25.龍宮の使者
前回から日があいてしまいました。頑張って続けたいと思います。
幸羽は迎えに来た龍宮の使者に王子を渡して自分の役目は終わるのだと思っていた。それなのに……
「ええっと、それはどういうことでしょうか」
前日の倍に増えた使者は、挨拶の口上に続いて祝いと労いの言葉を述べた後、養育の話になった。
何故ここでそんな話が出て来るのか、同席している蒼聖と富貴恵も怪訝な顔をする。
「どうとは?」 瑪瑙と名乗るくすんだ銀色の髪に青い目の七十代位の老紳士が落ち着いた声で聞き返す。
「シンちゃん、じゃなかった殿下は龍宮に戻られるんですよね?」
「もちろんです。時が来ましたら、またお迎えに上がります」
「時が来たらって…… 」
(いつよ、それ。今じゃないの?どういう事) 幸羽は困惑した。見かねた蒼聖が口を開く。
「つまり、こちらで暫く殿下をお預かりするということですか?」
「そういう事になりますな。慣例ですのでルダ・マームには今しばらくの御助力をお願い申し上げる」
「瑪瑙様、申し訳ありませんが、もう少し具体的にお話いただけませんか。この娘は普通に暮らしていた者なので養母の役目について不案内なのです。何分大役ですし不手際があっては大変ですので」 富貴恵も口添えしてくれた。
瑪瑙は鷹揚にうなずいた。
「そうでありましたな。申し訳ない、こちらが失念しておりました。
では黒曜ルダ・マームご説明申し上げよ」 茶髪の三十歳前後の男に声をかける。
「はい、承知致しました。まず本来、我が国がルダ・マームに依頼しているのは玉を育成していただくこと、そして無事御生まれになった後は殿下を一定期間養育していただく事なのです。
といいますのも、我々は生まれてからしばらくの間、子は母親から離すことができないのです。
つまり殿下の場合はルダ・マームの側にいていただく必要があるのです」 やや緊張した様子で男が話し始める。
黒曜の説明によると、龍国の赤ちゃんは物を食べられるようになるまで、母親に接触する事で生存のためのエネルギーを受け取るのだそうだ。
あの尻尾のような長い髪もそのためにある。 彼等は成長が早いので生後十日から二週間ほどで経口摂取が可能になる。
だが安全のため王子もしくは王女は意思疎通ができ、ある程度自分で動けるようになるまで移動させないのだそうだ。慣例ではそれが生後六週間なのだとか。
「ですので二度目の満月の日にまたお迎えにあがります。 それまではルダ・マームに殿下のお世話をお願い致します」
(だから私がシンちゃんを抱っこしたままなのか) 部屋に来てから幸羽が抱いている王子を見ているだけで誰も受け取ろうとしなかったのだ。
使者の中には女性もいるのに、いつまでも自分が抱いているのは何かおかしいと思っていのだが、腑に落ちた。
(でも養育って責任重大じゃない。お腹に入れとくだけと違うんだし、王子様よ? わたしでいいのかしら) 幸羽は思わぬ事態に戸惑って蒼聖と冨貴恵の顔を順に見た。
そして二人が安心させるように微笑んで小さくうなづくのにホッとする。
赤ちゃんの世話など経験はないが、ここでなら皆が居るから大丈夫かもしれない。 そう思いながら、はて、人間の赤ちゃんと同じでいいのだろうかと幸羽は気になった。
「あの、お世話をさせていただくのはいいのですけど、何か気をつけなくてはいけないことはありますか?
私はただの一般庶民ですので、龍国の人の子育てについては存じ上げておりません。
そちらの育児書のようなものがあれば頂きたいと思うのですが…… 」 恐る恐る口にしてみる。
「その様な御懸念は必要ございません。こちらでの養育期間については、全てをルダ・マームに一任されております」
「はっ、えっ」 返された言葉に、それじゃ無責任すぎるだろうと驚き呆れた幸羽だったが、次第に腹が立ってきた。
本人の承諾もなく勝手に役目を押し付けて、世話も他人任せなんてひどすぎる。シンちゃんを何だと思っているのか。
「そんなの無責任すぎます。この子はあなた方の大切な王子様なんですよね?
それなのに、どこの誰ともわからない女に丸投げなんて! 私は異世界人なんですよ。
こちらの普通の子育ての知識もないんですよ。それなのに……
もし、おかしなものでも食べさせてお腹でも壊したら? それどころかケガや病気にさせたらどうするんですか?
