だし。」
「ベルナルド様と従者のトマスと……あと一人は誰だ?王都から来た護衛の騎士か?」
「案外、ローザさまにゾッコンの王子様がお忍びでついてきてたりして」
「ははは、ありそうだな」
と笑い合う二人。噂好きの彼らは、これでなかなか鋭い観察眼を持っていた。
***
(腐腐ふふっ。カールとティモの仲睦まじい様子は健在だったわね。この一年間の間にどんな攻めと受けがあったのかしら……そして今、私の手元には神小説。ああ、ドロテア様、薔薇神様、今日もたくさんの尊みをありがとうございます)
ローザは手を組み合わせて今日も今日とて感謝の祈りを捧げる。
自領のカプの進捗や腐文明のハッテン具合を確かめたくて視察を嘆願したところ、何とベルナルドとレオンまでついてきてくれる事になった。何でも、ドロテア王妃が実現を後押ししてくれたらしい、ローザは同好の士と神に感謝の気持ちで一杯だった。
日中、農夫たちの様子を見て回り時刻は夕方。しかしローザは休む事なく、続けてラングハイムで療養中の五・七・五令嬢ことアリーナが書いた物語を拝読する。
「ふぉ!」
それは、男同士の素晴らしい友情の話だった。
男達が激しく身体をぶつけ合う集団コンタクト系スポーツ大会に臨む高身長イケメン、しかし王者を前に彼は挫折を経験する。そんな時、彼を励まし秘策を授けるチームメイトのインテリメガネ。『君と僕の二人で翻弄してやろう、王者を!』
すっかり夜遅くまで読み耽ってしまった。
ひとしきり感動し、腐った妄想に悶え終わったその時
「姉様、到着早々働きすぎです」
「そうだぞローザ、無茶は禁物だ」
「ローザ様、もう少しゆっくりなさって下さい」
彼女の体調を心配する三人がやってきた。
ベルナルド、レオン、トマスの順に並んでいる。
その時、ローザの脳裏に電流走る!
圧倒的なド攻めのレオン、一対一で彼が『受け』になることは全くイメージが出来ない。いわゆる解釈違いだ。
だか、二体一ならどうか……
『君と僕の二人で翻弄してやろう、王者を!』
脳裏に浮かんだのは、ベルナルドとトマスの主従コンビに挟まれ、息のあったコンビネーションに翻弄されるレオン。
圧倒的な攻めが、まさかのリバ!
「はあ…ふう…」
興奮にハァハァと息を荒げだしたローザに、三人は慌てる。
「ローザ!?大丈夫か」
「は、はい。私は平常運転です、大丈夫大丈夫」
「無理をするな、正直に言ってくれ」
慌てたレオンに顎クイされ、心配のあまり無意識に魔力を高めてしまった金の瞳でのぞき込まれる。ローザは本心を垂れ流す恍惚状態に陥った。
「レオン様、ストップ!」
「ローザ様から離れて下さい!」
それを見て、ベルナルドが前から、トマスが後ろから、レオンに密着してローザから引き剥がす。
それをみたローザの脳裏に浮かんだのは、夜の帷の中、一糸纏わぬ艶姿となった三人が重なった光景だった。ちなみにパンパンと音を立てて打ち付けられる腰の部分は月の光で見えない。
家族以外の異性とはハグすらしたことのない、経験値ゼロの未熟者のローザ。
しかし読破してきた数々の春画に加えて、過日のバイコーン事件でほぼ裸の少年達をみた彼女は、かなりの解像度で淫靡な情景を脳内再生することに成功していた。
自分で妄想したことながら、そのあまりの衝撃にローザの魂は爆散し破片は勢いよく宙を駆け上り夜空に巨大な花を咲かせた。たーまやー
「正直に……えっと、B・L・Tが重なって素敵で……」
「どうした?B・L・Tとは何だ」
ベルナルド、レオン、トマスの頭文字である。カプの関係を整理する時に頭文字で書いたのを繋ぎ合わせていたら化学式みたいになるのは、貴腐人界隈ではよくある事なのだ。
「パンパン……しっとり……殿方達が……でも、こんな事思いつくのはさすがにはしたない……ごめんなさい……それでも、やっぱり実現したくて……」
そこまで言ったところで、ローザは意識を手放した。
周囲を心配させないように気絶してはいけない、と強く自身に言い聞かせてきたが、さすがに今回の妄想は、あまりに刺激が強すぎたのだ。
***
「姉様は疲労に加えて心労もあったようだと診断されました。」
「今日のラングハイム領視察で、何か気を揉むことがあったのだろうか。」
「そう言えばローザ様、気絶する前にパンパンとか言っていましたね。農民が昼食で硬いパンばかり齧っているのと何か関係があるのでしょうか?」
トマスの発言に、レオンはハッとした顔になる。彼の優秀な頭の中で断片的な情報がパズルの中に組み合わされていった。
「きっとそれだ。そしておそらく、B・L・Tと言うのは食材の頭文字だろう。」
「食材?なら、ベーコン、レタス、トマトとかですか。それがパンと何の関係があるんでしょうか」
訝しがるベルナルドに、レオンは自らの従軍経験を語る。戦地では携帯と管理のしやすさから食事にはパンが単品支給されるのだが、固くて味もワンパターンでみんな嫌になっていたことを。
