16.あの人の正体?
幸羽は、富貴恵の手伝いをしたり、すっかり懐かれてしまった太郎とおやつを食べたりしてすごしていた。
「へえ、じゃあ蒼さん龍宮関係の仕事なんだ」
「そのようですよ。予定より長引きそうだと言ってました」 富貴恵がお茶を入れながら答える。
「あの、こっちには龍宮もあるんですか? あの海の中にある?」
幸羽が思わず口を出す。
「えっ、君の世界じゃ海の中にあるのかい?」
驚いた歩に聞き返されて慌てて首をふる。
昔話の中に出てくる架空の場所で、海の中にあって時の流れが違うところだと幸羽が答える。
「へぇー、面白いね。案外実在するのかもよ。 今度その話を教えてよ」
歩が興味を惹かれたように言う。 絵本作家の血が騒いだようだ。
「こちらの龍宮は実在するよ。海の中ではないけれどね。龍国という国の王宮なんだよ」
歩の話によるとこちらには龍国という王国があり、王宮及び王家の事を龍宮と呼ぶらしい。 そこに住む人たちは外見は人間と変わらないが寿命が長く、特殊な力を持っている。
人間とも友好関係にあるが争いを避けるために国民以外は入国させないため「神秘の国」扱いなのだとか。
「自然豊かな平和な国なんだってさ。 それに先の大戦も龍国が介入してくれたから終結したんだ。
そうじゃなけりゃどれだけ被害が増えたことか」
「そんな事があったんだ。でも習ってないよそんな話」 良太も知らなかったのか目を丸くしている。
「争いがあったこと自体人間の国では忘れられていますからね。知らなくて当然ですよ」 冨貴恵がうなづいた。
「都合が悪いから隠ぺいされたんだよ。人間以外の種族は大戦で滅んだことになってるからね」
こっちの世界も色々有るらしいと幸羽は思った。
そして夕方になり皆が帰ってきた。 その中に見慣れない女性が一人混じっていた。
黒いベールのついた帽子をかぶっていたため、顔はよく見えない。誰も気にしていないようなので、ここの住人なのだろう。後で一応挨拶をしよう、と食事の支度を手伝いながら幸羽は考えていた。
(でも、もしかして富貴恵さんの関係者かしら?)
山神の娘だという富貴恵の眷属が仕事の手伝いをしているのを、幸羽も何度か見かけていた。
見かけるというのは正しくはないかもしれない。何しろ物が宙に浮かんで移動したり ― 見えない誰かが運んでいるらしい ― 白い影のようなものが食器を洗っていたりで、はっきり目にしたわけではないのだ。
配膳が終わり席に着くと、幸羽は斜め向かいに座ったその女性を、改めて見て目を丸くした。
帽子を脱いだその人は青い瞳の美人で、濃いブロンドの巻き毛を、夜にお勤めのお姉さんのように高く結い上げ、胸元の開いた黒いレースのロングドレスを着ている。 首には緑色の宝石のついたチョーカーをしており、ドレスからはみ出さんばかりの豊かな胸の白さを引き立たせている。
今からお店に出勤といわれても納得してしまう出で立ちだ。
そして、何よりもある人にそっくりだったのだ。
(まさか女装じゃないわよね。どう見てもあの胸は本物だし…… もしかして双子なの?)
箸を持ったままジーッと見つめている幸羽に気づくと、その美女は長いまつげをしばたかせて、ニッコリ微笑んだ。
「まあ、レディどうなさったの? わたくしの顔に何か付いていて? そのように熱く見つめられたら、心を全て奪われてしまいそうですわ」
大仰な物言いまでそっくりなのに幸羽は息を呑む。そして思い切って聞いてみた。
「あの、失礼ですけどあなたは、宝石屋さんのお身内ですか?」
するとその場が、シーンと静まり返る。
幸羽が聞いてはいけないことだったかとあせると、皆が噴出すように笑い出した。
幸羽が一人あっけにとられて周りを見回す。
「そういやぁ、おまえ、こっちには初めて会ったか」 笑いながら朗が言い
「普通、知らなきゃ、そう思うよ」 良太が庇うように口を出す。
「あのね、宝石屋は時々女性になるんだ。一定の周期で性別が入れ替わる体質なんだよ。 だからここにいるのは宝石屋本人」 歩が困惑する幸羽にわけを話す。
「つまり、宝石屋の女版だな」
「そういう言い方は、わたくしに失礼じゃありませんの?」 気分を害したように眉をひそめると、女の宝石屋は目を丸くしている幸羽に微笑んだ。
「驚かせてしまったようですわね。この姿のときはマチルダと呼んでくださいませ。 ですが心配はなさらないで、如何なる時も、わたくしはレディの味方ですわ」
「幸羽、かまやしねーから、どっちの時も宝石屋でいいぞ。 ただ、女の時も中味は男だからな、一緒に風呂なんか入るんじゃねぇぞ」
「朗、もう余計なことは仰らないで。この姿になったら、レディと一緒にバラの花びらを浮かべたお風呂にはいって、親交を深めようと思っていましたのよ。お背中も流して差し上げるつもりですのに」
不満げな美女に皆が苦笑する。
「ねっ、見た目と口調が少し変わっただけで、いつものこの人だろう?」
幸羽がまだ動揺しながらもうなずく。
(二重人格の身体版? 二重体質? そんな言葉あるかしら、性別入れ替わるなんて。ちょっと変わった人だと思っていたけど…… あれっ、ちょっと待って)
一旦は納得した幸羽だが、今度は別の疑問がわいてきた。思い切ってそれも聞いてみることにした。
「あの、と言う事は…… 宝石屋さんは人間じゃないって事ですよね」
再びその場に静寂が訪れた。
(今度こそまずかった?) 沈黙に幸羽の背中が涼しくなった途端、皆がまた爆笑した。
「やだなー。そんなの当たり前だよ。そんな人間いるはずないだろ」
「幸羽さん冗談きついよ」 口々に笑われてしまう。
「はは、そうですよね」 少し引きつった顔で幸羽も笑った。
「ここには、色々な者がいるって聞いているでしょう。今更気にしないの。 ああ、ちなみに私はずっと女だから安心して」 ミアに言われて幸羽はうなずき、ハッとした。
(という事は、ミアさんも!) 思わず見つめると黒髪の美女は幸羽に意味深にウインクした。
幸羽にとってはまた一つ衝撃的な事実が判明したのだが、その後は皆、何事もなかったように食事を続けたので、幸羽の動揺もいつの間にか治まってしまった。
自分だけ気にするのもおかしいし、ここはこういう場所なのだからと自分を納得させたのだった。
その夜布団に入ってから、幸羽にまたひとつ疑問が浮かんできた。
「結局、あの人は何者なのかしら? 性別が変わるって…… 確か魚なんかにはそういう種類がいるけど……
お魚系の何かかしら? でも、聞けないわよね。ううん、知らないほうがいいわ、きっと」
独り言を言いながら眠りについた。 そしてその夜は幸羽の妄想が反映したのか、半漁人の宝石屋と海に行く夢を見たのだった。
人魚じゃないのは主人公の彼に対するイメージによるものですね。
男の人魚がいないのは需要がないからなのでしょうか




