27.王子との日々1
皆で騒いでいるうちにすっかり夜が明けた。
茶菓子でお腹が膨れたため一眠りしようと居間にいた者が部屋に引き上げていった。
朝食は無しでブランチになる予定だ。
夕方から早々と寝ていた幸羽はあまり眠くもないのでこのまま起きていることにした。
王子は眠ってしまったので、使者が持ってきた籠のような物に入れて側に置いている。クッション付きで背負うこともできる優れものだ。
居間には幸羽と蒼聖、そしてスケッチブック片手に戻ってきた歩の三人が残った。
「ねぇ蒼さん、私は正直な所、まだシンちゃんと一緒に居られて嬉しいんですけど、シンちゃんのお母さんはすぐに会えなくていいんですか? こんなに可愛いのに」 小さな手に指を握られたまま籠の中を覗き込む。
その手首にはしっかりと金の髪が巻きついていた。 長い髪の束は小指位の太さの筒状の装身具で束ねられている。
「慣例なんて言ってないで、離れられるようになったら直ぐに連れて行ってあげればいいのに…… 」
「向こうも色々事情があるようで、そういう訳にもいかないみたいだ。使者殿がそう言っていたよ」
「でも幸羽ちゃん、そうなったら今度は君が寂しいんじゃないの?」 王子の寝顔をスケッチしていた歩が顔を上げる。 からかうように言われて幸羽は言葉に詰まる。
「それは、そうかもしれませんけど…… でもやっぱりお母さんの側が良いと思うんです。 お母さんだって、きっと会いたいでしょうに……
成長が早いんですよね? 赤ちゃんの時期に一緒に居られないなんてもったいないわ」
不満気にブツブツ言う幸羽を二人が苦笑して見ていると、何かを思いついたように振り返る。
「そうだ、ビデオ!はないか、動画じゃ無くて…… ええっと何かこう、映像が撮れる物ないですか? ほら不思議道具で!」
「不思議道具? 何だいそれ?」 歩が首を傾げるが蒼聖は幸羽の言いたいことが解ったのか頷く。
「記録機というのがあるよ。加工した水晶に音や映像を刻む物だ。 水晶の加工の仕方で記録できる内容が違うんだよ」
「じゃあそれでシンちゃんの成長記録を撮りましょう。 そうすれば撮ったものを送ってあげれるし、後からも見れるし、いいでしょう?」 我ながら名案だと幸羽はドヤ顔になった。
幸羽のアイディアは受け入れられ、歩が資料記録のため持っていた記録機でその日から録画?し始めた。
王子の成長は人間では有り得ない程早く翌日には首が座り、一週間も経つと歩けるようになった。離乳食のようなものを食べ始めてからは幸羽から離れても大丈夫になったのだが、それでも太郎と二人で幸羽の後について回るので、まるで鳥の雛のようだと皆が笑った。
太郎は王子が生まれてからずっと側にいて、王子がまだ思うように動けない内は代わりにおもちゃを取って来てやったり、一緒に昼寝をしたりして兄弟のように仲良く過ごしていたのだった。
爽やかな風が入る居間で雪羽は、スプーンでプリンを王子と太郎に交互に食べさせていた。
経口摂取が始まり王子に食べさせる時に太郎にも一緒に食べさせたところ、気に入ってしまったようなのだ。
蒼聖が何やら難しい本を少し眉を寄せて読んでいるのをちらりと見て幸羽は思案した。
「ねぇ蒼さん、シンちゃんはあちらの言葉とか教えなくていいのかしら? 後で困らないかな」
語彙が増えてきて話せるようになってきたのだ。
せめてバイリンガルにはなってもらわないと不便だろうがここには竜国語を話す者はいない。 蒼聖ならできるかもしれないが。
「それに習慣とかも違うでしょう? もう少ししたら勉強の事とか、菖蒲さんに聞いた見た方がいいのかな。王子様だし」 自分が無知なせいで、王子が後々不利になるのはイヤだと幸羽は思う。
話しかけられた蒼聖は本から目を上げる。
「それは向こうの判断だろうから任せて置きたまえ。成人すれば地位と責任のある立場になるのだから、幼い時位普通の子供と同じ様に過ごした方が、いい経験になるだろう。
折角与えられた機会だからね」 優しい眼差しで二人の子供等を見つめる。
「言語の方は問題ないよ。むしろこちらの言葉を習得してもらった方がいい。
この館は言語補正がかかるから習得しやすいはずだ」
そういうものなのかと幸羽は頷く。 そしてふと思う。自分は言葉を覚えられたのだろうか?
