第72話
休日だが今日は野暮用があったので蛍と過ごさず用事を終わらして夕方に帰ってきたら……アパートの部屋の扉の前に蛍が立っていた。
「ど、どうした?蛍」
何かあったのか?と尋ねたら……蛍は俺の顔を見てぽろぽろと涙を溢しながら泣き出した。
これはただ事じゃないと泣き続ける蛍を部屋にあげ訳を聞こうとするのだが……
信じてたのに、ひどいです、浮気者……そんな単語を呟くだけで会話にならない。犬の警察官の気持ちがわかる気がする。
「……蛍、何があったか……きちんと話して。そうじゃなきゃわからない」
蛍は泣きながらも俺を睨むように見上げ、たどたどしく何があったか答える。
「……今日は先輩は用事があるからと仰っていたので、私も一人でちょっとお買い物に出掛けたんです……そうしたら」
そうしたら、俺が女性と並んで歩いていたのを見たと蛍が言う。驚いた蛍は後をつけ……その女性が洋服を買うのを俺が付き合い、その後はお茶を飲み……その女性からお小遣いを渡されている俺を見たというのだ。
……うん、すべて事実だ。でも……
「蛍、あの人は叔母さん。蛍も以前に会った叔父さんの奥さんなんだ」
「……嘘っ」
あんな若くて綺麗な大人の女の人、背も高くてモデルさんみたいで、着ている服も素敵で……そう言いながら泣き止まない蛍にどうしてよいかわからず……
「助けてください!叔父さん!」
進路のことを話してあちらの世界の叔父とは距離を置こうとしたはずの俺は躊躇いもなく叔父に連絡をした。どこぞの奴等と揉めた時も叔父に頼ったりすることなんか無かったのに……泣いている蛍に俺は敵わない。叔父に電話をしてこれこれこういうわけであれは叔母さんだったんだと説明してくださいと頼む。
『まったく……お嬢ちゃんはそこにいるのか?』
叔父さんがそう言うので電話をスピーカーモードにした。
『お嬢ちゃん、久しぶりだな……こいつの一緒にいた女は確かに俺の嫁だ』
叔父さん達には子どもがいないので叔母さんは俺のことを実の子どものように可愛がってくれる。今日のことも自分の買い物に託つけて無理矢理に俺を呼び出し、服を買ってくれたり、ご飯を食べさせたり、お小遣いをくれたりするのだ。
『……うちには子どもがいないんでな……こいつのことを本当の子どもの様に思っているんだろう……たまに連れ出したがるんだ。すまなかった、俺からも言っておく』
と叔父が言ったら
「知らずに勝手に誤解して疑った私が悪いんです……お願いだから叔母様にそんなこと言わないでください……」
蛍が電話先の叔父に訴え、そして俺にも
「……先輩、ごめんなさい。先輩を信じてますっていつも言ってるのに……」
「疑われるようなことをしてた俺が悪いんだから……蛍は悪くないよ」
蛍を抱き締めて
「……俺は浮気なんかしないよ、愛してるのは蛍だけなんだから」
「……はい、私も……」
愛していると何度も囁いて、唇を重ねようとしたら
『……なぁ、とりあえず電話を切ってからそういう話をしてくれないか?』
叔父の言葉に蛍と二人で平謝りして電話を切った。うわっ、恥ずかしい。
☆☆☆☆☆
「……叔母さんが蛍に謝りたいって言うんだがどうする?……断ろうか?」と先輩から伝えられた。
やはり叔父様は叔母様に「彼女ができたみたいだから、あまりあいつを連れまわすな。お前と一緒にいた所を誤解されたぞ」と伝えたようだった。
勝手に誤解して先輩を責めた私が悪いので、私こそ謝らなくてはならないとお会いすることを決めた。
先輩は「俺も行こうか?」と仰ってくれたが「大丈夫ですから、先輩はご自分の受験勉強してください」と一人で待ち合わせのお店に向かう。
待ち合わせの喫茶店の中で座っていたら……あの時に見た綺麗な女の人が私の横に立ち
「こんにちは、鳴海さんですか?」
「……は、はい、はじめまして。鳴海蛍です」
「はじめまして、榊瞳と申します」