シンちゃんがかわいそうです。 もっと大事にしてあげてください」
ムッとした勢いで思ったことをそのまま口にしてしまった幸羽は袖を引く蒼聖の苦笑を見てハッとする。そして自分の暴言に気まずい思いでうつむく。
「あの、申し訳ありません。私、口が過ぎました。余計な事言ってしまって失礼いたしました」 頭を下げる。
使者に立つくらいなのだから身分の高い人達なんだろう。敬語も何も頭から跳んじゃってたし無礼だとか言われるかもしれない。
私は怒られても仕方ないが、蒼さんや富貴恵さんに迷惑がかかったら困る。
幸羽がそう思いながらチラリと様子を窺うと、何故か龍国の人たちが微笑んでいる。
(えっ、なんで? 笑っちゃう程怒っているの!どうしよう) 冷や汗をかく幸羽に老紳士は嬉しそうに声をかけた。
「あなたがそのように殿下をお心に掛けるてくださる事に深く感謝し、両陛下に代わってお礼を申し上げる。
いや、あなたのような女人をルダ・マームに得られて殿下は幸運でしたな」 機嫌よく笑う姿に幸羽はぽかんとしてしまう。
「あなたでしたら間違いなど起こらぬとは思うが、ふむ、そうですな。養育に関する書物がないか探させましょう。 候補を選ぶ国に何か資料があるやもしれません。
それと日に一度、こちらの女官をご機嫌伺に遣わすことにいたしましょうか。 他には菖蒲、女官から何か申し上げる事はないか?」 黒髪の女性を振り向いていう。
「はい、わたくしの存じ上げている範囲では、龍国の子供と人間の子供の養育の仕方には大差ございません。 ルダ・マームが心配されている食事についても、経口摂取が始まりましたら人間の幼児と同じように勧めてもらってよろしいかと存じます。
つまり柔らかい消化の良い物から始めてください。特に食べてはいけない物等はございません。 その他も龍国の者故の禁忌は御座いませんので、人の子と同様とお考えいただいてよろしいかと」
すらすらと淀みなく答える彼女は、やはりエリートなんだろうなぁ、なんてことを幸羽はぼんやり思う。
「幸羽ちゃん、聞こえてる?」 富貴恵に声をかけられ幸羽は我に返った。
「ええっと、はい」 少々展開が早くてついていけなかったのだ。
結局自分は御咎め無しになったのかなとホッとした。
シンちゃんはもうしばらくここに居て、お世話は普通で大丈夫ということでいいのかな。
幸羽はログを読み返す様に、皆の言ったこと思い出し、頭の中を整理した。
「シン、じゃない殿下をお預かりするんですね。承知致しました」 コクコクとうなずく幸羽に瑪瑙が微笑む。
そして部下であろう人たちに目で合図をした。その人たちが木でできた箱を運んできた。
丁度ビールケースくらいの大きさだ。そう言えばこちらではまだ見たことはない。あるんだろうか?ビール。 関係ないことをまた考え始めていた幸羽はそこからいくつも別の箱を取り出すのを見て目を見張る。
一つなど明らかに出した箱より大きいサイズだ。 あれも不思議道具なのかと興味津々で見ていると、彫刻などの装飾が施された豪華な小箱が幸羽の目の前に差し出された。
「こちらは龍宮よりルダ・マームに送られた謝礼になります。どうぞお納め下さい」 ためらいながら受け取って中を覗いてみると、何か光る物や宝石らしき物が入っていた。
(た、宝箱!こんなの、どうしろって言うの?) ぎょっとして幸羽はすぐさまふたを閉じ、まるで危険な物のように置いた。
「これはちょっと、頂くわけには…… 」 助けを求めて蒼聖の方を見ると苦笑される。
「幸羽君それは受け取らない方が失礼だよ。正統な報酬だから受け取らないのは不服があるのだと思われ兼ねないよ」
「そんなことありません。もう十分もらってますから、これ以上は貰いすぎなんじゃないかと思って」 プルプルと首を振る幸羽に
「蒼聖公の仰る通りこれは陛下からルダ・マームへの褒賞ゆえ、ぜひお納め頂きたい。 先のものはあくまでも支度金でしたので、お気になさらず」 瑪瑙がそう言い、幸羽が富貴恵を見ると同意するようにうなずいていた。
それならばいいのかと幸羽は受け取ることにした。他の箱は衣類や身の回りの物が入っていた。 一番最後に差し出されたのは紙の箱で三つ重なっている。
「こちらは王妃様よりルダ・マームにと託された龍国の菓子です。 甘い物がお好みだと侍医殿から聞き及んだ故、よろしければ召し上がって頂きたいと仰られて持参致しました。 日持ちが致しますので皆さんで召し上がってください」
「まぁ、お菓子? シンちゃんあなたの国のお菓子だって、よかったわね」 喜んだ幸羽が今までの癖でつい腕の中の王子に話しかけると、なんとなく嬉しそうな表情になった。
部屋の中にいた者たちがほのぼのした空気に包まれる。
「おや、殿下も甘い物がお好きのようですな。陛下もそうでいらっしゃるのですよ。 お血筋でしょうか」 瑪瑙が目を細めて皆が笑った。
本日は読んでくださってありがとうございます。