「それと、最近ラドゥから聞いたのだが、食材によって含まれる成分が異なり、パンしか食べないと言うのは身体にも良くないそうだ。」
「じ、じゃあ姉様は」
「農民達の食事を何とかしてやりたいと思い悩み、それで心労を……?」
「ああ、しかもそれの解決策まで導き出していた。先程までの情報をまとめるとローザは、ベーコン、レタス、トマトをパンに挟んで食べる携帯食を思いついたのだろう。」
三人は想像した
上からのしかかるパン
肉厚でオイリーなベーコン
みずみずしくジューシーなトマト
シャッキシャキのレタス
下から受け止めるパン
それはとても素晴らしいものに思えた。
肉汁と野菜の水分で硬いパンはしっとりと食べやすくなり、見た目も味も栄養バランスも完璧。しかも携帯性に優れて手も汚れない。
「さすがローザ様!素晴らしい発明だ!」
「しかし、なぜ姉様はそれが心労に?」
「おそらく彼女の出自が関係しているのだろう」
三人は、ローザが父親から虐待され自罰的になってしまったと思い込んでいる。
きっと、何か素敵な事を思いついてもその度に全て否定されてきたのだろう。そして自分の考えつくこと何も価値などないと、諦めた瞳で受け入れるようになったローザを想像して、ベルナルド達は心臓を引き裂かれるような心地を覚えた。
なんという痛ましい話だ。
実際のところは、ローザは自分の腐った妄想を素晴らしいものと信じて疑っていないし、そもそも虐待に遭った事実もない。
「ローザ様は模範的な淑女です。足首までを覆うロングスカートしか履いたことがなく、食事だっていつも完璧なテーブルマナーで食べられていました。その根底には淑女であらねばという脅迫観念に近いものもあったのかもしれません」
「きっとそうなんだろう。そんな彼女がパンに他の食材を挟んで片手で食べることを思いついたら、どうなると思う?」
「はしたないことを思いついてごめんなさい、それでも領民達の為に実現したい、そんな気持ちで板挟みになり……心労で倒れてしまった、と言うことですか」
レオンは神妙な顔で頷く。
どれもこれも、真相にはかすりもしていなかったが、恐るべきことに辻褄だけはぴったりと合っていた。
すっかり悲劇の少女と化してしまったローザの、その高潔さと慈愛深さに、一同は胸を打たれて黙り込む。
ややあって、低い声が沈黙を破った。
「――実現させよう、BLTサンドを、俺達の手で。そして、どれだけ価値のある事を思いついたのか、彼女に見てもらおう。」
残る二人は深く頷いた。
◇
倒れた二日後、療養のためと言われ屋敷の中で療養させられてたローザは、レオン達に連れ出された。
「あの、どちらへ行かれるのですか」
「いい光景を見てもらおうと思ってな」
心あたりがないローザは、ベルナルドとトマスをみやる。しかし二人とも悪戯っぽい笑みを浮かべるばかりだ。やだ、そんな顔のベルたんも素敵……
このサプライズ、自信あります。と顔に書いてあるベルナルドをみて、もしかしてという思いがローザの脳裏に浮かんだ。
いや、ありえないでしょ。
でもらこちらに来てからいい事ばかりが起こっている。もしかして、BLTサンド……?
「何だ、勘づかれてしまったか」
「サプライズにしたかったけど、仕方ないですね、真実を見抜く瞳の持ち主でしす。」
「腐ァ?!」
思わず口に出ていたらしい。そして、まさかのビンゴ。信じられないが、事実は小説よりも気なりともいう。
「ああああの、一体どこでその、見せていだだけるのでしょうか……?」
「見晴らしのいい丘の上でな」
「近くに住んでいる農民達にも集まってもらっていますよ」
まさかの屋外&大人数プレイ!
これは心の準備が必要だ。しかし、何としても見届けねば、また気絶しないようにしないと……
「ローザ様も混ざって下さいね。」
「みんな楽しみにしていますよ。」
「だ、だめですそんなの!遠くからその光景を見せて頂ければ充分幸せですから。わたくしなどほっておいて殿方だけでお楽しみ下さい!」
「そんなわけにいくか。むしろ、今回の催しはローザが主役だ。」
そんなわけないでしょう、まあまあ姉様なんてやり取りをしながら、到着までローザの顔は赤くなったり青くなったりを繰り返していた。
しかしまあ、当然腐った想像が実現するはずもなく、丘の上で皆んなでBLTサンドイッチを食べて終わった。
なんか思っていたのと違うと思いつつも、推し達が仲良く幸せそうに食べている姿を見て微笑むローザ。
その慈愛を司る薔薇の天使のような姿をみて、皆もまた、ニコニコしていた。
実際のところは、月の光の小説に心がざわめくもののけ姫なのだが、腐海に隠された誠の心を知るものはこの場にはいなかった。
美味もLOVEも止まらない
BLTサンドイッチの話はこれでおしまい。