先輩の叔父様の奥様、スキニーデニムに赤の上着を着た……綺麗なお尻の形、細い腰、大きな胸、そしてその美貌……近くで見ても叔母様と言われる年齢ではないと思われた。なんで私があんなに取り乱したか漸くわかった、私が憧れる女性の姿、私がなりたい女性の姿がそこにあったから……自分が惨めに思えて先輩にあたってしまったのだ。こういう人が現れたら先輩もきっと私よりそっちを選ぶんじゃないかって勝手に思って……
「……鳴海さん、ごめんなさいね」
目の前の叔母様が頭を下げるのでこちらが慌てて
「さ、榊さんが悪いんじゃないんです……私が勘違いして……」
本当ならお二人を目撃したその場で先輩に問いただせば良い筈なのに、叔母様があまりに綺麗だから自分が惨めに思えて後で先輩の言うことも信じずに責めた……そんな情けないことをしてしまったと叔母様に白状した。
「……勘違いさせる行動をしてた私達も悪いわ。あの子ったら彼女ができたことを一言も言わないから……でも納得したわ、最近、良く笑うようになったし、鳴海さんのお陰なのね」
と叔母様が笑って「ありがとう」と言った。叔母様は自分の身体が原因で子どもができないので先輩のことを本当の子どものように思っているようだ。
「……そうですよね、先輩は叔父様に似てますものね」
「そうなの!あの子は旦那様の若い頃に似てるの!」
叔父様の話になると叔母様の目が一段と輝く、あぁ、叔母様は叔父様の事を本当に大好きなんだなとわかった。
「……叔父様との馴れ初めはどんな感じだったのですか?」
「聞きたい!?あれはねー……」
叔父様と叔母様の出会いも男達に絡まれている叔母様を叔父様が助けたことから始まって、叔母様が一目惚れして猛アタックしたらしい。やっぱり叔母様と私は似ているのかもしれない。そんなお互いの恋の話をすれば年の差関係なくなって……
「……あれ、まだ現役なんだ……ファ○コン。蛍ちゃんもあの子と一緒にやっていたなんて……」
「……瞳さんも叔父様とゲームやっていたんですね……」
「……旦那様は普段は優しいのにゲームは手加減してくれないので頑張ってついていったわ……」
「……大人げないなぁと思いつつ、そういう子どもっぽい所も可愛いと思ってしまうんですよね……」
「ふふ、惚れた弱味ってやつよねー」
……気がついたら二時間も話し込んでしまった。瞳さんは「こんなに付き合わせちゃって、ごめんね」と言ったが思いの外、お互い楽しかったのは明らかで……連絡先まで交換してしまった。
「……蛍ちゃん、あの子のことよろしくね」
「……はい」
瞳さんは素敵な女性だった。
……でもその後に会った人は最悪だった。
瞳さんを迎えにきた運転手の男の人は身体の大きな人で声も大きく……
「お、姐さん長かったな。……こいつが坊主の女か?」
ギロリと私を睨み
「……坊主はこんなチンチクリンが好みなのか?」
そんな失礼なことを言うし
「……いっぺん、綺麗所の並んだ店に連れていった方が良いんじゃないか?」
そんな事を言ったので
「先輩には私がいるからいいんです!そんな所に連れていかないでください!」
そう叫んだらその男は私をまたギロリと睨んで手を伸ばしてきたので「殴られちゃう」と目を瞑ったら
「……ははは、そうだなすまんすまん」
と私の頭をぐちゃぐちゃに撫でた!髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうし、私の頭を撫でて良いのは先輩だけなのに!
「や、止めてください!」
「ははは、手を置くのにちょうど良い高さだな!」
逃げられずにそうされていたら瞳さんがその男の後頭部に鞄を叩きつけて
「止めなさい!!」
と怒ってくれたので助かった。
「ご、ごめんね!蛍ちゃん!このデリカシーのない馬鹿のせいで!」
瞳さんは私の髪型を直しながら謝ってくれた。
瞳さんは謝りながらその男を蹴っ飛ばして帰っていった。酷い目にあった……
後日、先輩に会ったときにその話をしたら
「……あー、ごめんな、蛍。龍崎さんは……そういう人なんだ」
悪い人じゃないんだけどね……と先輩はフォローしながら
「……でも、それは蛍は気に入られてるぞ、多分」
そんな事を言うけどもう会いたくないです!




