15.幸羽の事情
朝が来た。
「おはよう!」 「おはよう!」 「朝よ。起きて!」
可愛い声に起こされて幸羽は目覚める。 部屋に誰もいないのに首をかしげて、カーテンを開けてみると
窓のすぐ側の木の枝に青、黄、ピンク色の小鳥が三羽止まっている。
窓を開けると再びさえずり?だした。
「おはよう!」 「今日はいい天気よ」 「傘はいらないよ」
「おはよう。起こしてくれてありがとう」
幸羽は笑顔で礼を言う。 そして、小鳥が話すことに大して驚いてもいない自分に苦笑する。
どうやらこの状況にもう馴染んでしまったようだと幸羽は思う。
(こんなこと亜紀に知られたら、きっと…… )
「幸羽は能天気すぎる」だの「危機意識が足りない!」 などとお叱りを受けるのだろう。
しっかり者のひとつ年上の友人は
「幸羽が何をしでかすか心配で、私の精神衛生上好ましくない」 という理由で親の転勤先のフランスから単身帰国するほど過保護だった。
いつも自分を気にかけてくれる友人を思い幸羽はため息をついた。
朝食を食べながら蒼聖が幸羽に話しかける。
「私はしばらく戻って来られないと思うから、何かあったら富貴恵さんか朗たちに相談してくれたまえ。特に体調には気をつけるんだよ」
「はい。でも私、本当に大丈夫ですよ」
「館内にいるからだよ。 ここは特別な場所だから君も安定していられるんだ。 無理はだめだよ」
幸羽は素直にうなずいた。
「あの、お庭は出てもいいですか?」
「敷地内は大丈夫だよ。 ただし、離れのある奥庭には近づかないようにね」
「垣根の向こう側には門柱があるだろう? あそこがあっち側への出入口なんだよ。 お客さんは、あそこから来るんだ」
「こっちに来るやつらはいいが、帰るやつらに近づくと障りがあるからな 。せっかく禊をしたのに、お前と遭遇してやり直しになったら気の毒だろう」
「わかりました。でもちょっと残念です。 会ってみたかったのにな」 そういう幸羽にそこにいた皆が意味深に微笑む。
「そのうち会えるよ。富貴恵さんに挨拶しに母屋に来るものもいるからね。 そういうものには近づいても平気だよ」
「そうなんですか」 幸羽はうれしそうに笑った。
幸羽が今朝小鳥に起こしてもらったと話すと
「ああ、あいつ等な。 早速ちょっかいかけてきたか」
「ここの事を話したからだね、相変らず早耳だ。 あれは本当は鳥じゃないけど『事告げ鳥』て呼ばれてるモノだよ。
雄一羽、雌二羽で一家族なんだ。ここに住み着いてるんだよ」 歩が教えてくれる。
話によると、あの鳥もどきは普通は人間以外の国にいて道案内や伝言を伝えたりしているのだとか。 それだけでなく仲間で情報共有する習性があり、ネットの検索サイトも顔負けの情報を持っているらしい。
この館では情報提供のほかに目覚まし時計役も担っている。
「何か聞きたいことがあったらたずねるといい。 君になら答えてくれると思うよ」
「あいつ等乾き物が好きだから、スルメでもやれば喜ぶぜ」
話を聞きながら改めて
ホントに異世界なんだな。 不思議が一杯だと幸羽は思った。
食事が終わるころ、太郎が両手に串団子を持ってやって来た。
「おっ、太郎。おまえ朝から甘いもんか?」 良太が声をかける。
太郎は幸羽の側に来てじっと見つめた。
「おはよう、太郎ちゃん」 幸羽が微笑むと、うなずいてから首をかしげた。 そして、持っていた団子を差し出した。
「いいの? ありがとう。」 太郎がコクリとうなずくと周りがどよめく。
太郎から団子を受け取った幸羽が面食らった顔で皆を見る。
「えっ、なんですか? なんかありました?」
「わずか三日やそこらで、太郎から物もらうとは、幸羽おまえ只者ではないな」
