39.修行の日々
お久しぶりになってしまいました。まだ読んでくれるでしょうか……
それからは修行の毎日だった。朝起きてご飯を食べて、「民」君(幸羽が勝手に命名した巻物)を呼び出して中でウォーキングをする。
そして疲れ果てて気を失い、自分の部屋で目覚めてミアに風呂に入れられる。 その繰り返しだ。
それでも日が経つにつれて少しずつ慣れていき、修行生活が2週目に入る頃には周りの景色を見たり、進む方向を帰れるようになってきた。
尤も、立ち止まることは出来ないので、歩き詰めなのは変わらないのだが……
そして偶々そういう時期なのか「民」君の気遣いによるものなのか、幸羽のうろつく草わらに次々と花が咲いて、いつの間にか草原から花畑にフィールドチェンジした!
野草の類なのだろうが、色とりどりの小さな花々は幸羽の目を楽しませた。 そんな風に過ごしているうちに最初は耳鳴りだと思っていた「音」に意味がある事が解った。
きっかけは群集して咲いているトルコ桔梗によく似た花の側を通る度、同じ音が聞こえるのに気づいたからだ。 どうやら、花から聞こえるらしい。
「ここの、お花は鳴くのかしらね」 不思議な出来事に慣れてしまった幸羽は首を傾げた。
そんな話を食事を運んできた富貴恵に話す。唯一元気な朝食時に富貴恵や太郎とゆっくりお喋りするのが最近の息抜きなのだ。
もちろん太郎は喋らないので、今も幸羽の膝の上に座ってお結びを頬張っているだけだ。
「花芯が黄色で薄紫の花びらが重なってる花なんですけど、それが「ルピナス、ルピナス」って鳴いてるんです。不思議ですよね」
「あら、幸羽ちゃん、それはホントにルピナスの花じゃないかしら」
「えっ、そうなんですか。じゃあ、花の名前なんですか? もしかして、お花の自己紹介? 」
「さあ、それは私には分からないけれど、その花はたぶんルピナスだと思いますよ。でも私が知っている限りでは鳴くような花じゃなかったはず…… 」
考えても分からない事はしょうがない。 蒼聖が戻ってたら聞いてみることにした。 こちらに来てから習得した「蒼聖に丸投げ」という得意技だ。
それにしても、富貴恵はサラッと流してしまった所をみると、もしかして鳴く?植物があるのかもしれない。
「異世界って…… やっぱり変…… 」 こっそりつぶやく幸羽だった。
そんなことがあってから、幸羽が耳を澄ませて注意を払うようになると、周りから沢山の音が聞こえるようになった。 そしてその音はそれぞれの草花や物の名前らしいと判った。
花の名前など一般的に知られているもののほかに普段使われていない名も多かった。その物の本質を表す名称で学術名のような物らしい。
「おや、そんな学習機能もあるんだね。流石は龍宮の宝物だ。抜かりはないという事か」
蒼聖に話をすると感心したように頷く。
「王族の教材だからね。君も勉強になって丁度いいじゃないか。修行する者の段階に応じて内容も変化するらしいから、幸羽君も励むといい」
頭も身体も鍛えますってこと何だろうか。でも、これ以上のレベルアップは無理! 今でも大変なのに…… 。
不満気な顔をした幸羽を蒼聖は笑って宥めた。
そして、修行生活もふた月になろうかというある日、いつものように歩き回った幸羽の限界が近くなる。
「はあ、もう無理! 」 そうつぶやいて、強制終了を待っていると急に周りが白く光り眩しさに目をつぶる。そして再び目を開けてみるとそこは自分の部屋だった。
「えっ、うそ、もしかして終わったの? 」
目を瞬いて暫し惚けていたが、自分を包んでいた巻物がシュルシュルと巻き上がり消えて、状況が飲み込めると幸羽は思わず拳を突き上げた。
「やったー! 初めて気絶しないで終わったよ。 私偉い? 頑張ったよね 」
自画自賛してみたが身体はいつものごとく疲れ果てていた。
それで結局そのまま寝てしまったのだが、入浴介助に来たミアが怪訝に思うほど寝顔がニヤニヤしていたらしかった。
同じ頃、蒼聖の許可が出て館内フリーになった。 取りあえず「殻」が働いても? すぐに倒れるような事にはならない程度に、生命力が増えたらしい。
通常は年単位の修行が必要なほどの増加量だそうだ。流石は龍宮の宝物だ。その効果には蒼聖も驚いていた。
「世の中の術者に知れたら大騒ぎになりそうだ。くれぐれも、口外禁止で頼むよ」 念押しされて皆が頷いた。
「しっかし、おまえ大丈夫か? 貧相になっちまって! 」
「瘦せすぎだよな」
「仕方ないじゃないですか、そんなに一度に食べられないし、これでも二食になったからまだましなんですよ」
寝酒と称した酒盛りをしている男たちの側で、夜食の冷たい雑炊を食べながら幸羽は眉を下げる。
はじめの頃は修行後は疲れ果て、夕御飯も食べずに寝てしまっていたので朝昼兼用の一日一食だった。
おかげで、どんどん体重が減りやせてしまった為着る物に困るようになった。 今も、富貴恵に借りた浴衣を着ていた。
「サイズが変わったからジャージと、ワンピースしか着れないし。でも、どうせまた、変わるかもしれないから新しい服を買うのもなんか…… 」
こぼす幸羽に良太が首を傾げる。
「別に気にすることないじゃんか。だって、まだしばらく外に出らんないんだろ? 買い物にも行けないんだしさ」
「そうなんだけど、まあ服は良いとして…… 」
「スタイルが変わると女は、ちょっと面倒な事があるのよ、良太」
ミアがグラスに入った怪しげな酒を片手に微笑む。
「そうなんですよね、どうして胸から痩せるのかしら? 元からささやかなのに、小山どころか平野になってしまう! でもキュー〇ー体型よりは案山子の方がまだマシなのかしら? 」
思わず口にした幸羽は、ハッと我に返り、自分の口を押えると周りを見渡して赤面した。
良太以外はニヤニヤと笑っている。
「オレに聞かれても困るんだけど…… 」 困ったように言う良太は少し顔が赤い。
「いや、この機会にお前も学んでおけ。何処に重点を置くかだな。乳か尻か、それとも脚か? 」
「ちょっと、何の話だよ。この、セクハラおやじ! 」
ワイワイと騒がしい居間で、こうしてまた皆と普通に話ができるようになって、幸羽は幸せに思う。
「頑張って良かった…… 」
何かあった時の余力のために、もう少し修行は続けていく予定らしいが、今後は一日おきになるらしい。
蒼聖の予想以上に修行の効率が良かったのと、それによる幸羽の激やせを考慮したためだ。
「部屋ごもりからは抜け出たし、後はのんびりやればいいよね」
幸羽は食後のお茶をすすりながら皆を眺めて微笑んだ。
後日、薬屋にバストアップの薬を勧められて心がぐらついたのは、幸羽も乙女だったという事だろう。
もちろんお断りはしたのだが…… 。
読んで下さってありがとうございます。