敷地内から出るなと言われて引きこもっているうちに卵妊婦になり引き続き外出禁止だったのだ。 庭以外は一歩も外に出ていないので確かめようもない。
蒼聖に聞いてみると三月以上ここに居るのだから、人間の共通言語は大丈夫だろうといわれ安堵した。
こちらの世界では人間の国は共通言語が使われている。先の大戦の後統一されたのだ。
それ以前の国ごとの言語は教養として、主に知識人や高位の人達の間で使われ、それらを話すことは一種のステータスなっていた。
蒼聖からも勧められたので幸羽は王子に言葉を教えることにした。と言っても物の名前等、自分も知らないことが多いので、絵本を読んだり一緒に図鑑を見たり、幸羽自身も勉強しているようなものだった。
すくすく成長した王子は太郎と同じくらいの背丈になっている。
金色の髪が差し込む日差しに煌めいて、これで巻き毛だったら絵画によくある天使だなと、幸羽は思うのだが生憎さらさらストレートヘアなのだ。
尻尾のように長かった部分は生後十五日目に前触れもなくゴッソリ抜けてしまい大騒ぎになった。 龍宮の世話役に、不要になったから抜けただけだと聞かされて、皆が胸をなで下ろした事件だった。
ちなみに抜けた髪は保管して婚姻の時に交換されるのだそうだ。
その日も居間で、幸羽は二人に絵本を読んであげていた。 王子が幸羽から離れられるようになってからはほとんど太郎とつるんでいる。
「王子様はお姫様をお嫁さんにもらい、それからずっと二人で幸せに暮らしました。おしまい」よくあるおとぎ話を読み終わると熱心に聞いていた王子が黙り込む。
「どうしたの? このお話は面白くなかった?」 考え込んでいる様子に幸羽は首を傾げる。
「お嫁さんにするとずっと一緒に居られるのか?」 王子の思わぬ問いかけに幸羽は目を瞬かせた。
「そうね、結婚したら一緒のお家に住むことが多いわね」
「じゃぁ、オレは幸羽をお嫁さんにする」 王子は幸羽を見つめて言った。
「えっ 」思わず絶句した幸羽の耳に 「ブフッ」吹き出す音が聞こえた。
見回すと居間で新聞を読んでいる歩の肩が笑いをこらえるように震えている。
それを横目で睨んでから王子に微笑みかけた。
「ありがとうシンちゃん。嬉しいわ。だけどシンちゃんが大人になってからでいいかしら? ほら、王様になるお勉強とかで忙しくなるでしょう? それが終わったらまた申し込んでね。お返事もその時でいい?」
「わかった、そうする」王子は頷いた。
「大きくなったらオレのお嫁さんにするんだ。太郎も一緒だぞ」 太郎も嬉しそうにこくりと頷いた。
「それじゃ、おやつにしましょう。手を洗ってきて」 二人連れだって部屋を出ていくのを見送るといまだに笑っている歩を睨む。
「もう、笑いすぎですよ。歩さん」
「ご、ごめんよ。でも可愛くってさ」 目じりにたまった涙をぬぐいながら歩が謝った。
「男の子が一度はお母さんに言うセリフなんです。 私はシンちゃんのお母さん代わりなんですもの全然おかしくないです。」 幸羽はそう言うと誇らしげに胸を張った。
夜、子供達が寝た後、男たちが寝酒を飲みながらその話で盛り上がる。
「よかったじゃねぇか、貰い手が決まってよぉ」 朗に揶揄われて幸羽が顔を顰める。
「もう、そんなんじゃありません。あれは…… 」口ごもる。
「絵本を読んでいたんです。よくある王子様がお嫁さんをもらって幸せに暮らしましたってお話で。 たぶんシンちゃんは、お嫁さんにしたらずっと一緒に居られるって思ったんだと思います」
「なるほどな」 「そういえば太郎も一緒だって言ってたね」 男たちの声のトーンがやや下がる。
「こればかりは仕方ないね」 蒼聖に頷いて幸羽はハーブティを飲む。
「でもシンちゃんならお嫁に行ってもいいかも、きっと素敵な男性になるもの」
幸羽が部屋に行ってしまった後も、まだ男たちは飲んでいた。
「もしだぜ、ひょっとしてそんな事になったら、どうにか何のか?」 朗が蒼聖を窺った。
「一年ぐらいで大人になるんだったよね」 歩にも見つめられて、蒼聖は眉をよせた。
「太郎はともかく彼女は難しいね。あくまでも成体になるだけで、あの国で成人というか大人として扱われるのは五十歳をすぎてからだよ。寿命がちがいすぎる」
「流石に無理か」 「種族も違うしね。王太子じゃ跡継ぎに困るもんなぁ」 ぼやく二人を見ながら蒼聖は内心でつぶやいた。
(まぁ来世なら不可能じゃないが、あの王子が本気であればね)
シンちゃんの口調がやや乱暴なのは男たちの所為です。すでにオレ様です。
本日も読んでくださってありがとうございます。