「すごいね」 「オレなんか三ヶ月はかかったよ」 口々に言われて困惑する。
「あの私、ここに来た日にもキャンディもらいましたけど、いけませんでした?」
「なんだって!」 「本当ですかレディ?」
理由の判らない様子の幸羽に蒼聖が笑って言う。
「太郎に物をもらうと言うことは、気に入られたということだよ。 こちらでは家守りに好かれると幸運だと云われている。
特に太郎は人見知りが激しいからね。こんなにすぐ仲良くなるのは珍しいんだよ」
「そうなんですか? 嬉しいわ、太郎ちゃん」 幸羽が太郎の頭を撫でると、目を細めた。
「まあ君くらい魂がきれいだと、太郎も惹かれるのだろうね」
「ええっ、私の魂? 見えるんですか?」 幸羽が目を丸くする。
「蒼聖公は一流の術者ですよ。 この方の前では、皆裸でいるようなものです。全てお見通しですよ」
宝石屋が大仰にいうと、幸羽が顔を赤らめる。
「そうなんですか? なんか恥ずかしいような」
「その言い方だと誤解を招くだろう。 まるで私にのぞき趣味でもあるようじゃないか」 蒼聖が立てロール男に眉を寄せて言う。
「ということは、つまり太郎も男ってことか? やっぱり綺麗なお姉さんが好みなんだな」
朗が言い、皆が笑ったので太郎が頬を膨らました。
幸羽は歩と試験期間で早く帰った良太の三人で、午後のお茶を飲んでいた。
そこに太郎とタマがやってきて加わる。
今日のお茶請けは葛餅だ。 歩は漬物をつまんでいる。
「美味しいね」 幸羽が微笑み、太郎がうなづく。
「すっかり仲良しだな」 口の周りについたきな粉を、幸羽に拭いてもらっている太郎を見て、良太が感心したように言う。
「ところで今更なんだけど、幸羽ちゃん、君さ、兄弟がいるのかな。 ああ、深い意味はないよ。
太郎の世話が板についているから年下の兄弟がいたのかなと思って。 まさか、子供はいないよね」
「ええっ、子供なんて、いませんよ。旦那さんもいないのに。 それに私は一人っ子です」
「へぇ、じゃあオレと一緒だ」
「そうか、君のご両親は、きっとまだ若いよね、実家暮らしだったのかい?」
「両親は早くに亡くなったので祖父母に育ててもらいました。その二人も四年ほど前に亡くなったので、それからは一人暮らしです。 ほかに身内もいないので。
でもこんな状況になると、家族がいないのは都合がよかったですね。心配させる人が少なくて済むもの」
そんな風に言う幸羽に歩と良太は複雑そうな顔をした。
その夜、朗と歩、そして今夜は宝石屋が参加して酒盛りをしていた。
「それじゃ、あいつは天涯孤独の身ってわけか?」
「そうみたいだよ」 歩が焼酎片手にうなずく。
「あのように、うら若き乙女がなんと薄幸な。 心の慰めに薔薇の花束を贈らねば! それともドレスの方がいいでしょうか?」 宝石屋が立てロールの髪を振るわせる。
「やめとけ、迷惑だろ。大げさなやつだな」 朗が却下する。
「だから、家の事とか口に出さなかったのかもね。 だけど、なんかあの娘の言い方が気にかかるっていうか…… 納得したって言うより、全部あきらめているような気がしてさ」
歩が考えるように言い、眉間にしわを寄せる。
「そりゃ初っ端から、もう戻れねえって言われたんだ、あきらめもするだろう」
「そうじゃなくてさ、うまく言えないけど、色んなことをあきらめているような気がするんだよ」
「ええ、わかりますよ。あのレディは最高級の碧玉のブルーです。涙を超えた深い青です」 宝石屋がうなずく。
「そうなのか? なんだか俺にはよくわからん喩えだが。まだしばらく要注意だな。 精神が不安定だと存在が揺らぐらしいから、しっかり根付くまで気をつけねぇと」
男たちはうなずき合った。
さり気なく事情聴取されています。




